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プロローグ

 昔々、まだ母なるリーゲ海ができて間もない頃、この大陸には巨大な統一帝国が君臨していた。

数多の属国を従え、大陸中の資源も富も全てが帝国のもの。帝国に君臨する唯一皇帝は絶大な権力を持ち、思い通りにならぬものなど何一つなかったという。


 しかし人間、いくら全てが思い通りになると言っても欲は尽きぬもの。ある時、時の唯一皇帝は戦というものをしてみたいと思った。

 その皇帝の二代前に帝国が完成したため、彼は生まれてから一度も戦というものを経験したことが無かった。叛乱は断続的に起こっていたため帝国軍は常時出動していたが、皇帝はそんなものではない、何十万という大軍を動かすような大きな戦がしたかった。


 それは一見、簡単な望みのように思えた。唯一皇帝の思い通りにならぬものなど無いのだから。

 しかし、皇帝はそれを実行に移そうとして、はたと思い至った。

 統一帝国が攻めるべき敵も国も、すでに皆無であることに。


 統一帝国のある大陸の国々は、全て統一帝国の属国。大陸の周りは広大な海に囲まれており、小島はともかく、国を作れるほどに大きな土地は見つかっていない。よって、まだ帝国に従っていない国も見つかっていない。

 あるいはどこかの属国や民族を陥れてさらに大規模な謀反を煽ることもできただろうが、皇帝はそれを望まなかった。皇帝は、領土内で戦をすることで領土内の富が消えることを恐れたのだ。戦をした後にはまだ見ぬ戦利品があるべきだと彼は考えた。


 皇帝は悩んだ。戦争をするという望みを諦めることはできなかった。生まれてこのかた、皇帝が望んだことは全て叶えられてきたのだ。きっと今度も叶うはず、いや叶わなければならないと考えた。


 そして三日三晩の思考の末、皇帝ははたと思いついた。

 この世界に攻めるべき場所が無いのなら、別の世界へと攻め込めば良いではないかと。


 すでにこの時代から、統一帝国のある世界と同じような世界がいくつもあることが知られていた。ならば後は別の世界への道を作り、大軍を送り込めば良い。きっと新天地には落とすべき国も得るべき資源や富も山のようにあるに違いない、と皇帝は胸を躍らせた。 そして、異世界への道を作ること。これについては、皇帝は心当たりがあった。


 この世界には、素術、という学問体系があった。

 素術とは字の通り、物質や現象の素を扱う術である。火、水、風、土、鉱物、空間、植物、電気、その他諸々全ての事象にはその素となるものが存在し、その本質を理解して意図的に本質に働きかけることで超常の現象を起こす。素術は難解である上にそれを扱うには特別な資質を必要としたため、素術を使うことが出来る人間はごく少数だった。しかし彼ら、素術を使いこなす者、素術師によってその研究は日進月歩で進められ、帝国の保護の下で凄まじい威力を実証しつつあった。


 皇帝は異世界への道を作るにあたり、素術を使うことにした。


 皇帝は直ちに、大陸中から優れた素術師たちを集めさせた。皇帝の命とあらば、嫌と言えるはずも無い。帝都に集まった数百人の素術師たちに、皇帝は異世界への道を開く術を作るように命じた。


 素術師たちは、すぐに研究を始めた。皇帝には逆らえないというのもあるが、彼らの中にも情熱が芽生えた。まだ誰も成し得ぬ強力な術の完成。それに魅入られた素術師たちはチームを組み、日夜問わず研究を続けた。


 そして、ちょうど一年後の冬に、素術師たちはその術、異世界へと<門>を開く術を完成させた。


 そのときには、皇帝も戦のための準備を万端整えていた。何十万という兵士に装備、十分な食料。帝国の力を持ってすれば造作も無いことだ。


 異世界への<門>を開く場所は、大軍を待機させるという事情も踏まえて、広大な平野に決定された。ちょうど大陸の真ん中辺り、豊かな穀倉地帯である。冬なので、収穫物への心配も無い。


 皇帝と素術師たち、そして何十万という軍が平野へと向かい、布陣した。出征式を行って兵たちの指揮を高め、素術師たちが巨大な陣を描いた。平野に響き渡る、術式の詠唱。陣が眩い光を放ち――


 そして、悲劇が幕を開けた。


 当時の伝承に、こんな話があった。

 帝国のある世界を含めた数多の世界は、何も無い暗闇に生まれた神々が癒しを求めて創ったものだった。

 しかし、何かを作ろうとすると、必ずそこから零れ落ちた不要物が出てくる。世界を創るときも然り。その単位が大きい分、出てくる規模も悪性も桁違いに大きい。

 神々は悩んだ末、その不要物や世界にとって害悪となるものを一所に集めて棄てることにした。小さな場所では到底足らず、擬似世界のようなものを丸ごと一つ作り、そこに次から次へと棄てていった。


 素術師たちが繋げた<門>は、異世界へのものではなかった。彼らはその世界の掃き溜めである擬似世界、とある素術師が言い表すところの<深淵の淵>へと繋げてしまったのだ。


 <深淵の淵>には、他の世界では生物と呼べぶようなモノたちが蠢いていた。しかし、それらは様々な世界で不要、害悪とされ、打ち棄てられた集合体から生まれたモノたちだった。


 故に彼ら――彼らと呼んで良いのかも怪しいところだが――は、他の世界たちを激しく憎んでいた。機会さえあれば、光り輝く世界を蹂躙し、喰らい尽くし、穢してやろうと虎視眈々と狙っていた。


