表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/44

第二章 旅立ち-4

 そんな騒動もあったが、三人は楓の稲荷寿司で昼食を摂り始めた。

 大地にとって、いやこの日本の住人たちにとって食事は楽しみであると共に、これからの過酷な生活を戦うだけの活力を蓄えるための儀式でもあった。

 食べ物が得られることに祈りや感謝をささげる気持ちを持ちながら味わって食べ、自分の血肉にする。

 軍隊生活でも、一番大事なことは食事が美味く食えるということだった。

 美味く食べられさえすれば、どんなにつらい状況でも最後まで気力が続く。


「食堂で作ってもらった煮卵もあるぞ」


 大地はおかずにと、醤油色に染まった卵を出す。


「ほう、じっくりと味が染みておるのに、黄身がトロットロじゃのう」


 アウレーリアが興味深そうに食べるのを横目に、一口食べてみた楓が説明する。


「んんっ、これはカツオのお出汁を使ってますね。それに醤油とお酒、みりんを加えた漬け汁に半熟に茹で上がった卵を殻を剥いて漬けて置くんです。ゆで卵はあまり日持ちしないのですが、こうすることによってお弁当のおかずに使えるぐらいには持つようになりますから」

「なるほどのう」


 アウレーリアは感心しながらも煮卵を食べ、


「これは酒のつまみにも良さそうじゃ。一杯欲しいところじゃのう」


 と笑う。

 アウレーリアは幼い外見とは裏腹に酒をこよなく愛していた。


「昼間から飲ませる訳にはいかんぞ」


 大地は釘を刺す。


「第一、料理酒しか積んでないしな」


 だが、アウレーリアは悪戯っぽく口の端を釣り上げるとこう答える。


「いやいや、古館殿からニッカのウイスキーを譲ってもろうたのじゃよ」


 戦争中、多くの物資が政府の統制を受け配給制になった日本国だったが、国産ウイスキー製造所には優先的に原料がまわされ将校向けの配給品を造っていた。

 これは外国産ウイスキーの輸入が途絶えたためである。


「連隊長殿からそんなものを受け取っていたのか」


 大地は呆れ顔でアウレーリアを見返す。

 彼女は得意そうに無い胸を張りながらこう語った。


「旅によって運ばれ、ほど良く揺られた蒸留酒は味が丸くなるという。冷えた沢水で水割りにすればなお美味いじゃろう」


 瞳を笑みの形に細めてアウレーリアは言う。


「酒神が妾を呼んでおるのよ」

「空耳だろ」


 大地は素っ気なくそう言い捨てる。


「むぅ、無粋なやつじゃのう」


 アウレーリアは残念そうにつぶやくと、その代わりとでもいうように大地にその小さな手を差し出す。


「なら大地、水をくれ」

「ああ」


 大地は軍用の茶褐色に塗られたアルミニウムの水筒から、コルクでできた栓を抜いてアウレーリアに渡してやる。


「コップは無いのかえ?」

「ん? ああ、軍じゃそうだな」

「仕方がないのう」


 アウレーリアは渋りながらも、直に口を付けて水を飲んだ。

 華奢な喉が水を飲み下す度に小さく上下するのが、何故かなまめかしい。

 子供のような姿をしているというのに。


「ただの水がうまい! 喉、いや身体がいつの間にか乾いていたのじゃなあ」


 清々しい笑顔で言う。


「次は私に下さい」

「ああ」


 楓の求めに応じて、水筒がアウレーリアから手渡される。

 楓は小動物のように一口、二口と飲んで、


「ありがとうございます」


 と、大地に水筒を返した。

 それを持って大地は当惑する。

 女性二人が口づけた水筒をそのまま口にして良いものか。

 手ぬぐいなどで拭く、というのも考えられたが、逆に二人に失礼なような気がして躊躇してしまう。


「どうかしましたか?」


 邪気のない笑顔で楓に聞かれ、大地は狼狽える。


「い、いや、何でもない」


 そう答えて思い切って水筒に口を付けた。

 喉元を通る水は心地良かったが、頬が熱くなるのは我慢できなかった。


「美味いな」


 誤魔化すようにつぶやくと、楓は顔を赤くしているし、アウレーリアは忍び笑いを漏らしている。

 どうやら、男女が同じ器で水を飲むということを意識していたのは大地だけでは無かったようだ。

 特に楓は巫女装束を着込んでいるため、白衣の袷から覗く胸元まで朱に染めているのが見て取れた。

 大地はどうしたら良いのか分からず…… とにかく稲荷寿司を頬張った。

 具の入った楓特製の稲荷寿司は軍で食べる握り飯とは比べものにならないほど美味かった。


「うん、これだけの料理ができれば、いつでも嫁に行けるよな」


 するりと言葉が滑り出た。

 それで楓の顔が、更に赤くなった。


「そんな。お、お嫁さんなんて……」


 両の頬に手を当てて今にも消え入りそうな声で恥ずかしがる。


「あ、巫女さんに嫁はまずいか」


 慌てて言う大地に、アウレーリアがしれっとした様子で口をはさんだ。


「尼じゃあるまいし、神道では巫女の結婚は問題ないぞ」

「アウレーリアさん!」


 耳まで赤くした楓が食って掛かる。

 その様子を眺めながら、大地はほっと息をついたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自サイト『T.SUGIの小説置き場』(https://strida.web.fc2.com/t_sugi_ss/)では、参考資料や制作の裏側をまとめた解説付きで掲載しています。
ガルパンファンやモデラーで日本戦車についてもっと知りたいという方はどうぞ。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