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第三章 約束-2

「ところで大地、今日は停車する度に、下り坂に停めておったな。何か理由があるのかえ?」


 九七式中戦車チハの操縦を担当してきたアウレーリアが問う。


「ああ、アウレーリアの腕が見事だから忘れがちになるけど、チハは寝起きが悪い…… エンジンの起動が本当は難しいんだ」


 九七式中戦車チハのエンジン始動は二基の始動モーターを連動させた、貧弱な真鍮製歯車をメインクラッチの歯車に噛み合わせて行う難易度の高いものだった。

 寒さの厳しい地方ではエンジン下に薪を置きガンガンに火を焚いて暖めるなど、その始動には様々な工夫がされていた。


「普通なら失敗しても同行している車両の内、起動成功したものに引っ張ってもらえば押しがけができるんだが、今回は単独だからな」


 エンジンをかけるには最初にモーターを使ってエンジンを回してやる必要がある。

 そして押しがけとは車両を外部の力で動かし起動輪を回すことで、それに繋がったエンジンを回し始動する技術だ。

 バッテリーや起動モーターが使えない場合でも、これによりエンジンをかけることができる。


「ああ、それで下り坂に停めたのじゃな。起動に失敗したら、ブレーキを外して坂道を下ることでエンジンを回し押しがけをする訳か」


 そういうことだった。


合衆国ステイツじゃあ考えられない話ね」


 大地たちの会話を聞いていたエレンが感想を漏らす。

 実際、アメリカの戦車は扱いやすくできている。

 車の免許を持つ人間であれば半日で動かせるようになるといい、開戦当初は必要性を認めず戦車兵学校が無かったくらいだ。

 もっとも運転はできても戦い方についてはまったくの素人が戦場に送り出され損害を出しまくると言った弊害が出たのだが。


 ともあれ、大地たちは空き家に失礼して今日の宿とする。

 楓は屋敷内に残された神棚を見つけ、清めた上で祈りを捧げていた。

 これで家の周囲にかすかにあった不穏な空気が、素人の大地にも分かるほど清められるのが感じられた。

 よほどのことが無い限り今夜一晩は安全だろう。


「薪が残されていたのは幸いだな」


 大地は腰に下げていた銃剣を抜く。

 日本帝国陸軍が採用している三十年式銃剣は、ほとんどの日本軍の銃器に装着でき、小銃はもとより機関短銃や軽機関銃にまで取りつける事が可能だったので広く使われていた。

 刀身が四十センチと長く光の反射を防ぐ黒染めで仕上げられていることからゴボウ剣とも呼ばれる。


 ただ、戦車兵である大地は拳銃しか持っていないので、銃剣は護身のために支給されているに過ぎなかった。

 九七式中戦車チハに載せられた機関銃はいざとなったら車体から取り外し、二脚を付けて地上で戦うこともできたが、さすがにこれには銃剣は着かない。


「薪割りですか?」


 楓の問いに大地はうなずく。


「ああ、銃剣っていうのは突きを主に使う武器だから、本来は先端から半分ほどまでしか刃は付いてないんだが……」


 血抜き用の溝が彫られた日本刀を模した片刃の刀身を持っていたが、戦いに際しては伝統的な槍術をもとに突き技を重視した日本独自の銃剣術を使う。

 そのため、先端部にしか刃は必要ないのだ。

 しかし、


「そうは見えませんが?」

「こいつは作業用に自分で全体に刃付けをしたんだ」


 本当なら軍でも雑作業用のナタが支給されるが、戦中、戦後の物資不足の状況下では現場に十分行き渡らないことが多い。

 そういった場合では、しばしば兵士個人に支給されていた銃剣が代用品として活用されるのだった。


「三十年式銃剣は明治の時代から使われているが」

「そんなに古いものなのですか?」


 瞳をわずかに見開く楓に、大地はこう答える。


「三十年式銃剣が折れて死んだやつの話は聞かない」


 楓は息を飲み大地の表情をうかがった。

 一呼吸置いて、大地は説明する。


「刃物っていうのはこれが結構折れるものでな。構造が悪くて弱い部分が出る場合もあるし、刃を鍛える過程で目に見えないヒビが入ったりすることもある」


 故郷の山里では狩猟用の刃物は自作されていた。

 だから大地も経験的にそれが分かっていた。


「銃剣は狩猟刀と一緒で銃が不発になったらそれだけで身を守らなきゃならんもんだ。新しい型式のものが支給されたとして戦いに臨んで、刺して、はい折れました。この世とさようならじゃ話にならないだろ。それぐらいなら実績のある三十年式銃剣を使っていればいい」


 日本帝国陸軍で長く銃剣の更新がされなかったのは、そういう兵士たちの心情が働いたからなのかも知れなかった。


「まぁ、ナタ代わりにするなら扱いには気を付けないといけないがな」


 肉厚で重みのあるオノやナタと同じように叩きつけても弾かれたり刃こぼれしたりするのがオチだ。

 とはいえ、コツはある。

 木には割れやすい所があって、そこにクサビのように刃を入れてやるのだ。

 普通は年輪に沿ってやれば割れる。

 木に当てた刃の背を手のひらで叩いて食い込ませたら、銃剣ごと木を持ち上げて石などに軽く当てて割って行く。

 ある程度まで割れたのを手ごたえで確認したら、後は刃をひねってやればパカンと割れる。

 ここでも無理にこじると刃が欠けるから注意が必要だ。


 こうしてある程度の薪を作った大地はカマドで飯盒を使って飯を炊くことにする。


「麦飯、どれだけ食える?」


 そう問いかける大地に対し、楓はおずおずと、アウレーリアは堂々と答えた。


「私は半合でもお腹いっぱいですけど」

「妾も半合もあれば十分じゃ」


 大地はエレンにも聞いてみる。


「エレンは? 米食えるのか?」

「父さんが作ってたからね。ソイソースやミソスープなんかもいけるわよ」

「ソイ…… 何だって?」


 大地の疑問にはアウレーリアが答える。


「醤油のことじゃよ。ミソスープはそのまま味噌汁じゃ」

「そっか、それなら飯盒一つ炊けば十分だろうな。もう一つで味噌汁でも作るか」


 一つの飯盒で四合までの飯が炊ける。

 大根に味噌、煮干しは積んできたので大根汁も作ることができる。

 日本陸軍は糧秣用に乾燥野菜や粉末の味噌、醤油も開発していたが、今回はそれは置いておいて手持ちの材料をまず使う。

 こちらは楓が作ることを申し出てくれたので任せることにした。


「なら、これを使ってくれ」


 包丁代わりに官給品の折り畳みナイフを渡す。

 刃渡りは五センチ程度。肥後守みたいなものだったが、これで何とかしてもらうしかない。


「きっちり研いであるから切れ味は良いはずだが」

「はい、ありがとうございます」

「包丁の場合、野菜は押し切り、魚は引き切りと言うが……」


 大地は余計なことかと思いつつも、扱いについて説明しておこうと口を開くが、


「なるほど、真っ直ぐな菜切り包丁とは違って、短く刃が曲がっているところは出刃包丁に似てますね」


 つまりは出刃で魚を捌く要領で曲線部分を使って大根も引き切れば良いということだが、楓は大地の言葉の端から察した様子で皆まで言わずうなずいてしまう。

 その勘の良さに大地は驚くものの、しかしいつものことかと納得する。

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