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序章 異界、大日本帝国-2

「大地さんが食べて下さると思って、たくさん作ってきたので遠慮しないで食べて下さいね。もちろん、アウレーリアさんも」


 アウレーリアは、楓から手渡された稲荷寿司をまじまじと見つめる。


「大豆をこのように加工するとは、調理も奥の深いものよな」


 そして口を付けて、見た目どおりの童女のように顔をほころばす。


「うむ、美味いぞ。食堂の豆腐ハンバーグや高野豆腐を砕いて作ったひき肉もどきにはもう飽き飽きじゃが、これなら文句は無い」

「はんばあぐ?」

「挽き肉油焼のことじゃ」


 アウレーリアは食べ物にはこだわりがあるらしく、食に対する知識もまた広い。

 楓がどこか神懸かったかのような一面を持つ人間であるならば、天人であるアウレーリアはどこか親しみやすいところのある神だった。

 どちらも大地が簡単に理解しきれるような単純な存在ではない、というのは同じかも知れない。


「気に入って頂けたようで良かったです」


 そう答えつつ、楓は両手で持った三角の稲荷寿司に小さな口で噛り付く。

 その様子は、まるで子ぎつねでも見ているようで微笑ましかった。

 こういった愛らしい表情を見せる彼女とはっとさせられるような聡さを折に触れ見せる彼女。

 くるくると万華鏡のように移り変わる表情のどれが本当の彼女なのか、大地には見分けがつかなかった。


「楓の手は、綺麗だよな」


 何とは無しに、大地は楓の指先を眺めながら言う。

 楓はきょとんとして小首を傾げた。


「そうですか? 水仕事もしていますから、そんな風に言われるほど綺麗な手じゃないと思いますよ」


 謙遜する彼女に、大地は言う。


「そういう手を『綺麗な手』って言うんだよ」


 思ったことをさらりと口にしただけなのだが、楓は照れたようにおずおずと巫女装束の袖で指先を隠してしまった。

 よく見れば、顔も赤い。

 話に聞くさとりという存在は人の心を読む一方で、人が意図せぬ突発的な事態には弱いという。

 大地が無意識にこぼした言葉だからこそ、この少女は驚いたのかも知れない。


「おかしなことを考えているでしょう」


 楓は恨めしそうに言う。

 胸の内の考えを読まれたようで、それも今日、何度目か分からず大地は身構えそうになるが、しかし子供のように頬をふくらます楓の微笑ましい様子に身体の力を抜く。


「お前はしっかり者だが、何とは無しに放って置けないところがあるな」


 苦笑混じりにそんな言葉が出た。


「私が、ですか?」


 そうだな、と大地は少し考えてから口を開く。


「どこか、寂しそうに見えるところがあるせいかな」

「……っ」


 瞳を真ん丸に見張って楓は言葉を失う。

 その瞳が泣きそうに潤んだように見えたのは大地の気のせいか。


「そっ、そんなこと言われたの、初めてです」


 楓にしては珍しく、戸惑ったようにとつとつと言葉を紡ぐ。


「悪かったか?」


 大地が頬を掻きながらそう聞くと、楓は視線を泳がせて、


「悪くは、ないですけど……」


 消え入りそうな声で、しかしどこか嬉しそうにはにかみながら答える。


「そっか」


 なら良かったと大地は笑う。

 そうして、自分が見つめ続けていては彼女が食べづらかろうと大地は稲荷寿司を手に外の監視へと戻った。

 ひんやりとした朝の山の空気を吸いながら頬張る稲荷寿司も、また格別の美味しさだった。


「大地さん、もう一つどうですか?」


 大地が食べ終えると、楓は更に勧めてくれる。


「ああ……」


 そうして大地は食べ終えると、楓に告げた。


「ごちそうさん」


 そう言って楓の顔を見ると、何かを期待するかのような目で見詰め返された。


「あー」


 女性というものに疎い大地には、こんなときに何と言ったらいいのか分からなかった。

 だから、


「美味かったよ。機会があったら、また頼むな」


 飾り気のない言葉で、正直に胸の内を伝えるしかない。

 しかし、それを聞いた楓は何故かきゅっと胸前で両手を握り締めて、


「はいっ」


 と花開くような満面の笑顔で答えてくれた。

 正直、大地には自分の言葉にここまで喜んでもらえるようなものは思い当たらなかったのだが。


「平和よな」


 アウレーリアが笑いを漏らしながらつぶやいた。

 ともかく、そうやって三人が稲荷寿司を食べ終えしばらくしたときだった。


「来たぞ」


 大地は囁き声で二人に知らせる。

 彼が言うとおり、一頭の牡鹿が沢へと降りて来るところだった。

 足跡から推測していたとおり大柄で、狙うのに相応しい獲物だった。


 大地は音を立てないように展望塔から頭を下げると砲塔の中、半球の装甲カバーを持ち上下左右へ自在に動く球形銃架に取り付けられた機関銃を構える。

 機関部左側にあるレバーを引いて戻すと、初弾が弾倉から薬室内に送られた。

 狭い車内で扱えるよう肩に当てる銃床は短く、大地はそれを長銃と同じく鎖骨に当たらないよう右肩にある窪みに当てる。


 機関部左側に取り付けられた照準眼鏡の接眼部には反動や車体の揺れから目を守るために厚いゴム製の緩衝環が付いている。

 それに目を合わせ覗くと、一・五倍に視野が拡大されてくっきりと映し出された。

 銃弾をばらまき弾幕を張るのが諸外国の機関銃だが、日本の機関銃は命中精度で勝負をする。

 倍率付き照準眼鏡などの光学機器はそのためのものだ。

 その代わり、装備された箱型弾倉は二十発入りと装弾数は少ない。


「鹿ぐらい、単発の村田銃でも十分なんだが」


 そう言いつつも、照準眼鏡をしっかりと真っ直ぐに見るように覗く。

 月が欠けていくように視野に影が映るようでは駄目だ。

 そうならないように調整する。

 呼吸によって視野は上下するが、目標の中心線上を垂直に動いていれば問題ない。

 引き金を引く瞬間だけ、呼吸を止めるのだ。


 そして、呼吸を止めて一秒、弾を無駄にしないため指で切るように引き金を引く。

 一繋がりになった銃声と共に三発の銃弾が歯切れ良く飛び出し、獲物を射抜いた。


 使用済みの空薬莢が排出されるが、車内に散らばることを防ぐために取り付けられた打殻受けと呼ばれる袋に受けられる。

 袋越しに染み出たのか、むせるような火薬の匂い、硝煙が鼻についた。


 狙撃においては、撃った目標に対して狙いを再度つけ、必ず確認することが大事だ。

 照準眼鏡に映し出される視野の中、銃弾は大地の狙いどおりに急所へと当たったらしく、鹿はまるで糸が切れたようにその場に倒れ伏した。

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