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第二章 旅立ち-5

「うがぁ!」

「ロイ!」


 エレンは突然頭を抱えうずくまった同行者に距離を取った。これまでもさんざんに見てきた光景だったからだ。


「ぐぅ……」


 ロイは口元から涎を垂らしながら、爛々とした目で看護服姿のエレンを見る。


「駄目だわ。完全に取り憑かれてる」

「ぐおおっ!」


 奇声を発しながら飛びかかってくる元仲間にエレンはアメリカ軍制式拳銃、コルト・ガバメントを向けた。

 戦争中は殺気立った男たちから身を守るためにと勤務外でも携帯を義務付けられ、彼女には最も手に馴染んだ銃だった。

 実際、護身のため念入りに訓練もしたし威嚇のために撃つことも度々あった。

 戦場ではエレンの持つ爆乳ともいうべき大きな胸とメリハリの効いた身体は男たちの目の毒だったから。

 看護服のスカートから覗く締まった足首が魅力的過ぎた。


 的の大きな胴体に二発、容赦なく叩き込む。

 重い手応え。

 打撃力を重視した大口径拳銃だ。

 相手はたまらず倒れ込んだ。


「なんてところなの、ここは。ローマ教皇庁のバックアップを受けて今回の作戦のために特別編成された部隊が全滅するなんて」


 ローマ教皇庁に保管されていた聖遺物をありったけ借り受け、その加護で日本に上陸を果たしたアメリカ陸軍の部隊だったが、日本帝国軍の本拠地があるという長野に向け進むにつれ悪霊に取り憑かれ凶暴化して仲間に襲い掛かって来る者が続出。

 ローマ教皇庁からは悪魔祓い師も同行していたのだが、悪霊の力は強く彼はあっさりと死亡していた。


「結局、残されたのはあたしだけか。日系二世のあたしだけが生き残ったってのは皮肉よね。あたしは自分をアメリカ人だと信じて従軍したのに、結局、日本人の父さん(ダディ)の血からは逃げられないってことなのかしらね……」


 有色人種との混血ではほぼありえない金髪碧眼に生まれついたエレンは、その見た目から戦争中、アメリカで行われた日系人の強制収容を免れていた。

 しかしアメリカでは日本軍のハワイ真珠湾攻撃以降、日系人に対する風当たりは強く、強制収容を受けたエレンの父親は祖国アメリカへの忠誠を示すため、日系アメリカ人たちで編成された部隊、第四四二連隊戦闘団に志願した。

 それを知ったエレンもまたアメリカ陸軍看護軍団に従軍看護婦として志願し、大戦中はヨーロッパの戦場に赴いていたのだが。


「っ!」


 エレンは異様な雰囲気を感じ振り返る。


「ロイ!?」


 完全に死んだはずのロイが立ち上がろうとしていた。


「そんな、四十五口径の弾丸を喰らって立てる人間なんて居るはずが……」


 過去の戦訓から、向かって来る敵を確実に打ち倒すために採用されたのが大口径の弾丸を使用する拳銃、コルト・ガバメントだった。

 アメリカ軍ではポケット砲兵とも呼ばれ、その威力は絶対のものとされていただけにエレンの驚きは大きかった。

 憑依された者特有の、人間の限界を超えた力で掴みかかられる。首に手が伸ばされ気道がふさがれた。


「うぐ」


 目の前が真っ暗になりかける。


 そのときだ、不意にロイの頭部を銃弾が射抜いた。

 遅れて連なる発射音が届く。

 遠方から、機関銃による狙撃らしかった。

 さすがに頭部を破壊されては保たなかったようでロイはその場にくずおれた。

 脳幹を破壊、それは憑依された死人を無力化する最善の手だった。

 ようやく喉を解放され激しく咳き込むエレンの耳に、近づいてくるキャタピラとエンジンの音が聞こえてきた。




「おい、大丈夫か?」


 アメリカ軍兵士らしき者に襲われていた人影を発見。

 砲塔に搭載された機関銃による狙撃で倒した後、砲塔上の展望塔ハッチから頭を出して九七式中戦車チハを前進させた大地だったが、相手の表情が読み取れるほどの距離に近づいたところで、


「日本兵!」

「アメリカ軍か!」


 助けた女が拳銃を向けてきたことで、慌ててハッチから頭を引っ込め、改めて機関銃を向ける。

 よく見てみれば、助けた女は金の髪に碧い瞳を持っていた。

 日本人とは思えない。体つきも含めて。


「本当にけしからんおっぱいですよね。何てわがままな身体をしてるんですか」


 まるで大地の視線に気付いているかのように言う楓。

 大地はとっさに視線と共に機関銃の照準を背けそうになって慌ててこらえる。


「……銃を捨てるんだ。身体に風通しのいい穴を開けたくなかったらな」


 何とか精神を立て直そうとしてぶっきらぼうに忠告する大地だったが、女は首を傾げただけだった。


「どこに向かって言ってる訳?」


 再び大地は照準を背けそうになる。

 無論、彼は心臓を狙っているのであって、照準眼鏡越しに自己主張をするふっくらとした盛り上がりを邪な目で見ている訳では無いのだが。


「どこって、本体にでしょう」


 とは、楓。

 やはり大きな胸は慎ましやかな彼女にとって敵なのか。


「そう申すな楓。男はいくつになっても母性の象徴、大きな胸に惹かれるものよ」


 アウレーリアが幼い外見に似合わず理解があるんだかないんだか分からぬ言葉をかける。


「胸が大きいのが良いのならば乳牛とでも結婚しろという、そなたの言い分もわかるがの」


 からかうようにそう言葉を続けると、楓は顔を赤らめ反発した。


「そこまでは言いませんよ!」

「ふむ、そんなに取り乱すとは、まだまだ未熟よな。心身ともに」

「どこを見て仰ってるんですかっ!」


 もう、ぐだぐだだった。

 しかし、さすがに砕け過ぎと思ったのか、


「日本は既に降伏し、戦争はとうに終わっておる。争うのは無意味ではないのかえ?」


 一転して真面目な口調でアウレーリアが言ってくれる。

 おかしな空気が流され、大地はほっとする。

 そうして先に相手が肩をすくめて拳銃に安全装置をかけホルスターに納めたことで、対立は収まった。

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