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第二章 旅立ち-1

 食堂で朝食を一番に摂った後、大地たちは九七式中戦車チハに乗り込んで松代大本営を出発した。

 戦車の履帯が未舗装の路面をうつたびに土ぼこりが巻き上がり、そしてそれを後に前進する。

 何日かの野営に必要な食糧や物資、戦車が少しぐらい故障しても直せる程度の工具も積んでいた。

 燃料、弾薬も満タンだ。


 大地は砲塔に陣取り、朝の新鮮な空気を深呼吸する。

 少し肌寒いぐらいの風が心地良かった。

 操縦手席のアウレーリアからも、清々しげな声がかかった。


「良く晴れて、良かったのう」


 大地は青空を見上げて答える。


「ああ、新聞とラジオの天気予報で確認したけど、ここしばらくは天気の崩れは無いみたいだな」


 気象情報は航空作戦を行う際に重要な情報となり、作戦の成否に関わることから戦時においては秘匿される。

 日本では太平洋戦争の始まった西暦一九四一年一二月八日からラジオや新聞での天気予報は行われなくなった。

 この状態は終戦まで続いたが、今はありがたいことに再開している。

 たかが天気と言うことなかれ、実に三年八ヶ月もの間、国民は天気予報を把握できなくなったわけだが、毎年のように台風の被害がある日本では戦時中に二千人を越す被害を出したという。


 ただ、そもそも大異変後は日本に出現した化け物に、航空機は敵味方関係なく落とされるため使えないという事情もあるのだが。

 特に強大な力を持ち空を飛ぶ竜種は、空を縄張りとして認識するのが厄介だった。

 松代大本営への一大遷都計画により、長野市松岡にあった長野飛行場は陸軍の手で拡張工事が行われていたが、これも無駄になっている。


「もっとも、晴れたら晴れたで熱中症に気をつけなきゃならんがなぁ」


 大地は苦笑しながらこぼす。


「秋なのにか?」


 そう問うアウレーリアにはこう答える。


「戦車は鉄の塊だ。夏は火にかけた中華鍋のように熱くなるし冬は冬で猛烈な勢いで熱が逃げていく、乗員に優しくない代物だからな。特に操縦手は席の左隣にギアボックス、足の先にはブレーキドラムと機械的に熱を持ちやすい装置に囲まれているし」


 そうして太陽を振り仰ぐ。


「秋とはいえまだまだ日差しは強い。油断はできんだろう」


 九七式中戦車チハは熱帯地方での戦闘を考慮し厚さ一センチほどの石綿の板で内張りされ断熱してあるから、諸外国の戦車に比べればまだマシかも知れないが。


 大地たちは東海道へと出るためにまずは名古屋へと向かう。

 操縦手席正面の視察用装甲扉は全開になっており、そこから前方を確認したアウレーリアが最高速度に近い時速三十八キロほどで九七式中戦車チハをひたすら走らせる。

 舗装が完備されているわけではなく、道路状態は悪かったが、日本の戦車特有のシーソーばね式懸架装置のお蔭で揺れは少ない。


 大地は砲塔上面にある展望塔のハッチを開けて、そこから上半身を乗り出して周囲を警戒していた。

 九七式中戦車チハが進んで行くにつれて、進路上から避けていく黒い影のような異形のもの、魑魅すだまや魍魎。

 楓の守護のお蔭でこのような半端な化け物なら寄って来ないが、昨日の飛竜みたいなものも居る。警戒は必要だった。


 大地は九七式中戦車チハが二丁搭載している機関銃の内、車体に取り付けられた一丁を取り外し、砲塔上に高射託架を取り付けて対空射撃ができるようにしていた。

 上半身を晒しながら射撃をしなければならないもので、戦争中、機銃掃射をしてくる敵航空機に対して行うのは自殺行為だと言われていたが、飛び道具の無い化け物相手なら問題はないだろう。

