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第三章 約束-1

 手当、手かざし、色々な呼び方があるが、楓の神通力による癒しによりエレンは何とか立ち直った。


「魔法のようね」


 エレンは自分の身体に起こった奇跡に目を見張る。


「神通力ですよ」


 さらりと答えて、楓はエレンの元を離れる。


「その胸元に残ったあざは、消せませんが」


 楓は残念そうに言った。


「式神により付けられた傷か」


 アウレーリアが珍しく深刻そうな顔をしている。


「この傷がどうかしたの?」


 エレン本人は痛みが消えたせいか、きょとんとした顔をしている。

 その耳は既に元に戻っており先ほどの動物、犬のもののような耳は見間違いかと思えるほどだった。

 ただ、伸びた髪はそのままで、ゆるく波打つ金の髪が長毛種の洋犬のような雰囲気を醸し出してはいたが。

 しかし、


「いや、その傷は消えぬぞ」


 アウレーリアは珍しく真面目くさった顔で説明する。


「式神の付けた傷は術者が術をかけるに足る縁となる。その傷は術者を倒さぬ限り消えることは無い」


 それだけではない。


「そして術者はこの縁を媒介に、自由に対象に術を掛けることができるのだ」


 つまりエレンの命は今なお脅かされているという訳だった。


「放って置く訳にも行かぬか。エレン、妾たちと共に来るか?」


 アウレーリアは覚悟を決めたように言う。


「アウレーリア?」


 大地はアウレーリアの提案に思わず背けていた顔を向け…… 未だにエレンが胸元を開けたままにしているのに気付き再び向こうを向く。


「大地、これも任務の内じゃ」


 任務を盾にされると軍人には文句が付けられない。

 大地は仕方なしにうなずいたのだった。




「でも、これ邪魔ねぇ」


 九七式中戦車チハに乗り込んだエレンは、長く伸びた金の髪をまとめようと四苦八苦する。

 通りが良過ぎるのか、エレンの指から逃れてさらりと目の前に落ちた一房の髪。

 それを何とはなしに手に取って大地は尋ねる。


「どうしてひっつめちゃうんだ? こんなに綺麗なのに」


 エレンはぴしりと固まると、油が切れた人形のようにぎこちなく大地の方を向く。

 その髪の間からにょきにょきと犬のような尖り耳が顔を出す。


「あ……」


 耳について言おうとした大地だったが、エレンは白皙の頬を朱に染めて先に口を開いた。


「あ、いや、だって看護婦なんだから、髪を垂らしたままじゃいけないでしょ」

「うん? ここには怪我人も病人も居ないだろ」


 強いて言えば、エレン自身が患者だ。

 首を傾げる大地に、エレンは耳を忙しくあちらこちらに向けしどろもどろになる。

 そうして九七式中戦車チハのエンジン音に紛れてしまいそうな小声で言ったのは、


「だ、だって癖っ毛なんて恥ずかしいし、サラサラしてる方が絶対いいし……」


 という言葉。


「そうか?」

「そうよ!」


 かたくななエレンの両手を大地はそっと掴む。

 エレンの手から外れた髪が広がった。


「やっぱり……」


 大地はゆるく波打つ黄金の髪を見て言う。


「こんなに可愛いのにな」


 その尖った耳も含めてまるで毛並みのいい洋犬みたいで、という言葉は飲み込んでおく。

 しかし、


「っ!」


 エレンの顔が一気に、湯気でも吹き出しそうなくらい真っ赤になる。

 エレンは俯き、


「それ、禁止!」

「は?」


 あっけにとられる大地を前に、彼女は口早につぶやく。


「いやいや、これでも男の人には口説かれ慣れてるし、スタイルいいね、とか美人だね、とか言われ慣れてるけど、でもでも……」

「禁止って、可愛いってことか?」

「だからそれ禁止だって!」


 エレンの外見を見れば誰でも綺麗だとは言うだろうが、だからか可愛いという言葉には逆に免疫が無いらしい。


「うー、口説いている素振りも無い天然なのがむかつくー」


 むくれるエレンをよそに、車両前側の席ではアウレーリアと楓がぼそぼそと話し合っていた。


「悪い男よな。あっちこっちで女の気を狂わせとると今に地獄に落ちるぞ」

「そうなんですよねぇ。自覚も無しに女性を落として回りますからねぇ」

「まぁ、昔から言うだろう、来し方より今の世までも絶えせぬものは……」

「恋といえる曲者、ですね」


 そんな会話を後にしながら大地たち一行は愛知県に入り名古屋の手前の廃村を宿営地とすることにした。

 日の光がある内に、楓とアウレーリアの力で燃料を満タンまで補給しておきたかったのと、


「名古屋は戦争中の空襲で焼け野原になっていると聞いたからな。休憩ができるかどうか分からんし」


 ということだった。

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