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梔子の夢  作者: 石構紅康
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プロローグ~太陽な少年~

 多少の怖い表現と残酷な描写があります。

 草木が香る、力強い夏の頃。

 ひまわりが咲き乱れ、季節はすっかりと夏になっていた。

 早朝だというのに、日差しが強い。

 セミがすでに鳴き出している。

しかし、山の中にある『玄武の滝』は、涼しげに水飛沫を上げていた。

 激しく、優しく。

 その身に、一つの存在を掻き抱きながら…。

 

 今年高校三年生になったばかりの少年が、従兄弟の少年とともに『玄武の滝』へと近付いて来ていた。

 背には、釣り竿一式を入れたバックを担いでいる。

 今日は朝も早くからふたりで川魚を釣りに来たのだ。

 今は早朝の五時を少し回った頃だろう。

「なあ、明砂めいさ? ここの滝壺に伝説みたいなのがあるんだけど知ってるか?」

「伝説? なんだそれ?」

 明砂と呼ばれた少年は、首を傾げて同じ年の従兄弟を見上げる。

 明砂と呼ばれた少年の身長は170そこそこの細身の女顔。

 従兄弟は180まではいかないが、それなりの長身と体躯をしている。

 従兄弟は表情を重々しく変えて、声を落として、明砂に答える。

「ここはなぁ…『出る』んだ」

「はぁ? 出るって、これか?」

 明砂は幽霊のように両手を胸の前で垂らして見せ、少年は笑いながら首を振って見せた。

「あっはっは! 近いけど違うんだよ」

「じゃあ、何が出るんだ?」

 明砂の問いに、従兄弟はにやりと笑った。

「狼だよ」

「はぁぁ? こんな所に狼なんているワケないだろう?」

 尤もな答えに、少年は笑ったままだ。

 しかし、明砂は気に食わない。

「そんなに焦らさなくたっていいだろう? さっさと答えろよ」

「わりぃわりぃ。明砂は最近こっちに越して来たから知らないだろうけどな、昔…この山には『珀影はくえい』っていう祓え師がいて、そいつがこの滝壺に狼の化け物を封じ込めたんだよ」

