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第二章 旅立ち-7

「っ!」


 エレンは人間離れした跳躍で間一髪避ける。

 その耳は獣のように尖り、毛が生えていた。

 髪も伸び、後ろでまとめられていた金の髪がほどけ風になびく。


人狼ライカンスロープ!?」


 アウレーリアが何かに気付いたように言うが、自分の変化に気付いた様子の無いエレンは叫ぶ。


「きょ、巨人ゴーレム!?」


 岩でできた鬼に、そう絶叫するが、


「いや、ゴーレムというより式神であろ」


 アウレーリアがそう言って宥める。


「い、いや、だって映画と一緒! ダビデの紋章が!」


 胸元にある星の印。


「ダビデの星は六芒星じゃよ。こちらは五芒星…… いや、晴明桔梗!? まさか晴明の前鬼かっ!」


 平安時代の陰陽師、安倍晴明は五行の象徴として、五芒星の紋を用いた。

 安倍晴明判、または晴明九字とも言い、桔梗の花を図案化した桔梗紋の変形として晴明桔梗ともいう。


「いいから、チハに戻れっ!」


 大地は子供のようなアウレーリアの身体を抱きかかえると九七式中戦車チハの車体を駆け上がる。

 そのまま射手兼通信手用の乗降ハッチからアウレーリアを車内に入れ、遅れて駆け寄った楓に手を貸し乗り込むのを助ける。

 その間、エレンは人間離れした動きで鬼の攻撃を避け続けていた。

 自身が砲塔上のハッチから乗り込むと同時に大地は叫ぶ。


「よしっ、行くぞ!」


 エレンと対峙する岩の鬼に、砲塔搭載の機関銃を撃ち込むが、


「ちっ、効かんか」


 舌打ちして砲塔を固定する駐転機を外す。

 砲塔旋回ハンドルを回して砲塔反対側に位置する戦車砲を前に向ける。

 しかし、


「エレンが邪魔だ!」


 九七式中戦車チハの戦車砲に使用される砲弾は、装甲を貫くために用意された徹甲弾であっても貫通後に内部を破壊するための炸薬が多く入れられた徹甲榴弾だった。

 目標の周囲に味方が居る状態で撃つのは躊躇われた。

 だが、


「そうか!」


 大地はかがみ込むと足元の砲弾ラックを探る。


「あった!」


 目的の砲弾を見つけ右手で装填。砲の肩当てに右肩を当てて狙いを付ける。


「今使える砲弾はこれだけだ。一発必中、南無八幡大菩薩……」

「那須与一かえ?」


 アウレーリアは平安時代末期、源氏と平家の屋島の戦いにて、平家が立てた扇の的を見事射落としたことで有名な源氏方の武士、那須与一の名を出して茶化す。

 だが、極度の集中に入っている大地の耳には届かない。

 鬼の攻撃をエレンが獣じみた反射速度でかわす。

 鬼が攻撃後に身体をわずかに流した一瞬を大地は捉える。


「撃てぇっ!」


 引き金を絞った瞬間に撃ち出される砲弾。

 見事鬼へと当たり、その身体をごっそりと削り取る。

 だがこの砲弾は命中後、爆発することはなかった。


「炸薬の代わりにパラフィンと砂を詰めた演習用の改造代用弾だ!」


 訓練用の弾が一発だけ、砲弾ラックの片隅に眠っていたのだ。

 エレンも身体の力を抜き…… そして背後に現れた鬼に弾き飛ばされる。


「な、に……」


 大地は絶句する。


「しもうた。前鬼のみではなく、後鬼まで従えておるとは……」


 アウレーリアが臍を噛む。

 陰陽師が使役する式神は前鬼と後鬼、二体一組の鬼だった。

 しかも大地が戦車砲で吹き飛ばした方の鬼も、肉体をゆっくりと復元させている最中だ。


「もう、体当たりしか無いか?」


 大地が覚悟したそのとき、鬼たちは互いにうなずくと、唐突に姿を消した。


「何故……」


 肩透かしを受けたように困惑する大地。

 思わず漏らした声に答える者は居なかった。




 暗雲垂れ込める京都、一条戻橋。

 安部晴明は家人が恐れるため、ここに自身の式神を封じたという。

 当時の陰陽師の使っていた式神を前鬼、後鬼と呼び、晴明は十二神将を使役したとも言われている。


 その一条戻橋のたもとに、マント姿の軍人が立ち尽くしていた。

 もぞりと巨大な気配がし、


「戻ったか」


 きゅうと男の口元が吊り上がる。


「印は付けた」


 式神の付けた傷は、術に必要な縁を結び付ける。


「贄の用意もとうにできておる」


 男の周囲の空気がざわめく。


「あとわずか、あとわずかで術は成る」


 ざわめきが高まり、鼓膜を突き破らんとするかのように鳴動する。

 そんな中、男は京の街を歩み出した。

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