 <深淵の淵>に蠢くモノたちは、世界の一つと繋がる道が開かれたことに狂喜した。わざわざ向こうから、こちらへの餌が差し出されたと。そして、力の強いモノも弱いモノもその欲望のままに<門>へと殺到し、繋がった世界へと駆け抜け、


<門>の前でまだ見ぬ新天地に心踊らせていた大勢の兵士、将校、素術師、そして帝国の唯一皇帝に一斉に襲い掛かった。


 それは、戦いにすらならなかったという。

 平野に集った人間たちは、<深淵の淵>からやってきたモノたちに反撃虚しく切り裂かれ、焼かれ、喰らわれ、溺れさせられ、貫かれ、全員が虐殺された。


 平野は彼らの死体で埋まり、その後十日間は彼らの血でできた河が枯れることが無かったという。


 そして当然、そこで終わりにはならなかった。


 <門>を開いた素術師たちは全員が無残にも殺され、<門>を閉じる者はいない。<深遠の淵>から来たモノたちが「数十万の人間を殺した程度」で満足するはずがない。


 まず、平野の近隣の村が襲われた。次は、さらに遠方の都市が。ついには、唯一帝国の帝都が。襲われた場所にいた人間は例外無く殺された。村人も、領主も、大臣も。帝国は急速にその機能を失っていった。


 しかし、人間側もただそれを見ているだけでは無かった。


 帝国の属国となっていた八つの国が、この危機に手を取り合って立ち上がった。帝国を頼れる状況ではなし、そもそもどの国も帝国に無理矢理征服された身、帝国のためにという考えは最初から無かった。


 八つの国の代表者たちは、アッキリアという<門>から最も遠い都市に集まって会議を開いた。そして彼らがすべき事を次々と決めていった。


 まず、<深遠の淵>から来たモノたちに次に襲われるだろう土地の民を自国に避難させた。帝国はすでに潰れたも同然、ゆえに帝国の民であろうとも関係なく、とにかく出来る限りの避難を敢行した。


 そして、<深遠の淵>から来たモノたちの制圧。これは全くの不首尾に終わった。


 軍を差し向けてみたが、やはり人間では彼らの相手にはならなかった。さらに<門>も開いたままなので、新たな個体が次々と湧いてくる。優秀な素術師は始まりの平野で皆殺しにされている。

 彼らよりも劣る素術師には存命している者もいたが、彼らからは自分たちにはどうにも出来ないという旨の泣きつきがすでに届いていた。


 どうしたものかと代表者たちが頭を抱えたとき、とある情報が入ってきた。


 ただ一人帝国からの召集を掻い潜り、今も隠棲している最高最強の素術師がいる、と。


 代表者たちには他の選択肢は無かった。

 その素術師の棲家を突き止めると、八人全員で彼の家を訪ね、請い願った。

 どうか、世界を脅かす大災厄を止めてくれ、と。


 最初、その素術師はつれなかった。すでに私は俗世とは関わりを持たぬ身、自分のことは自分で後始末をされるがよろしかろうと家にさえ上げなかった。


 しかし、もはやどの国かは分からないが一人の代表者の言葉を聞いて、彼は態度を改める。

 彼はいくつかの条件と引き換えにして、代表者たちの請願を聞き入れた。


 素術師は<門>の開いている平野へと赴いた。平野へ着いた時には、そこは地獄のような腐臭が漂い、草木の一本も生えない荒野となっていたという。


 彼はそこで開いたままの<門>を閉じようと試みたが、彼の力を以ってしても数百人単位で開いた<門>を閉じることは出来なかった。そこで彼は閉じることは諦め、<門>をいくつもの場所に分散させることで<門>自体の規模を小さくすることに成功した。さらに彼は、その他にも様々な手を講じた。

 

 また、八国はそれとは別に、素術師からなる軍隊を組織することにした。彼らは己の持つ知識と技術を全て戦闘面に振り、<深遠の淵>から来たモノたちを倒す為の専門の技術を磨いていった。それには大変な困難が伴い、何人もの素術師が命を落としたが、次第に彼らはその専門集団として機能するようになった。


 そして、何年もかかってようやく、非難生活をしていた大勢の民たちをぽつぽつと元の土地に戻していけるようになるまでに漕ぎ着けた。


 その後も討伐は進み、人々は少しずつ、日々の暮らしをまともに送れるようになった。<深遠の淵>から来るモノたちは相変わらずいるが、少なくとも倒す手立てが見つかってきたからだ。


 その状況を鑑み、八国の代表者は再びアッキリアで大規模な会議を開いた。そして、今度は今後の国の統治について話し合った。


 彼らは再び唯一帝国の統治時代に戻ることを望まなかったため、国々の関係性は変化させず、八国は互いに対等とした。


 しかし同時に、<深遠の淵>から襲い来るモノたちに対抗し続けるためには、八つの国が団結して事に当たっていくべきであるという意見も一致させた。そこで八つの国を緩やかに纏め上げる組織を作ることにし、アッキリアをその組織を置く「央都」として機能させることにした。


 こうして世界は、再び音を立てて動き始めた。


 しかし、始まりの平野、<門>のあった場所は腐臭が立ち込め、未だ草木の一本も生えず、かつての唯一帝国が犯した過ちを永遠に語り継いでいる。




『創世記 ――転換の章――』より

ある図書館員の抜粋から



 

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