「ふぅ~ん。で、ハラエシってなに?」

「さあ? 確か、今で言う霊能力者だって母ちゃんの方のじいちゃんが言ってたけどな」

「なんかあいまいだな~」

「まあ、昔の事なんだからあいまいなのは仕方ないだろう?」

 少年は大口を開けて笑いながら明砂の背を力いっぱい叩いた。

 むせるほどの力だったため、明砂は涙目になりながら咳き込んでしまう。

「げほげほっ! 何すんだよ、一平!」

「あっはっは! 名前も女っぽいけど身体も女みたいに細っこいよな~水樹みずきだもんな~名字」

 明砂はカッと頬を染め、少年──高田一平に食って掛かる。

「悪かったな! どうせ名字も下の名前も女みたいな名前だよ!」

 明砂こと、水樹明砂は更に頬を紅くして怒鳴りつけた。

 明砂は自分の名前が大嫌いだった。

 名字も、名前も、女の子のような名前だったから小さい頃からからかわれていた。

しかも女顔のために、小さい頃からヘンなオヤジによく声を掛けられていたという最悪な境遇の持ち主だった。

 そして、今ですら女顔の中世的な雰囲気なために、制服を着ていたとしても、よく他校の男共に言い寄られている。

 さらさらな黒い髪。

 大きくて優しげな目。

 細い身体。

 これで一つ年下の妹と街になぞ行こうモノなら、ナンパされまくり~だろう。

 一つ下の妹と自分は、瓜二つなほど似ているのだから。

 まあ、妹は完全に小柄な少女なのだが…。

「そう怒ンなって。で、今日の砂名さなちゃんへのお土産は?」

「う~ん? とりあえず川に釣りに来てんだから、やっぱ魚だろう?」

 明砂と一平は、明砂の母と一平の父が兄妹で、従兄弟同士だ。

 そして、一平の父が病院の院長を務めているため、水樹一家は病弱な母の治療と療養ためにこの土地に去年前引っ越してきた。

 もちろん、小さい頃から何でも話せる従兄弟であり、親友同士で、明砂の妹の砂名とも仲が良い。

 だからこそ、どこかに行くにも必ず明砂が砂名に土産を買っていく、もしくは持っていく事を知っているのだ。

「んじゃあ、でっかいの釣ろうな」

「それよりも量だろ量!」

「あぁ~? 何言ってンだよ明砂、やっぱでかいほうが良いに決まってンだろ? 砂名ちゃんの笑顔が見たいんだろぉ~? シスコン君?」

 にやにやと笑う一平を睨み付け、明砂はさっさと川に沿って歩き始める。

 一平は慌てたふりをしつつも、内心では笑いを堪えているのが明砂には分かっているため仏頂面だ。

「待てよ、明砂」

「うっさいっ!」

 一平は明砂が怒ることを知りつつ、こういう意地の悪い事をよく口にする。

しかし、もしも他の連中にこんな事を言われたら、明砂はその容姿からは信じられないほど怒り狂い、相手を簡単に伸してしまうだろう。

 幼い頃とはいざ知らず、明砂はりっぱな『男の子』なのだから。

「ったくよぉ、お前は砂名ちゃんの事になるとムキになるよなぁ?」

「…昔っからふたりきりの時が多かったんだから、仕方がないだろう?」

 明砂の言葉に、一平は微かに表情を曇らせた。

 そう、明砂達兄妹は病弱な母が入院するたび、ふたりだけで家の事をやりつつ父の帰りを待っていたのだ。

 休み中に明砂達の母が倒れたのであれば、一平の家で居候し、その年の休みの全てを一平達と過ごす。

 そんな生活を10年以上続けていた。

 今年はどうやら元気なようだが…。

 一平は、明砂の触れてはならない部分に触れてしまった事に、罪悪感を覚えた。

「わりぃ…」

「別に慣れてるからいいさ。それに、一平だと理由を知ってるからそれほど腹は立たないしな」

 にやりと笑ってみせる明砂に、一平は顔を顰める。

 ──『今の罪悪感って、なに?』、な心境だ。

「お前って…性格わりぃ~」

「何だ、今頃気付いたのか?」

 笑う明砂は、まるで太陽のようだった。

 彼の笑顔は誰もを幸せな気分にさせる。

 それが、誰のために作り出されたモノか知りつつも、明砂が同性であると知りつつも、一平は見惚れずにはいられなかった。

 ──まあ、惚れた弱みだな。

 のほほーんとそんな事を考えつつ、一平はもう一人の、同じ笑顔を浮かべる事の出来る自分の想い人の事を思い出す。

「ホント、お前等って双子みたいにそっくりだよなぁ」

「両方とも母さん似だからな」

「おばさんも美人だからなぁ~。美人揃いって感じ?」

「オレは男だぞ」

 にかっと笑い、一平は前を行く明砂の腕を掴んだ。

「知ってるさ。お前が意外に凶暴だとか、シスコンだとか色々な」

「また言うかこの野郎」

 口調は厳しいが、目は笑っている。

 一平は笑ったまま、ふと顔を上げて滝の方を目を細めて見る。

その表情からは笑顔は消えていた。

 なにやら異変を感じた明砂は、怪訝な顔で一平に問い掛けた。

「どうした?」

「あれ…」

 明砂も一平が見ている方に視線をやり、首を傾げる。

「ガキだな?」

 それがどうした? と問い掛ける前に、子供ふたりがなにかの小さな祠の戸に手を掛ける姿が目に飛び込んで来た。

「あれ…マズくないか?」

「なんで? ただの祠だろう?」

「ばっ! って、言ってる傍からあのガキ共…!」

 ふたりの目の前で、ついに子供達が注連縄を解き、祠の戸を開けた。

 その瞬間、金色に輝く何かが祠から一気に飛び出し、子供の一人に体当たりをかまして川の中へ弾き飛ばした。

『うわっ!』

『きゃーー!』

 取り残された子供の悲鳴。

 川に落とされた子供の悲鳴。

 明砂は何も考えずに釣り竿の入ったバックを投げ出し、靴を吹っ飛ばして川の中へとダイブした。

「明砂ーー!」

 一平の叫び声を、背後に聞きながら。


 その様子を見ているのは、宙に浮かぶ一匹の金色の狼。

 舌なめずりをしながら、流されて行く二つの影を見詰めていた。

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