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第四章 予兆-2

「ここが名古屋……」


 名古屋市に入った大地たちの前に広がったのは一面の焼け野原だった。

 戦前は建物が建ち並ぶ中部の大都市だったのだが現在では見る影も無く、ほとんどの建物が焼け落ち炭と瓦礫の山になっている。


「民間人を巻き込むとは、戦とはむごいものじゃのう」


 九七式中戦車チハの操縦を行うアウレーリアが眉をひそめた。

 それを聞きながら砲塔のハッチから周囲を見渡す大地もまた感慨にふける。


「戦争はいかんなぁ」


 大地は我知らず、実感と共に言葉を吐いていた。


「軍人が言うのも何だがな」


 いや違うと首を振る。


「軍人だからこそ、考えなくてはいかんのか」


 そして、狭い車内を嫌って車外、車体上部に乗っていたエレンがため息交じりに言う。


「そうね。戦争中は勝ったり負けたりで一喜一憂してたけど、そういう問題じゃ無かったのよね」


 戦争の開始による日系人の強制収容で父親を奪われ、自身もヨーロッパの戦場を巡った彼女の言葉には重みがある。


「いくら怒りや憎しみにすり替えようと頑張ってみても、悲しみは決して消えはしないのよ。そのことにみんなが気付くのが遅かったってだけ」


 そういうことだった。

 世の中は善悪で割り切れるほど単純ではない。

 世の中を測る物差しは一本ではないということだ。

 大地は進む先を見渡してつぶやく。


「しかし道は開かれているな」


 建物はアメリカ軍の焼夷弾の絨毯爆撃により焼かれている。

 しかし道は広く真っ直ぐに敷かれていた。

 その訳はアウレーリアが教えてくれた。


「復興都市計画に基づいた街づくりが進められておるのじゃな。この広い道路はその一環か。ほれ大地、お仲間じゃ」


 前方には制式装備である排土板を前部に取りつけた九七式中戦車チハが、ブルドーザー代わりに活躍し道を拡幅していた。

 九七式中戦車チハは生産車数が九五式軽戦車ハ号に次いで多く、九五式軽戦車ハ号の全備重量七・四トン、エンジン出力百二十馬力に対して、重量で倍の十五トン、エンジン出力で百七十馬力と日本の戦車の中では大型で力があり、このような作業にはうってつけだった。

