第八百七十一話 虚実を仕掛けよう
直樹のかけ声と共にヴァリオが一気に駆け出した。
剣の間合いは槍のソレよりも狭い。槍をくぐり抜け、距離を詰めねばヴァリオには勝ち目がないのである。
それにニールセン流剣術は速度を重視した剣。最速の一撃を常としている。それを狙い、ヴァリオがジンライへと斬撃を振るい、ジンライが見定めてかわしながら口を開く。
「剣に魔術が付与されておるのか」
なるほどとジンライは頷く。剣速がジンライの予測よりも速い。頭の中で認識を補正しながらジンライが最初の一手を繰り出した。
「なっ!?」
その『攻撃に』とっさにヴァリオが避ける。だが、ジンライは微動だにしていない。
外から見れば一度剣を振るったヴァリオが、ひとりで勝手に跳び下がったようにしか見えなかった。
その行動に弓花を除いた全員が眉をひそめたが、ヴァリオ本人はといえば、額から脂汗を流してジンライを注視していた。
「今……何を?」
「喉、心臓、額の順だな」
ぼそりと呟くジンライの言葉に、ヴァリオの目が見開かれた。ジンライは「ふむ」と口にしてヴァリオへと一歩を踏み込む。
ガチリと上の歯と下の歯がぶつかる音がした。ヴァリオが恐怖を殺し、ジンライへと一歩を踏み込んだのだ。
離れた今の状態は槍の間合い。己の斬撃が届く位置へとヴァリオは踏み込み、同時にさらに一歩を踏み込んだジンライがヴァリオの目の前に迫ると、あろうことか槍ではなく素手、掌底打ちをヴァリオの腹に直撃させたのである。
「なっ!?」
混乱するヴァリオの目に、ジンライの槍が地面に突き刺さっているのが見えた。そして吹き飛ぶヴァリオを見ながら、ジンライはゆっくりと槍を抜いて構えていく。
「ゲホッ、がぁ」
吹き飛んだヴァリオはどうにか倒れ込まずに地面への着地に成功し、その場で踏ん張ってジンライを見た。
腹の辺りからの突き上げてくるような痛みにヴァリオはその瞳に涙をにじませながら口を開く。
「ここまでダメージが通るとは……槍だけではないのか」
ヴァリオは速度を重視しているために革の軽鎧を装備していたが、それはミノタウロス・タワーシールドと呼ばれる魔物の皮から造りだしたもので防御力は鋼を上回り、刃を通すこともない。だがジンライの素手の攻撃はその防御を容易に通してきた。
「ふん。まあ、ちょっとした嗜みだ」
ジンライはそう言って、ヴァリオに笑みを浮かべた。
格闘家同様に練った闘気を鎧の内側を通す技をジンライが持っていることを知り、ヴァリオは愕然とした顔をしていた。
ともあれ、状況を立て直そうとヴァリオは己の闘気を練り、次の行動に移そうとした……瞬間だった。
「さて、行くぞ」
一言呟いたジンライが、正面から猛烈な速度で迫ってくるのがヴァリオには分かった。
「今度は自分から攻めてきた? だったら」
ヴァリオが瞬時に剣を振るう。その速度はジンライの速度よりも速い。いや、速すぎた。
ジンライが接触する前に剣は空気を斬り裂いたのだ。それは焦りのあまり攻撃のタイミングを見誤った……というわけではなかった。ヴァリオも決して勝利への気持ちが切れたわけではない。
実のところ、その剣の使い方はそれで正しいのだ。
ヴァリオが斬り裂いた空間には今、不可視の風の刃が生み出されている。
風音の読み通り、ヴァリオの所持する閃光剣ガルナーは高速の斬撃以外にも、もうひとつ魔術が付与されていた。
それは空間に風の刃を常駐させ、その場を通ったものを切り裂く能力『フドー・カマイタチ』。ヴァリオはそれを接近するジンライの軌道上に生み出していた。
秘剣『見えぬ牢獄』。虚実を織り交ぜた空間の牢獄を生み出す能力こそが、ヴァリオの持つ『エア』ガルナーの真骨頂であったのだ。
「これならばッ」
もちろん、ヴァリオもその攻撃だけでジンライが倒せるとは思ってもいない。だが相手も人間。一度崩れてしまえば、そこを突いて一気に打ち倒すことは可能なはずだ。
しかし、そう己の心を奮い立たせるヴァリオに迫ったはずのジンライの姿はすでに『影も形も』なかった。
「ヴァリオ兄さま。どこに剣を振っておりますの!?」
途端にリサの悲鳴のような叫び声が響いた。
剣の能力を知っているリサの言葉にヴァリオは己の失態を悟る。
ジンライは正面から接近などしていなかったのだ。
それは闘気を用いたフェイントだ。ジンライという達人の気配に飲まれたヴァリオは存在しない相手に秘剣を放っていた。
そして、恐らくは最初のときから己は騙されていたのだとヴァリオは気付いて、続いて迫る気配を察知してヴァリオはとっさに剣を右に振るう。だが、そこにも誰もいない。
「これもフェイント……だと?」
