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第一章 松代大本営-6

 畑野伍長が退出した後、古館は部下の手前抑え込んでいた表情を少しだけ緩めた。

 アウレーリアたちに視線を向けようとして、


「私も失礼させていただきますね」


 巫女装束姿の少女の言葉がするりと意識に滑り込んだ。


「う、うむ」


 古館は動揺を面に表さないようにして答える。

 楓はアウレーリアにも頭を下げる。


「それではお先に失礼いたします」


 お先に。


 古館は考える。

 つまり楓はアウレーリアが残ることを前提に話している。

 いや、自分が席を外すことで二人だけで話せるように気を使っているとも受け取れる。


 楓は扉の前で頭を下げ出て行く。

 それを見送る古館にアウレーリアが言った。


「聡過ぎる、であろう?」


 からかうような声だった。

 無邪気な少女のものにも聞こえるが、どこかそれだけでない響きを持っていた。


「あるいは神通を? そう思うたであろう」


 何故それを、と思ったがアウレーリアが口を開く方が先だった。


「神通力など無くとも妾とてこれぐらいは読める。余計なことは考えぬことじゃ」


 それもそうかと古館は思ったが、同時にアウレーリアは楓が神通力を使っていないとは一言も口にしていないことにも気付く。


「せっかく楓が気を使って席を外したのじゃ。聞きたいことがあるのであろう? 妾が答えて進ぜよう」


 古館はしばし目を閉じた。そうして、絞り出した言葉は、


「陸軍陰陽将校乾将軍…… しかし本当に我が軍にそのような方がいらっしゃったのか?」


 そう問いかける古館に、アウレーリアは幼い姿には不釣り合いな深い笑みを浮かべて告げた。


「事実じゃよ、古館殿。先の大戦中、機密勅令により全国の寺社でアメリカ、ルーズベルト大統領調伏のための儀式修法が行われた。高野山や東寺では真言密教における大法、大元帥法が行われ…… それが本当に効いたのかどうかは分からぬがルーズベルトは死んでおる」


 古館はアウレーリアの言葉に飲まれまいと、奥歯を噛みしめて言う。


「それは、たまたまということは考えられませんか?」

「さて、な。偶然かも知れぬ。ルーズベルトの後をついだトルーマンは広島への新型爆弾の投下を命じた。故にそもそも日本にとってルーズベルトの死が本当に良かったかということすら誰にも分からぬ」


 もしもルーズベルトが生きていたら……

 いや、歴史にもしは無いと古館は考える。


「だが過去、大元帥法が行われた際には偶然とは思えぬことが起こっておる」

「過去?」

「大元帥法は、怨敵、逆臣の調伏、国家安泰を祈って修される法よ。中でも有名なのはチンギス・カン、元寇の折のものか」

「元寇…… 神風か」


 古館連隊長は唸るように言った。


「左様、神風が吹き、日本を脅かしていた元の船団は海の藻屑と消えた。たまたま台風が来たとも言われておるが、神風が吹いたというのは今の暦では十一月の終わりのこと。台風など来ぬし、来たとしてもやはり神風が吹いたと思われるほどの奇跡よな」


 興味深げにアウレーリアは言う。


「……ザラマンダー」


 ふと、アウレーリアが何事かつぶやいた直後だった。

 窓の外に小さな炎が上がり、甲高く耳障りな悲鳴がした。

 とっさに視線を走らせた古館は、窓の外に燃え上がるカラスを見、そしてそれが燃える一片の紙片となって灰になるのを見た。


「今のは……」

「使い魔、いや式神と申すものよ。このとおり、将軍はこちらの動きを掴んでおられる」


 アウレーリアは薄く笑った。

 古館は唇を引き結ぶと言った。


「アウレーリア殿、我々は軍人。日本を、国民を守り戦うのが使命だが、しかしあのような呪いの類に抗う手段を持たぬ。それは先遣の隊の壊滅が物語っている」


 固く握りしめられた拳が震え、血を吐くように言葉を続ける。


「貴殿らが最後の望みだ。貴殿らが破れたら、この国、いや世界を守ることのできる者はもう居ない」


 その必死の訴えに、しかしアウレーリアは瞳を逸らさずに答える。


「あの若者は、大地は日本陸軍に残された兵の中でも随一の勇士なのだろう? そして彼は大異変の源たるかの地に縁を持つ稲荷神の巫女に見出された者。ならば信じることだ。必ず勝つと」

「……そうですな」


 古館は大地が立ち去った扉の方を向くと万感の思いを込めた口調で語り掛ける。


「頼むぞ、畑野」

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