第九百二十四話 正体を告げよう
「ティアラッ! ティアラッ!」
風音が名を呼びながらティアラの元へと駆けていく。
「アンタは邪魔だよっ!」
風音がその場にいるトールへとマテリアルシールドを放った。ミナカを捕まえている以上は殺傷能力のある技は使えない。
そのまま吹き飛んで両者が離れれば……という打算もあったが、トールは風音の攻撃を見抜いてミナカを抱えたまま跳び下がって避けた。
もっともティアラのそばからトールを離すという第一の目標は達成できた。風音はすぐさまティアラを抱き抱えた。
「な、なんだよ。なんでティアラがッ」
「トール。貴様なんてことを」
そして、硬直していた仲間たちもそれを見て一斉に動き出した。
だが、その動きは明らかに精彩を欠いている。突然の裏切りに仲間たちが混乱している中、風音がティアラに呼びかける。
「嘘。駄目だよ、ティアラ。目を覚まして。起きてよ」
「落ち着いて風音。直樹、早くッ……まだ間に合う」
風音が半狂乱になってティアラに声をかけている後ろで弓花が直樹に叫び、直樹がハッとなってすぐさま英霊フーネを喚び出した。
「直樹、フーネを早く」
「姉貴は邪魔だ。フーネ、頼む」
直樹が風音を押しのけ、近付いた英霊フーネがティアラを抱き抱えて回復魔術をかけていく。それを見て風音は自分が回復魔術を使うことすらも考えられていなかったことに気付いて愕然とし、己の混乱ぶりに絶句していた。
「ティアラを……私は助けようともせずに」
「大丈夫。まだ、間に合うよ。けど、時間がかかる……あの人、毒を使ったね」
英霊フーネがトールを睨みながらそう告げる。その言葉にトールが「さすが英霊ですね」と返した。
「トール、あんたは……」
激情に駆られて立ち上がった風音の前で、トールが「おお、怖い」と言いながらティアラの腹を刻んだ血塗れの爪をミナカの首元に寄せた。それにミナカが息を飲み、風音がギリギリと歯軋りしながらトールに射殺すような視線を向ける。
「いえ、そんな顔しないでくださいよ。魔王の威圧……でしたっけ? 少しは効きますが、私の動きを止められるほどのものではありませんね。それにほら、私もここまでともに戦ってきた仲間ですし。ティアラさんも殺さない程度に手加減はしたんですよ。むしろ、感謝してくれないと?」
そう返すトールを前に、風音が涙を拭って首を横に振った。
「感謝? 違うでしょ。手加減なんて、情けを出したワケじゃない。アンタが狙ったのはティアラとフーネを封じるためだ。力を削ぐために、それで殺さなかっただけだよ」
風音の中で、血が沸き立ったかのような怒りが急速に冷めていく。先ほどは取り乱したが、ここまでの経験が風音の中では生きている。敵の狙いが何かを考えながら、出た答えを口にするとトールが感心した顔をして頷いた。
「ああ、思ったよりも冷静か。そうですね。ティアラさんを瀕死にすれば英霊フーネを使う。そう考えていましたよ。ええ、当然でしょう。そいつも厄介ではありますからね。RPGでね。敵側の視点で考えると、回復魔術って反則級に厄介なものだと思いません? なんでいきなり全回復するんだよーってな感じで」
「そんなこと、知らないよ。それよりもミナカさんを返して。こんな場所で人質にしてどうするつもりさ? どう考えたって逃げられるわけがないんだよ」
風音の言葉に、仲間たちも一歩前に出て頷く。
「そうだトール。ミナカを盾にしても逃げきれるはずもない」
「カザネのヌリカベくんが入り口を塞いでるんだぞ。それを退けても外に出れば魔物の大群に襲われる」
「この深淵迷宮からはそもそも逃げられん。それとも俺たちに心臓球を取ってこさせて、そのまま逃げようとでも言うのか?」
それぞれのパーティのリーダーであるオロチ、ガーラ、オーリがそうトールに声をかける。カルラ王を倒し、心臓球を手に入れた直後ならばともかく、このタイミングでミナカを人質に取っても成功する確率はきわめて低い。この場の手練れを前にしては、ミナカという盾があろうとも奪還され、確実に倒されてしまうだろうとは全員が確信していた。それはトールも同じはずだった。
だが、トールが目を細めながら笑って、今までともに戦ってきた者たちへと視線を向ける。
「逃げられない……どうするか……ですか。まあ、そう思うでしょうね。けれどね、私にとっては予定通りではあるんですよ。万が一もないように、あなたがたの力を限界まで削ぎ落としたかった。私では対処しなかったかもしれませんが、ティアラさんなら絶対に使うと確信していました。あなた方は仲間を見捨てない。実際にこうして英霊を使った。すべては予定通りです」
「予定通りって、何が狙いなの? ここまで一緒に来たのに……どうして?」
弓花の言葉にトールが「どうもこうも……」と口にして、力を込めてミナカをさらに抑え込む。
「私はただ、依頼を受けてここにいるだけです。言われた通りに護っていただけです。ここまでずっと。ええ、ダンジョンに潜り込んでいましたし、場合によっては死んでしまうかもしれなかったから、クランを組んで私は護り続けていた……それだけのこと」
