何気ない日常
僕は何がしたいんだろう。
ふと考える。
窓の外では、違うクラスがサッカーをしている。
あの鬼教師が和やかに笑っている。
「オイ、中川! 何をボーっとしているんだ、話を聞いてるのか? よし、この問題を解いてみろ!」
もう少しで昼休みだというのに、こんな時に先生に当てられるなんてツイてない。
幸い、出された問題は典型的な計算問題だったから良かったものの、こんな数学教師を好きにはなれなかった。
僕は大人になりたくないんだろうか。大人をケイベツしているのかな。
チャイムがなる。数学教師が教室を出ると、待ってましたと言わんばかりにクラスが騒ぎ出す。
一緒に弁当を食べるもの。購買に走る者。外で食べようと教室を後にする者。
僕はといえば、ただ窓の外の空を見ているばかり…。
「中川くん…ご飯食べないの?? 」
ふと声をかけられハッとする。振り返るとそこには美雪の姿があった。
「中川くんっ、よかったら一緒に食べない? 今日、明梨休みだからさ。」
こくりと肯いて僕は鞄の中から弁当を取り出した。
相変わらずの デコ弁。こういう弁当を作られると嬉しい反面
どこか悲しい気分もするのは何故だろう。
「うわぁ、いつもながら中川くんのお弁当ってすごいよね。私、中川くんのお母さん尊敬しちゃうなぁ。
ねぇ、一回料理教えてもらいたいから家行っていい?」
「え? 僕は別に良いけど、母さん、何て言うかな?」
冷凍食品を食べながら僕は、このシチュエーションを考えていた。
女子と机をくっつけて弁当を食べる。
男子連中からすれば喉から手が出るほど羨ましいことなのかもしれないが、
僕にはよく分からなかった。
「ねぇ? 中川くん、どうしたの? 」
「え? 何が?」
「さっきから外ばっか見てて・・・? 今も何か考えてるでしょ?」
「ごめんごめん。さっきの件ちゃんと母さんに言っとくから、本当ごめん。」
つい考え込んでいたのが顔に出ていたようだ。美雪は心配そうな顔をしていたが
それ以上何も聞いてこなかった。
思えば美雪との出会いは数奇的なモノだった。
~美雪との出会い~
始業式。その日から僕の高校生活は始まった。中学時代に勉強を頑張ったおかげで
希望校に(なんとか)受かることが出来た僕は期待と不安の葛藤を胸に抱え
教室へと向かった。幸い、中学の友達も何人か居たので安心することが出来た。
やはりクラス内に友人の一人や二人居ると安心するのか、お喋りに興ずる
グループがちらほら見受けられた。
突然ドアが開いた。
「皆~。席に着いて~。」
それまでグループで散らばっていたクラスメートたちが
一斉に自分の席に着き始めた。
「はい、それでは皆さん。まずは入学おめでとう!
私が今日から一年、君たちを受け持つ三宮 舞だ! 皆よろしくなっ!」
担任の三宮先生は、見るからにキャリアウーマンらしく
気が強そうな女教師であった。その凛とした佇まいに早くも目を光らせている
男子同輩が居たことは言うまでもない。
「そうだな~。まずは皆仲良くなるために自己紹介と行こう!
