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第三章 約束-4

「ま、まぁ、和食が口に合うのは幸いだな」


 誤魔化すような口調にならないよう、苦労しながら大地は言う。

 そんな大地たちを尻目に、アウレーリアはというと、


「この香の物も美味いのう」


 付け合わせとして出した漬物、お新香をパリパリ言わせながら食べ終えるのだった。


「後片付けは私が」

「あたしも手伝うわ。食べさせてもらってばかりじゃ申し訳ないから」


 楓とエレンがそう言ってくれたため、大地はそれを任せる。


「済まないな」


 そう声をかける大地だったが、そこにアウレーリアが口を挟んだ。


「なに、生きるということは夢や理想からはほど遠くてのう。人に面倒を掛けぬ者などおらぬ。結局、お互い仕方ないなぁで済まされる範囲で許し合って生活して行く。それを死ぬまで続けるのが人生というものよ」


 いや、食事の準備も片付けもまったく手を出さない者が言う台詞じゃないだろうと大地は思うが、口にするのは思い止まった。


「アウレーリアさんでもそう思うのですか?」


 そう問うのは楓だ。


「当たり前であろう。人間だろうと天人だろうと一人でできることには限界がある。だから妾はこうしてそなたたちと共におる」


 アウレーリアは楓に笑いかけつつ言う。


「それは楓、そなたも同じであろう?」

「……はい」


 楓は彼女らしく奥ゆかしい様子で微笑みを浮かべた。

 そうして後片付けを楓とエレンに任せることにした大地は、受領した食糧の中から明日の朝食に可能な献立を考える。


「明日の朝はタラ昆布汁にするか。干し鱈も一晩水に漬けて置けば戻せるだろうし」

「タラ? フィッシュ・アンド・チップスはイギリス軍が食べてたわね」


 エレンが耳聡く反応する。

 フィッシュ・アンド・チップスはタラなどの白身魚と棒状に切ったジャガイモを豚脂ラードで揚げたもの。

 イギリスの名物料理だった。


「タラか。だだみと一緒にちり鍋にして、酒でも飲みたいところじゃのう。熱燗、ぬる燗、井戸できりりと冷やした冷酒でも良い。いや、取って置きの古酒を開けるのも良いな。強く濃いのに澄んでいるというあの味わいは……」


 アウレーリアは幼い外見とは不釣り合いにとくとくと酒について語り出す。


「だだみ?」


 小首を傾げる楓に、酒の世界へと意識を飛ばしていたアウレーリアが我に返ったように答える。


「白子…… タラの精巣じゃよ。吸物や天ぷらにしても美味いぞ」


 だだみというのは日本海側の北日本各地に伝わる呼び方だった。


「そ、そうですか……」


 表情こそ変えないものの、わずかに視線を泳がせる楓に、アウレーリアはとても人の悪い顔をした。


「なんじゃ、そなた、照れておるのか?」

「い、いえ」

「そういうのを意識する年頃かの? 精巣が何の部分か言うてみい。ほれほれ」

「アウレーリアさん、目が怖いです! そもそも私に何を言わせようとしているんですか」


 迫るアウレーリアに、楓は悲鳴交じりに言う。


「やれやれだな」


 大地は戯れる二人に苦笑しつつ屋敷の外に出た。楓が助けを求めていたようだが気のせいにする。

 そして九七式中戦車チハに戻り、広くて重い軍用毛布を四つ取って来る。楓が恨めしそうに見たがもちろん気付かぬふり。


「今日は疲れたろうし、明日も日の出と共に出発だ。早めにゆっくりと休んでくれ」

「ふむ、毛布は一人一枚か。畳があればまだしも、板の間に直に寝るのはのう」


 空き家だけあって、畳は敷かれていなかった。

 無論、布団も無い。

 思案するアウレーリアに、楓が提案した。


「それではアウレーリアさん、私と一緒に寝ませんか? 二人でなら一枚は床に敷いて、一枚は掛けることができるでしょう」

「なるほど、それが良いか」


 納得するアウレーリアだったが、その顔にふと悪戯めいた表情が浮かんだ。


「ならば大地も一緒にどうかえ? 三人でも何とかなりそうな幅はあるし。いや、横に使えばもっと良いか?」

「なっ」


 大地は絶句する。

 アウレーリアの言うとおり、軍用の品だけあって毛布の幅は百六十センチほど、長さも百八十センチほどもあるが。

 エレンが口笛を吹いた。


「ダイチ、ハーレムね」


 言葉の意味は分からないが、表情と口調からからかわれていることを察した大地は憮然として、


「分かるように言ってくれ」


 そう言ってエレンをじろりとにらむが。


「これ以上はっきりなんて言えないわよ」


 エレンは笑いながら大地の肩を叩くと、受け取った自分の分の毛布を持ってそそくさと奥の部屋に運ぶ。

 大地を助ける気は無いらしい。

 巻き添えを回避した、とも言う。


「あ、アウレーリアさん!」


 楓はというと、慌てたように顔を赤らめた。


「枕が無いと眠れんでなー」


 とぼけた様子でアウレーリアが言う。

 大地の分の毛布を枕として提供しろということらしい。

 それで毛布を横に使えば三人、確かに何とか眠れはするだろう。

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