それが誰を指しているのかは明らかだった。
トールが気にかけ、ずっと護り続けていた人物はひとりしかいない。その言葉を聞いていたミナカの顔が凍り付いたように固まり、頭を垂れて雫をポロポロとこぼれ落とさせる。だがトールはそれに目もくれない。ただ風音たちを見て笑って口を開く。
「ですが、それもここで終わりです」
「ああ、お前がな」
次の瞬間、その言葉に誰もが息を飲んだ。一瞬でトールの腕が切り裂かれて鮮血が舞い、ミナカの身体が解放された。それにミナカが驚きながらも、すぐさま駆け出す。
「こ、こっちだミナカ。早く逃げろ」
ミナカが声を上げたドッグソルジャーたちの元へと逃げていくが、トールはそれを追わなかった。そして、背後にいた人物を見て驚きの声を上げた。
「ジンライ……なぜ、そこに?」
その視線の先にいたのはジンライだ。槍を構え、殺意の籠もった視線をトールに向けて立っている。
「憑依を覚えてからな。気配を隠すことが造作もなくなった。貴様に勘付かれぬ程度にはな」
「なる……ほど」
苦痛に顔を歪ませながら、なおも笑うトールにジンライの表情が悪鬼羅刹のごときものに変わる。
「やはり腐った性根は変わらんかったか。許せぬ。ティアラ様を……貴様はッ」
ここまでをティアラの護衛としても過ごしてきたジンライにとって、トールの行為は到底許せることではなかった。何よりも、ティアラを傷つけることを許してしまった己を、ジンライはもっと許せない。この中でもっとも自分がトールを警戒していたはずだったのに……と、自身に対して怒り狂っていた。
だが、目の前の敵はそれ以前の問題だ。すでに生かして良い上限を超えていた。
「な、なるほど。私が気付けぬとは……さすがはジンラ……」
「喋るな。もう死ね、害虫ッ!」
そしてジンライの咆哮とともに、トールの身体が切り裂かれ、その首が刎ねられるとそれすらも十字に切り裂かれる。仲間たちからは小さく悲鳴が出たが、続けて起きたのは拍手であった。
「さすがはジンライ。いやいや容赦ない。ああ、でも」
その拍手をした人物はドッグソルジャーのひとり、ジャックと呼ばれていた男だ。だが続けて発した声は、彼のものではなかった。スッとミナカを抱きとめ、喋っている男の声はトールのものだった。
「な、ジャック。お前は?」
そのことに呆気にとられたドッグソルジャーの面々の首が飛んだ。その場でジャックの腕が刃のような爪のような形に変わり、一気に切り裂かれたのだ。至近距離からの不意打ちに彼らは為すすべもなく倒され、その場で崩れ落ちた。
「それとも、分体では精度が落ちるということでしょうかね?」
そう答えた時点でジャックの顔はすでにトールのものとなっていた。
「嘘……」
ミナカが真っ青な顔でそれを見るが、すでに己が再び拘束されているという事実に気付き、さらに絶句する。
「貴様。どういうトリックだ?」
吠えるジンライに、今や完全にジャックからトールになった男が肩をすくめる。
「あなたのメカジンライと似たようなものですよ。ま、キメラ種ですし、取り込んだ魔物の能力の一種ですね。そっちは分体。こっちは寄生。驚きましたか?」
そう言いながらトールの身体はさらに変異していく。
腕はまるでハンマーのような形になり、目玉が無数に生えて並び、その歯は赤く鋭くなって、何かしら毒のようなものを垂らし始めた。また、背には剣のような突起物が無数に伸び、臀部より巨大な剣のような尾が生えていく。
そうしてその場に四メートルはある怪物が立っていた。それがトールのキメラ種としての本当の姿であったのだ。それを見て、驚愕に目を見開いた者がひとりいた。
「お、お前が……貴様があの化け物だったのか……貴様がぁッ!」
そう叫んだのはギャオの相棒ギュネスである。今にも飛び出しそうな相棒の様子にギャオが眉をひそめる。
「おい。ギュネス、どうした?」
「ギャオ。ヤツだ。ヤツが俺たちの仲間を、マザーズナックルを壊滅させた張本人だ。畜生。俺は仇と仲良くダンジョンを潜ってたっていうのかよ!?」
その言葉に風音の顔も強張る。マザーズナックル潰滅。それは捕らえた竜牙衆を王都に護送中に謎の敵に襲われてその場にいた兵士も冒険者も全滅した事件によって起きた悲劇だ。問題なのは、襲った一体は達良が制作した人形である殺魅一号のようであり、それは今悪魔が所有しているだろうと予測されていることだった。
そして、先ほどトールは言っていたのだ。自分は『依頼を受けて』ここにいるのだと。であれば、その結論は……
「まさか、依頼って悪魔からの」
『さすが察しがいい。連中のようなたいそうな呼び名はありませんが……そうですね。協力者ですよ。悪魔に雇われ協力している者。理解できましたか。私はユキトの友人です。そして、あなた方の敵ですよ風音』
そのトールの言葉と同時に、部屋の周囲の壁がいくつも崩れ始め、隙間から無数の魔物たちの姿が見え始めた。それに全員がさらに驚きの顔を見せる中、風音が苦い顔をする。
