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第五章 真相-5

「あそこか?」


 アウレーリアの操縦により前方に赤い鳥居が見えてくる。

 表参道の一番鳥居の前で停車。

 昇降ハッチから、大地の手を借りて楓が降りる。

 伏見稲荷大社は一番鳥居から楼門、外拝殿、内拝殿、本殿が一直線に並んでおり、ここからでもその様子が窺えた。

 更に本殿の背後には斎場と千本鳥居から続く稲荷山の神蹟群がある。


「ああ、総本社はご無事でしたか。これなら儀式を行うことができます」

「だが、相手が黙っているとは思えぬのだが」


 アウレーリアが眉をひそめる。

 儀式というからには、準備も時間もかかるのだろう。

 そこに、エレンが提案した。


「だったら、あたしが囮になるわ。やつはアメリカ人の血が流れるあたしを見逃しはしないでしょうから」


 大地は問う。


「そんなに簡単に決めていいのか」


 と。

 しかしエレンは首を振った。


「決めるのは大したことじゃないわ。難しいのは後悔をしないこと。自分で決めたくせに、後からぐちぐち文句を言わないことよ」


 それがエレンの信念なのだろう。


「ゴー・フォア・ブレイク、当たって砕けろっていうのが、戦場でのあたしたち日系人の合言葉だったわ。でもね、元々の英語にはそんな言い回しは無いのよ。これは有り金すべてをつぎ込むことを意味するハワイのギャンブル用語なの」


 エレンは不敵に笑って言った。


「正直、分の悪い賭けだと思っているわ」


 しかし、


「でもまぁ、ああいうやつに一泡吹かせられるなら、命をスッても悔いのない賭けね」


 それを聞いて大地は即決する。


「よし、それなら機関銃手の席についてくれ。京都の街に戻るぞ」


 操縦手席でアウレーリアがうなずいた。


「指揮を執るのはそなただ」


 操向レバーを握って、頼もしい言葉を大地にくれる。


「そなたがそなたである限り、妾もどこへだって行ってやる」


 大地はそんな厚い信頼をくれるアウレーリアに心から感謝した。

 しかし九七式中戦車チハの前に、楓が両手を広げて立ちはだかった。


「待って下さい! それじゃあ大地さんたちが危険過ぎます」


 彼女は泣いていた。


「皆さん、思い切りが良過ぎです。残される方を考えてはくれないんですか? そんなの…… そんなの冷た過ぎます」

「楓……」


 操縦手席のハッチ越しに楓を見つめて、アウレーリアが言う。


「人の命を天秤にかけるような真似は本来すべきではない。じゃが、どうしてもそうしなければいけないとき、その決断を迫られるときが来ることがあるのもまた事実じゃ。そのとき、現実から目を背けていては最悪の結果を招くことになるのじゃぞ」


 しかし、楓は頭を振って否定する。


「そんなの選べません! そんなの。アウレーリアさんの命も、大地さんの命も、それからエレンさんたちアメリカの人たちの命も! どれも大切で、かけがえが無くて、比べたり選んだりなんかできません! そうじゃないと、私……」


 それに答えたのはアウレーリアではなく、大地だった。


「……楓、俺はそんな風に言えるお前のことが好きだよ」


 何のてらいもなく語り掛ける大地に、楓の目が丸く見開かれる。


「ありがとう。おかげで大切なことに気付けた」


 大地は胸に手を当てて、そこに収められた友からの預かりものであるハーモニカの感触を確かめた。


「卑怯でも、汚くても、生き残るための努力を決して自分から止めたりはしない。それでいいんだな」


 大地の言葉に、エレンが笑った。


「人の生き死にに、汚いも何もあったもんじゃないでしょ」


 ヨーロッパでドイツ軍との戦場を駆け抜けた者として語る。


「悟ったように死んで行くやつは真っ当に生きてないのよ。泥をすすってでも生きるのが本当に強い人間なの」


 そのとおりかもしれない。

 アウレーリアは楓に向かって言う。


「信じてやるのじゃな」

「えっ?」

「大地が勝つと信じてやれ。巫女であるそなたが信じて祈ってくれるのならば…… 八百万の神の加護を受けた大地に不可能はない」


 楓は大地を見る。

 稲荷神に導かれ、松本の大本営で兵たちの中から仕える者を選べと告げられた時、彼女は大地を一目見てその心根の強さを見通した。

 それだけで魅入られた。

 だがそれでも、ここまで強い人だとは思いもよらなかった。

 並の人間なら、怨霊が持つ圧倒的な力を前にしたら精神が委縮し、抗うことを断念しようとする。

 少なくとも楓が識る人間というものはそうだった。

 しかし、楓が見る大地の目には、恐怖を前にしてなお一歩足を踏み出す者の決意が宿っていた。

 だから、楓は言葉を紡ぐ。

 神に祈り、言祝ぐように。


「信じます、私は。例えこの世のすべてが大地さんを信じなくとも私は信じています。大地さんは負けないって。必ず帰ってきてくれるって」


 大地は笑った。


「楓がそう言ってくれるなら、俺たちは無敵だな」


 機関銃手兼通信手の席にエレンを移動させ、大地は自分も砲塔上の展望塔ハッチから乗り込むと楓に告げた。


「それじゃあ頼んだぞ、楓」


 楓は胸元で両手を握り、大地に向かって言う。


「はい、御武運を」


 そう祈りの言葉を口にする楓の瞳は涙に潤んでいた。

 それに胸の痛みを感じつつ大地は言う。


「必ず帰る」


 それが、


「約束だ」


 約束というものを愚直に信じている大地の飾らぬ言葉だからこそ、楓は信じてくれたのだろう。

 答えはただ、


「はい」


 と。


「戦車前へ、目標、京都中心部!」


 そして九七式中戦車チハは一路、京の街へと向かったのだった。

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