1dead
暗い夜道。
一人。
時刻は深夜二時。
最近は常だ。積み重なる仕事量に抗えず、ギリギリまで足掻く毎日。
時計の針はいつも、日をまたぐかまたがないかを行ったり来たり。
自分が疲れているのかいないのかも分からない、
無味乾燥で忙殺な毎日。
静かだ。
みんな寝ている。
あの家も。あの家も。あの家も。
なのに、自分は起きている。
何故だ。
どうしてだ。
そんな風に自分の人生を見つめ直そうとした事もあった。
だが、これで食えている事実。
息長られている現実。
それを失うのが、惜しく思えた。
だから、考えるのを止めた。
「――ん?」
妙な気配を感じた。
気のせいかと思う程、微弱でありながらはっきりとした違和感。
真っ直ぐの一本道。
私一人。
いや。
一人じゃない。
後ろを振り向いた。
何もない暗闇。目を凝らしてみても、気配の所在は掴めない。
気のせいか。
それにしては、酷く背中がちりちりする。
首をひねりながら、私は首を前に戻した。
だっ。だっ。だっ。
途端に後ろで騒がしく鳴り響いた靴音。
驚いて私は再び振り返る。
どん。
勢いよく強烈な何かが私の背中にぶつかった。
振り返った先には、真っ黒な塊がいた。
なんだこの塊は。
なぜ私にぶつかってきた。
いろんな疑問が解消されぬままに、ぬめっとした液体が腰のあたりから下半身を濡らしている事に気が付いた。
「ふう」
すっと息を吐くような声。
それは真後ろの黒い塊から発せられた。
ああ、こいつ人間なのか。
私は今、人間に。
ああ、ああ。そうか。
気付くのが遅すぎるか。
いや、気付いた所での話か。
私の腰に当たっているもの。
既に腰から下は水に浸かったかのようにぐっしょりと濡れていた。
遅れに遅れた痛みが、ようやく私に伝わった。
「ぐうっ……」
情けなく声にもならない苦痛の息が自然と吐き出された。それに呼応して体を支える一本の芯が抜き取られたかのように、全身の力が抜け、膝から私は崩れ落ちた。
ごろりとアスファルトの上に寝そべる。ひんやりとした地面が頬に伝わる。
どうやら、死ぬらしい。
「あなた、変わってるね」
ふいに上から声が落ちてきた。
私は少し驚いた。思っていたよりその声が高かったからだ。
女性だったのか。
まあ、男だろうが女だろうが関係ないが。
「怖くないんだ」
どうだろう。
このまま死ぬと思うと、何とも言えない不安にも恐怖にも似た居心地の悪い感情はあるが。
なんだか、ほっともしている。
「よっぽど疲れてるんだね」
殺しといて、なんだそのセリフは。
少し私は腹が立った。
が、考えようによっては、この訳の分からない人殺しに一矢報いれてたという事かと思うと、いい気味だと気持ちを切り替える事も出来た。
どうせ悲鳴を上げ、助けを乞う姿でも期待したであろうこいつに、私は一切の楽しみも喜びも与えずに死ぬのだ。ざまあみろ。
意識が遠のき始めた。
これで終わりか。
感慨深さも何もない。これ以上失うものも、残してきたものもない。誰に迷惑をかけるでもない。
ゆっくり死のう。
生まれ変わったら、もう少し味気のある人生を送れるように、少しは頑張ってみようか。
ともかく。
私は、疲れた。