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第三章 約束-6

「中々の演奏であったな。技量に関してとやかく言えるほど妾は楽に通じているわけではないが、人の心を動かすような響きがあった。大地にこのような才能があったとは、中秋の名月にふさわしい音色よな」


 そう言えば今日は旧暦の八月十五日、十五夜だった。

 月が美しく見えるはずだ。


「止してくれ、褒められると背中がかゆくなる」


 アウレーリアの賛辞を、大地は苦笑して受け流す。


「実際、大したことは無いよ。演奏できるのもこの少年戦車兵の歌、一曲だけだ」


 大地は手元のハーモニカに目を向けて笑う。


「陸軍少年戦車兵学校で、いつも皆で歌っていた歌の演奏を同期のやつが休憩時間に教えてくれたんだ」


 大地の表情を見て悟ったのか、アウレーリアは笑みを浮かべて言った。


「良き友だったのじゃな」


 大地もまた笑みで答える。


「ああ、優秀なやつだったよ。フィリピン戦、沖縄戦に対応するため、最短の十一ヶ月での繰り上げ卒業をした二百七十名に見事に選ばれたんだ。それで出兵のときにこのハーモニカをくれた」


 楓が息を飲む。

 どうやら、あの件について知っているようだ。

 当時は大地も衝撃と共にその知らせを受けたものだった。

 だが、


「でも俺は約束したんだ。このハーモニカは借りるだけだって。お前が帰って来たら必ずこの手で返すんだって」


 彼は大地に必ず帰ると約束をした。

 大地はただ一度、うなずいただけだった。

 そして大地はそれだけで固く信じている。

 確かなものなど何もない戦時のこと、大地も彼もそれが夢のように儚いものであると分かっていた。

 それが虚構で、幻影で、覚束ないものだとわかっていた。

 それでもそこに、果たされるべき約束はあった。

 そうであるなら、どんなに時を経ようとも必ず約束は守られると大地は信じていた。


「歌なのか」

「歌だよ」


 大地は、少年戦車兵の歌を口ずさんだ。

 朝夕や演習帰りには霊峰、富士が見守るあの地でよく皆で歌ったものだった。

 当時を思い起こしながら、訓練のため同期と共に乗り組んだ、今も乗り続ける九七式中戦車チハに残る思い出を噛みしめながら独唱する。



 朝に仰ぐ、富士が根や

 御諭いたに、畏みて

 誓いも堅く、意気高く

 文武の道に、鍛えなす

 我等は、少年戦車兵


 聖戦万里、行くころ

 高鳴る胸や、大和魂

 咲きては桜、凝れば鉄

 百錬の勲、岩を断つ

 我等は、少年戦車兵



 間奏をハーモニカで吹く。


「果たすことのできない約束なんです」


 楓がアウレーリアに告げる悲しげな声が聞こえた。


「レイテ輸送団の悲劇。アメリカ軍の攻撃で多くの少年兵が、戦地にたどり着くことなく船と運命を共にしたと聞きます」


 楓が言うとおりだった。

 それでも大地はハーモニカを吹く。約束を信じて。



 一度起てば、地も動け

 輝く歴史、戦車魂

 雄叫び吼えて、難に行く

 烈々の血を、承け継がん

 我等は、少年戦車兵


 天津日高く、照るところ

 御稜威の光、拝みて

 戦陣の華、永遠の栄え

 いざ軍神に、続かなん

 我等は、少年戦車兵



 歌い終えた大地の頬を一筋、涙が流れた。


「大地さん……」


 気遣う楓に、大地は言う。


「人に見てもらうために泣く訳じゃないからな。誰が居たってどんなときだって俺は泣くんだ。俺が泣きたいときにはな」


 大地は友のために泣くことを恥だとは思わない。

 本当の男の友情には涙を流す価値があるのだと、かたくなに信じている。

 心から、信じている。

 そんな大地の姿を見守っていたアウレーリアが、口を開いた。


「誰も見てはおらぬよ」


 夜空を振り仰ぎ、


「月以外はな」


 そして、問う。


「来月…… 旧暦の九月十三日の晩もまた聞かせてくれるかえ?」

「うん?」


 アウレーリアは語った。


「十五夜は元々唐で行われていた行事が伝わったものじゃが、日本では古来、旧暦九月十三日の十三夜もまた美しい月であるとされていたのじゃ」


 そして悪戯っぽく笑う。


「一般に十五夜に月見をしたら、必ず十三夜にも月見をするものとされていた。これは十五夜だけでは『片月見』といって忌み嫌われていたからじゃ」

「それは十五夜を一緒に見たら、必ず十三夜も行かなくてはいけないってことか?」


 アウレーリアは幼い外見には不釣り合いに、しかし何故か様になるそぶりで艶然と微笑んだ。


「……鋭いの」

「何?」

「そなたの言うとおり、昔は二度目の逢瀬を確実にするために十五夜に異性を誘う、ということもあったそうじゃ」


 雅な話だ。

 しかし、大地はアウレーリアらしい誘い方だとも思う。

 こんな自分に天人であるアウレーリアが固執する理由は分からなかったが、鈍い大地でも、婉曲な言葉の裏に隠された好意だけは感じられた。

 月を眺めながら遥かな昔と同じ夜空の下、想いを馳せる。

 そんな大地の横にアウレーリアが立った。


「約束、してくれるかえ?」


 常に無い、真摯な声。


「ああ、そうだな」


 大地はうなずいた。


「約束、だ」


 大地の返答に、アウレーリアは花開くように笑顔を浮かべてくれた。

「少年戦車兵の歌」は、JASRAC管理曲外です。

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