 飛竜には機関銃程度では効果が無かったが牽制にはなるはずだ。


「降りかかる火の粉は払わなければな」


 大地はそう呟いて空をにらむ。

 そして、


「大地さん、お座布団ありがとうございます」


 車内、機関銃手兼通信手が乗る席から車体左上面のハッチを開けて声をかけてきたのは楓だった。


「ああ、さすがに簡単な椅子しか無いそこに長時間、座るのは大変だと思ってな」


 そう考えた大地は主計科から座布団を貰い受けてきたのだ。楓たちの負担が少しでも減ればと思ってしたことだったが。


「とても、助かります」


 楓は重ねて感謝の言葉を口にした。

 そして不思議そうに問う。


「それにしても長時間乗るのは初めてですが、空気が籠らないんですね」


 戦車の車室は敵の攻撃から守るためほぼ密閉されている。

 その上、九七式中戦車チハは小型で軽量な分、内部は狭く圧迫感を覚えるほどだ。

 そんな中で換気が成されるのにはやはり訳があった。


「エンジンの吸気口が車内にあるんだよ。だからエンジンをかけている限り換気はされるんだ」


 車体後部に載せられたジーゼルエンジンだったが、その吸気口は車内に設けられていた。

 旧式の八九式中戦車が換気をエンジン冷却ファンに頼り、機関室出入り扉を開けて換気を行っていたのに比べれば、ずいぶんと洗練されたものだった。

 何しろ、機関室出入り扉を開けるということはエンジンの騒音が直接乗員を襲うということだったのだから。


「それで、こんな狭い車内でも快適なんですね」


 楓は感心した様子で言うが、大地は声を低めて語った。


「逆に、エンジンをかけない状態でハッチを閉じて戦車砲や機関銃を連発したりすると一酸化炭素中毒になる危険があるがな」


 待ち伏せのためにエンジンを停止させたりする場合には注意が必要だということだった。

 実際、八九式中戦車では乗員が一酸化炭素中毒で気を失った例が報告されている。


「一酸化炭素中毒! 死んじゃうじゃないですか」


 楓が悲鳴を上げ、アウレーリアが納得した様子で言う。


「まぁ、そういう危険もあるということじゃな」


 そんな大地たちの声を後に残しながらも、九七式中戦車チハは長野の田舎道を軽快に走破して行った。




「それじゃあ、ここいらで昼飯にするか」

「そうじゃの、妾もいささか疲れてきたところじゃ」


 朝の六時から正午まで六時間、小休止を挟みながら九七式中戦車チハを走らせ続けてきた大地たちだったが、休憩を兼ねて大休止、昼食を摂ることになった。

 途中、飛竜が現れて上空を旋回し始めたときには戦闘になるかと身構えた大地だったが、九七式中戦車チハの車両が獲物と認識されなかったのか、その飛竜の縄張りを過ぎたらしい辺りからは姿を消してくれた。

 お蔭で周囲に気を配りつつも、休憩を取ることができるのだった。


 大地の指示でアウレーリアが下り坂の道端に戦車を寄せて停め、エンジンを停止させる。

 砲塔の上部に開かれている展望塔のハッチからまず大地が出て、次いで機関銃手兼通信手用の車体左上面にあるハッチから大地の手を借りて楓が出る。


「大地さんの手って大きいですよね」


 大地の手を握り返しながら楓は言うが、ふと小首を傾げる。


「でも、爪は割と伸ばされてるんですね」


 そうして、いいことを思い付いたとでもいうように表情を輝かせ、しかしおずおずといった風情で顔を赤らめながら申し出る。


「あの、その、切って差し上げましょうか?」


 大地は笑った。


「いや、こいつはわざと伸ばしてあるんだ」

「はい?」

「猟師の祖父さんの教えでな。爪は最後の武器であり道具なんだから山に入るならある程度は伸ばしておけって」

「そうなんですか?」

「野草や薬草を摘むのにナイフ代わりになるし、木ぐらいは削れるだろ」


 そういうことだった。

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