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序章 異界、大日本帝国-3

「よしっ、肉じゃ、肉!」


 アウレーリアが歓声を上げる。


 だが、そのときだった。

 不意に黒い影が鹿を覆うとぐんぐんと大きくなり、空からそれに相応しい巨大な質量が文字どおり降ってきた。

 重量は、九七式中戦車チハをも超えるほどに思えた。

 それを支え、地面を踏みしめる鉤爪の付いた太い脚、全身を鎧う緑色の小判のような鱗、前脚は無く代わりに広げられた蝙蝠のような皮の張った翼、それは……


「飛竜じゃ!」


 アウレーリアが叫ぶ。


「龍? あれが?」


 大地は目を見張った。

 驚く大地にアウレーリアが説明する。


「竜の亜種よ。知能は低い。本物の竜に比べればトカゲみたいなものじゃが」

「あの大きさでかよ!」


 あの巨体でトカゲだとすれば、本物の龍はいかほどのものなのか。

 大地には想像すらつかなかった。

 その巨大な顎が、鹿の腹に喰いつく。

 鋭い牙が易々と鹿の皮膚を食い破った。

 野生動物の皮膚は、例えそれが草食動物のものであっても相当な強靭さを備えるが、飛竜が持つ鋭利な刃物の切っ先を並べたような牙の前には無力だった。


「こいつ、獲物を横取りする気か!」


 水場は肉食獣にとっても、絶好の狩りの場所なのだ。

 ニホンオオカミが絶滅した後は、ノイヌぐらいしかそれをする獣が日本には居なかったため、忘れられがちになるが。

 大地は機関銃を一度、二度と撃つが、全身を覆う鋼のような固い鱗に弾かれるのか、それとも銃弾など蚊に刺された程度にしか感じないのか効果がない。


「くそったれ!」


 大地は左手で砲塔を固定している駐転機を外すと砲塔旋回ハンドルを回す。

 九七式中戦車チハの砲塔に装備された機関銃は、戦車砲に対して邪魔にならないよう背面左側に装備されているのだ。

 だから、機関銃に代わって戦車砲を向けるには砲塔をぐるりと回転させる必要があった。

 百八十度回転させるためにかかる時間は、五、六秒ほど。

 砲塔を飛竜に向けると再び駐転機で固定する。


 同時に右手では、戦車砲へサイダー瓶程の弾頭を持つ、重さ三・二五キロの砲弾を装填する。

 この大きさ、重さは、砲手が片手だけで扱える限界だった。

 そしてこの砲の閉鎖機は自動鎖栓式で、砲手が右手だけで素早く弾薬を装填することが可能だった。


「装填完了!」


 砲架に付いている肩あてで、砲を動かし微調整を行う。

 九七式中戦車チハの戦車砲は、これにより上方に二十度、下方に十五度、横方向左右各十度の射界を取ることができた。

 砲身の短い軽い砲だからやれることだが、回転ハンドルを用いるものより、よほど素早い照準が可能だった。

 照準器の倍率は二倍。

 単眼鏡式で、二千メートルまで二百メートルごとに目盛が振られていた。

 機関銃の射撃でこちらに気付いたのだろう、大きな足音を立てながら向かって来る飛竜の姿が捉えられる。

 炯々と光る瞳が、殺気と怒気を孕んでこちらを睨み据えるが、


「小鬼?」


 飛竜の頭には、赤子ほどの小鬼が取り付いていた。


「大地、そのようなものに気を取られるでない!」


 その戸惑いを見抜いたかのようなアウレーリアの声。


 そこに飛竜の咆哮ハウリングが響き、九七式中戦車チハの車体を、大地たちの身体をビリビリと震わせた。

 人とは声量が根本的に違うそれは、生ある者に原初的な恐怖を抱かせ身体をすくませる。

 小心者なら恐慌状態に陥るだろう。

 生のライオンの雄叫びは凄い、腹に響くというが、それ以上だった。


 だが、大地は怯まない。

 照準器越しに飛竜を毅然と見据える。

 九七式中戦車チハの戦車砲は、砲手一名のみで装填、照準、発射を行えるように造られている。

 これにより素早い砲撃ができた。


「周囲確認準備良し」


 銃把を握り、


「発射用意!」


 照準が合ったと同時に、


「撃て!」


 引き金を引く。


 轟音、そして砲口からの発砲炎と共に砲弾が発射される。

 砲身が後退して発射の反動を吸収。

 同時に真鍮製の空薬莢が戦車砲から蹴り出される。

 そして後座した砲身は復座機のバネによって元の位置に戻った。

 車内にも発射に用いた火薬の煙、硝煙が漂う。

 むせるような匂いが大地たちの鼻を刺激した。


 砲撃は飛竜の首の付け根辺りに着弾していた。

 使用したのは対装甲目標用の一式徹甲弾だ。

 戦車砲にとっては至近と言っていい距離。

 この条件下なら厚さ二十五ミリの防弾鋼板を撃ち抜く砲弾に、さしもの強靱な鱗も耐えられなかった。

 一式徹甲弾は砲弾内に炸薬を持つ徹甲榴弾のため、内部にめり込んだところで爆発し、その身体に風穴を開ける。

 息の根を止められた巨体が、音を立てて倒れ伏した。

 頭に取り付いていた小鬼が紙切れになり、塵となったかのように消えたのを、大地は照準眼鏡越しに見た。


「ぶわっときた!」


 操縦手席の視察用装甲扉を閉めていなかったため発砲炎の煽りを受けたのだろう。

 アウレーリアが熱波と衝撃に感嘆の声を上げた。

 このときばかりは幼い外見に似合う子供のような歓声だった。


「凄い……」


 呆然とした声を上げるのは楓で、戦車砲の発砲音と衝撃に驚いたらしい。


「何だか身体がジンジンしています」


 そう言って、華奢な自身の身体を両手で抱きしめる。

 そしてアウレーリアは我に返ったのか、


「飛竜の牙に、飛竜の鱗、飛竜の爪、心臓。これは良い素材になるぞ。肉は血も滴るドラゴンステーキじゃ!」


 と興奮したように叫んだ。

 彼女は腕のいい錬金魔術師だという話で、倒した飛竜は良い素材になるようだった。


「アウレーリア、あの飛竜の頭に取り付いていた小鬼だが」


 大地はアウレーリアに聞いてみるが、


「式神じゃな。飛竜が地上に降りたところに、監視に使っていたあれを取り付かせて結んだ縁を通じて、術者が遠方から飛竜を操ったのであろう」


 と、大地にはおぼろげにしか理解できない答えが返って来る。


「勅命を受けた妾の様子見といったところかえ。しかし、とんだ贈り物となりおったな」


 アウレーリアはそう言って快活に笑う。

 大地は勅命という言葉に驚いたが、それでも疑問を口にした。


「様子見? 誰が、何のために?」


 そう問いかける大地に、アウレーリアは答える。

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