 名古屋に配備された戦車連隊では、その力を有効に活用しているようだった。

 無論、可能なら専用のブルドーザーがあれば良かったが、国外からの輸入ができない現在の日本では物資は限られるし、それに……


「餓鬼の群れだっ!」


 不意に小柄な、しかし突き出た腹と耳まで裂けた口を備えた人型と呼ぶにはおぞまし過ぎる姿の幽鬼がわらわらと現れる。


「ゴブリン?」


 エレンが目を見張る。


「とにかく、車内へ!」


 大地は展望塔上の出入り口から車内に身を沈め、エレンを招き入れるとハッチをしっかりと閉じた。

 餓鬼と呼ばれる小鬼は枯れ枝のような手足にも関わらず、すばしっこい。

 名古屋の戦車隊に取りつき、砲塔上に身を晒していた車長に噛り付く。


「ちっ、味方が取り付かれた状態じゃ、榴弾で吹き飛ばすこともできないか」


 大地は砲塔を固定する駐転機を外し、砲塔旋回ハンドルで砲塔を百八十度反転、再び駐転機で砲塔を固定する。

 そして砲塔左後部の球形銃架に取り付けられた機関銃を正面に構えた。

 機関部左側に取り付けられた照準眼鏡で餓鬼を狙い、銃身が過熱しないよう、引き金の指切りで三発分ずつ連射させる三点射で餓鬼を片付けて行く。


「蹂躙しろ!」


 大地の指示が飛ぶ。


「了解じゃ」


 アウレーリアがアクセルペダルを踏み込み、速度を上げて九七式中戦車チハを餓鬼の群れの中に突っ込ませる。


「行きます!」


 気合を込めて楓が柏手を打つ。

 彼女を中心にして爆発的に広がる清浄な力を受け、たまらず退散して行く餓鬼たち。

 それでもしぶとく残るものも居たが、機関銃の掃射と、高速で突っ込んだ九七式中戦車チハの車体に跳ね飛ばされ履帯に踏みにじられた。

 しかし、


「面倒じゃな。大地、これを地面に撒け」


 操縦手席から、アウレーリアが小さな袋を投げてよこす。


「これは?」


 大地はそれを受け取って中身を見る。鋭利に尖ったそれらは、


「そなたが倒した飛竜の牙に加工を施したものよ。低級とはいえ竜種、それなりの力を持っているはずじゃ」


 そう告げるアウレーリアに従って、とにかく大地は前後左右に四カ所、防弾ガラスで防護された外部視察用の窃視孔を持つ展望塔から覗いて安全を確かめた上でハッチを開き、飛竜の牙を車外にばら撒いてみる。

 すると、牙が落ちた地面からむくむくと戦国時代の甲冑と刀や槍で武装した骸骨の兵たちが現れるではないか。


「なっ!」


 驚く大地に、アウレーリアは言う。


「味方じゃよ、大地。言っておくが幽鬼の類ではないぞ。竜種の持つ猛き力によって、この地の周辺に刻まれた記憶が呼び覚まされただけ。あの様子では小牧、長久手の戦いか? まぁ、例えるならフィルムに焼き付けられた写真のようなものよ。とはいえ……」


 骸骨の兵たちは餓鬼の群れに襲い掛かる。

 振り抜かれる刀に血しぶきが舞う。


「実体じゃがな。本物の竜の牙を使えばちゃんと受肉した兵も呼べると言うが、飛竜の牙ではこれが限界か。それでも並みの兵より強く、餓鬼相手には十分過ぎる軍勢じゃよ」


 ともかく味方だということは分かった。

 大地は頭を下げて展望塔ハッチを閉めると、楓に指示を出す。


「楓、無線を名古屋の戦車隊に繋げて骸骨の兵は味方だと伝えてくれ」

「はっ、はい」


 楓は、車体左前に装備された無線機を操作する。

 受話器を耳に、首に巻いた喉頭マイクに向かって話す。


 と、砲塔側面、曲げ加工をした厚さ二十五ミリの鋼板を引っ掻くような音がする。

 大地が展望塔の窃視孔から覗くと、一体の餓鬼が砲塔の上面についている環状の鉢巻アンテナにぶら下がって取り付いていた。


「アンテナが折れるだろうが!」


 九七式中戦車チハの特徴と言える鉢巻アンテナの支柱は木製だった。

 南方の戦場では歩兵を乗せての敵陣突撃が行われたが、それを知らずに跨乗した歩兵たちはアンテナにしがみついてしまい、たちまち支柱が折れて振り落とされたと言う。


 大地は腰のホルスターに納められていた南部十四年式拳銃を抜いた。

 手の小さい日本人にも握りやすい細身の銃把に弾倉を叩き込み、ボルトを引いて初弾を薬室に装填する。

 最初からそうしていなかったのは日本軍の軍規において、事故防止のため平時には弾倉を抜いて薬室に残った実包も抜き、撃鉄をおろして携帯しなければならないという規則があったためだ。


 そして砲塔左側面…… 今は前後逆になっているから右側だが、ともかくそこに設けられた拳銃孔に銃身を突っ込み八ミリ南部弾を乱射した。

 戦車兵に拳銃が支給されていたのは、狭い戦車内には大型の火器が携行できないことはもちろん、九七式中戦車チハに限らず、日本の戦車には接近してきた敵を排除するための拳銃孔が各所に設けてあって、拳銃の使用が考慮されていたからだ。

 南部十四年式拳銃は、銃身を取り巻くスライド部の無い自動拳銃だったので、戦車兵が拳銃孔から外部へ発射するのに適していた。


「グギャッ!」


 上がる悲鳴と確かな手ごたえ。

 再度確認すると、餓鬼の姿は消えていた。

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