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第六章 鉄壁に挑む-2

 そのとき、不意に人影が前方にふらりと現れた。


「イヌイ!」


 エレンが叫んで機関銃の引き金を引く。

 火線が走って、七・七ミリ弾が軍服姿の人影を射抜く。

 しかし、


「形代を使った分身わけみかえ」


 アウレーリアが見分けたとおり呪術による囮だったようだ。

 その姿は掻き消えた。

 どこからともなく乾の声がする。


「我が身は既に怨霊と成った。何人たりとも我に触れることすら叶わず。されど我が力は……」


 不意の稲光。直後に九七式中戦車チハの車体を震わせるほどの轟音が響く。


「怨みの鉄槌!」


 直近への落雷だ。

 直撃を受けた大木が真っ二つに裂け、炭化した断面が煙と炎を上げる。

 大地の全身の肌にぴりぴりとした感覚が張り付く。

 これが自然の脅威を目の前にした人間が受ける感覚なのか。


「何者も抗うこと叶わず」


 静かに語る乾の言葉が真実として迫る。

 これが怨霊。

 天をも操る、これが怨霊の持つ力。


「洒落になんないわよ、これ」


 エレンが畏怖するようにつぶやく。


「死神のキスの味がどんなものか試すことになりそうね」


 そして、乾の姿がぼうと幻のように浮かび上がった。

 その瞳が大地を射る。


「我が守護せし日本を穢す者、不逞の輩を仲間に引き入れるとは…… 我に刃向う気か、小僧」


 まるで心臓を氷の手でつかまれるような感覚に、大地は胸に手を当てた。

 そこに収められた、友から預かったハーモニカが彼に力を与えてくれる。


「そうだと言ったら?」

「我を怒らせるつもりか?」


 威圧感が物理的な圧力となって大地を襲う。

 だがしかし、


「あなたがどんなに強かろうと、俺は自分に嘘をつくことはできない」


 大地は語る。


「一度自分の心を偽れば、死ぬまでそれを続けなければならない。嘘を隠すために別の嘘を塗り重ねて、そんなことを際限も無く続けなければならない人生なんてごめんだ」


 自分でも馬鹿正直だと思わないでもないが、それが大地だった。


「戦争は終わったんだ。戦場からも復員船が戻って来ている」


 大地は胸を張って語り続ける。

 己の内に秘めていた気持ちを。


「……ある朝目覚めると知らせが届いていて、自分が待ち続けたものが還って来たことに気付くんだ。そんな日が俺にもきっと来る。来なくてどうするんだ。そう信じているからこそ歯を食いしばって生きているんだ」


 大地は友の帰還を信じ、ずっと待ち続けている。

 だから、


「それを阻むようなことをするなら戦うよ、俺は。今を戦えない者に次や未来を語る資格はないからな」


 静粛。

 そして、


「夢よな……」


 乾は歌を吟じるかのように言う。


「儚いが、美しい夢だ」


 だが、一転して乾は声を低めた。


「貴様には戦って守るものが残っているらしい。我らにはもはや……」


 霊気が圧力となって吹き付けた。


「復讐しか残っていない」


 怨霊と化した乾にはそれしか道は開かれてはいないのだろう。

 人の痛みは誰にも代わることはできないし、分かることもできない。

 大地は事実としてそれを知っていた。


 しかし、だからこそ不幸は他者を傷つける権利の代償にはならないのだ。

 人の痛みは本人のもの。

 誰にも肩代わりさせることはできないからだ。


 きれいごとかも知れないが、悲しみや苦しみは克服することでしか乗り越えられないものなのだと思う。


 そしてエレンは乾を笑い飛ばした。


「何言ってるのよ。そんなことは、今までを振り返っているだけの言葉でしょう。うじうじしているだけで前向きじゃないわ! あたしたちは自分を信じて、全力で今を戦って勝つだけよ!」


 アウレーリアもまた語る。


「被害者意識が高まれば高まるほど、人は気付かぬうちに加害者となり果ててゆく。人は正義に駆られているときほど反省を失うことはない。己の不幸は他人を傷つけるための免罪符にはならぬというのに、それを振りかざし互いに際限もなく傷つけ合う。そんな永劫の業苦の道を行かれるか?」


 しかし乾は揺るがない。エレンとアウレーリアの言葉が届いた様子も無い。


「良かろう、ならば我も本気で戦ってやる」


 そして尖ったままの狼の耳をぴんとそばだててエレンがつぶやいた。


「エンジンとキャタピラの音が複数、近づいているわ」


 犬神の血が聴覚まで強化している様子だった。

 そして彼女が言うとおり、遠方から濃緑色をした背が高い大型の車両が次々に現れた。

 こちらに向け、エンジンをふかしながら進行してくる。

 それを見て大地は驚きの声を上げた。


「戦車隊だと! 何であんなものがこんなところに?」


 それに対しエレンが呻くように答えた。


「M4シャーマン中戦車だわ…… 悪霊に取り憑かれて行方不明になった戦車隊が、まさかここで出てくるの!」

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