「なんで……私、こんな近くにいて気付けなかった?」
『ははは、探知者の能力にはジャミングというのがありましてね。まあ、対象者の探知能力を妨害するものなんですが……ここに入ったときからずっと、彼らの気配を私が隠していました。この階層に来てから私に探査を振ったのは失敗でしたね。まったく、気付きませんでしたでしょう。おっと、ジンライ。アナタも近付かぬように』
そのトールの言葉にジンライが舌打ちした。
「その悪意、よくぞ隠し通してくれたな。よくぞここまで……」
漏れた言葉は賞賛であったが、ジンライの表情は怒りで歪んでいた。だが、トールはそれをさも愉快という風に鼻で笑うと『ありがとうございます』とだけ返し、右腕を上げて宣言する。
『では、続いての演目もお楽しみください。さあ、地獄の始まりですよ』
そしてトールの腕が振り下ろされるのと同時に魔物たちが部屋の中へと雪崩れ込み、その場は一気に戦場と化したのであった。
名前:由比浜 風音
職業:竜と獣統べる天魔之王(見習い)
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王・解放者・守護者
装備:風音の虹杖・ドラグホーントンファー×2・鬼皇の竜鎧・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩(柩に飾るローゼ)・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・白蓄魔器(改)×2・虹のネックレス・虹竜の指輪・金翅鳥の腕輪・プラチナケープ・守護天使の聖金貨・金色の蓄魔器
レベル:54
体力:185+35
魔力:510+950
筋力:114+70
俊敏力:140+80
持久力:76+40
知力:121+10
器用さ:110+10
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』『ラビットスピード』『フレアミラージュ』『テレポート』『カイザーサンダーバード』
スキル:『見習い解除』『無の理』『技の手[2]』『光輪:Lv2』『進化の手[6]』『キックの悪魔:Lv2』『怒りの波動』『蹴斬波』『爆神掌』『コンセントレーション:Lv2』『ゾーン』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv6』『イージスシールド:Lv2』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス:Lv2』『インビジブルナイツ』『タイガーアイ』『Wall Run』『直感:Lv3』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv3』『情報連携:Lv4』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv5[竜系統][飛属]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv4』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv3[竜系統]』『魔王の威圧:Lv3』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv3』『真・空間拡張:Lv2』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き:Lv4』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス:Lv2』『リビングアーマー』『アラーム』『六刀流』『精神攻撃完全防御』『スパイダーウェブ』『ワイヤーカッター』『柔軟』『魔力吸収』『白金体化』『友情タッグ』『戦艦トンファー召喚:Lv2』『カルラ炎』『魔物創造』『ウィングスライサー』『フェザーアタック』『ビースティング』『弾力』『イーグルアイ:Lv2』『ソードレイン:Lv4』『空中跳び[竜系統]』『暴風の加護:Lv2』『最速ゼンラー』『ソルダード流王剣術・極』『タイタンウェーブ:Lv2』『宝石化』『ハウリングボイス:Lv2』『影世界の住人』『知恵の実』『死体ごっこ』『ハイパーバックダッシュ』『ドリル化:Lv2』『毛根殺し』『ハイパータートルネック』『爆裂鉄鋼弾』『ウィングアーム』『Roach Vitality』『黒曜角[竜系統]』『空身[竜系統]』『神の雷』『雷神の盾:Lv3』『Inflammable Gas』『神速の着脱』『触手パラダイス』『ハイライダー』『リーヴレント化』『DXひよこライダー召喚+』『ミラーシールド』
風音「ティアラはひとまずは無事。でもあの魔物の大群をどうにかしないと」
弓花「どれだけ湧いてくるのよ」