順番に教卓の前で自己紹介してくれっ。」
教室がざわつき始めた。
「確かにこういうのが苦手なヤツも居るかもしれないが、自己紹介ぐらい
まともに出来んようでは将来苦労するぞ~」
そうして自己紹介は始まった。
「次! 上野美雪!」
呼ばれて立ち上がった瞬間、男子がざわつき始めた。
「おい、上野だぞ。」
「やっぱカワイイなぁ~」
「さすが桜中のマドンナだっただけあるよなぁ」
ひそひそ声から聞き取れる情報通り、教壇に立った彼女はマドンナに相応しく
ショートヘアでおっとりとしたオーラが漂っていた。
彼女の自己紹介が終わって僕の番を通り過ぎて
全員終わったあと最後は三宮先生の自己紹介だった。
そしてホームルームも終わろうとしていた時
「ねぇ、中川くんだっけ? 消しゴム落ちてるよ。」
きっかけは彼女のその一言だった。
それに席が隣ということも大きな要因だった。
そこから美雪と仲良くなれたのだし今こうして弁当を一緒に食べる間柄にもなれたのだから。
そんなことを回想しながら弁当を食べた。
「あぁっ! 今も考え事してたでしょ? ねぇ教えてくれたっていいじゃない。
何考えてたの? もしかして私の事?」
妙な所は勘が良くて、僕は昼飯を噴き出しそうになった。
「あ~やっぱ図星でしょ。何かあるなら何でも言ってね。相談には乗るよ?」
「あ、ホントに何でもないっ。ごめん、心配かけさせちゃって。ああ
もうすぐ昼飯終わっちゃうなあ。ごめん、楽しくなかったよねぇ?」
見ると美雪は真面目な顔つきで言った。
「私、中川くんとご飯食べるの好きだし、楽しいよ。
でも中川くんがそんな顔して食べてるの見るのは嫌い・・・だから
困ってることがあったら相談して欲しいの。それでまた元気な顔して一緒に
ご飯食べたい・・・。」
今までこんなに真剣な美雪を見たことは無かった。
「ごめん。自分の事だよ。何がしたいんだろうって考えてたんだ。
僕は将来何がしたいとか、まだ漠然としてて・・・ そういえば
美雪は将来幼稚園の先生になりたいんだっけか?」
「そうだよ。そっか・・・私の方こそ何だかごめんね・・・」
その時だった。
「っねえ! 何話してんの~? ワタシも交ぜて交ぜて~」
僕らに陽気に話しかけてくる女子と言えば一人しかいない。
「あ、佳奈!」
「何しに来やがった。」
「あ~。もう佑二ったら~。相変わらず私に対しては無愛想なんだからぁ。」
丹下佳奈。同じクラスの女子生徒だが、僕にとっては鬱陶しい存在でしかない。
何しろ佳奈とは幼稚園からの幼馴染だからだ。
「で、何しに来たんだよ。」
「何って、あんたねぇ高校生活始まって一か月よぉ~。 部活ぐらい決めたんでしょうね?」
部活か・・・。そういえばこの前盛大に部活紹介があったが、特に何に入りたい
っていう気にもならなかったな・・・。
「別に。まだ決めてない。」
「え~。佑二って本当に何事にも無関心なのね。そうだ、美雪は何処に入るの?」
「私? 私は園芸部かなぁ。」
「美雪らしいわねぇ。 私は勿論テニス部よ。絶対国体行ってやるんだから。」
佳奈は中学時代からテニスをやっていて、今ではテニス一本というくらい
テニスに熱中していた。
熱中できるもの・・・。僕にはそれが無い。ただ自堕落に朝起きて、
高校生だから高校に通う。授業を受けて昼飯食って、また授業。
終われば家に帰って、何をするでもなく一日を終える。
目標。それを早急に見つけなければ生きた意味が無いかもしれない。
でも、目標が絶対に無きゃいけないわけでもない。
「あ、また中川くん考え事してる・・・」
ぼそっと呟いた美雪の顔は暗くなっていた。
「し、心配すんなよ、美雪。どこのクラブ入ろうかなぁって考えてたとこでさ。」
「じゃあ、あんたテニス部入んなよ。」
佳奈が横槍を入れる。
「それはお断り・・・だな。」
佳奈がムキになっているのを尻目に僕は美雪の顔色を窺った。
やはり僕の事を心配してくれている。
でも、どうして僕なんかを心配してくれているのだろうか。
赤の他人の僕を・・・
チャイムが鳴って授業が始まる。
やがて、そんなことも忘れかけていった。