ヴァリオが焦って周囲を見渡そうとするが、次の瞬間にはヴァリオの視界に映る世界は回転し、気が付けば地面に叩きつけられていた。
「がはっ!」
そして、ヴァリオの視界に映るのは青空と見下ろすジンライの姿。であればヴァリオもそれがどういった状況なのかをすぐに察せられた。
「槍術『転』。これにて決着でよろしいかなヴァリオ?」
そう言われてヴァリオは笑うしかなかった。最初から最後まで、すべてが目の前の男の手の中にあった。あらゆるすべてが上回られた。それをヴァリオはしかと理解したのである。
「は、ははは、完敗ですよ。あなたほどの相手が祖父の最後の相手であるならば、祖父も誇りに思うでしょう。そして僕も同様です」
そうサッパリとした言葉を口にしたヴァリオに、ジンライに対して思うところのあるであろうリサも何も言えなかった。
リサは二桁の年に届いたばかりの子供だが、剣士としての実力は確かなものだ。それ故にリサにも分かってしまった。早熟故に、兄が勝てたはずだ……などという戯れ言を口にすることはできなかった。
そしてヴァリオと渋々といった風なリサは、ジンライへ仕合の礼を口にすると早々に白の館を去っていったのである。
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「ふぅっ」
ふたりが去った後、ジンライは目を回したようにふらついて、その場に崩れ落ちた。
「ジンライさん。無茶しすぎだっての。ほらよ」
そこにレームが合いの手を出すかのごとく、濡れたタオルを投げ渡す。気遣いの鬼である。それを受け取ったジンライが己の汗を拭う姿を見て、弓花が呆れた顔をしていた。
「師匠。けっこう危なかったんじゃないですか?」
「うむ。疲労の状態を知られたら負けていたかもしれん」
ジンライは悪びれもせずにワハハと笑って返した。
先ほどまでの堂々とした姿とは違い、今のジンライは疲労困憊であった。
言うまでもなく、ジンライは先ほどまでメカジンライと極限の独り相撲を行っていたのである。本来であれば戦っていられる状態ではなかった。
だがジンライはハッタリとフェイントを武器にして、体力をほとんど消耗せずに挑まれた戦いに勝利していた。一見してジンライの圧勝に見えた仕合は、実のところ他に選択肢がなかっただけなのであった。
「だから師匠。あまり動かずにフェイントばかり使ってたんですよね?」
その弓花の指摘に、風音と直樹が「ああ」という顔をした。
ジンライが何をしていたのかをふたりはヴァリオの動きから察することはできていた。そして、弓花の言葉でようやくパズルのピースが揃ったようにストンと理解に至ったのである。
「ああいうのは、あまり多用するべきではないのだがな」
ジンライがそうぼやく。
闘気の気配だけを飛ばすフェイントは戦士の技のひとつだが、使えば使うほどに相手は気配に慣れてしまう。本来であれば、実際の攻撃と織り交ぜたり、ここぞというときに使うような技であった。
「どうも憑依の影響か、そうした攻撃が得意になったみたいでな。ちょうど良い機会であったので試さしてもらったのだ。まあ、お前にはよほどのことがなければ使わんが」
「ちぇっ」
弓花はそのほとんどを見切っていたために、使用されたときがむしろ勝機と見ていた。だが、ジンライも当然それを読んでいる。そのやり取りを眺めた後、風音は思い出したように直樹を見た。
「で、直樹。あんた……あの子に負けちゃったんだね」
「ちゃうねん姉貴。分かるだろ。さすがにあの子相手にドクロ魔人化とかできねえって」
「それに悩んでる隙にやられたのよね」
「ゆ、弓花!?」
仲間の暴露に直樹が泣きそうな顔になる。だが、風音は優しい顔になって直樹の肩を叩いた。
「まあ、何にせよ良かったよ」
「……姉貴」
その姉の慈愛の瞳に直樹が目を潤ませる。
「どさくさに紛れてリサちゃんに粗相をしていたら、さすがにもう面倒みきれる自信はなかったよ」
そして姉の弟への信頼は未だ底辺にあった。
姉である己にすら手を出す女の敵。風音の直樹への評価は人としては最低、弟としてはギリギリ面倒見切れるレベルと判断していた。もっとも、直樹に信頼が上がる要素がないので、その評価は当然といえば当然のものではあった。
ともあれ、最初に風音が予定していたヴァリオと仲間たちとの顔合わせもひとまずは果たしたことになる。ジンライとのわだかまりの解消こそが、風音が、そしてヴァリオが白の館に来た目的であったのだ。
それから二日後。ハイヴァーン公国から戻ってきたライルとエミリィと合流した風音たちは、再び金翅鳥神殿へと挑むこととなったのであった。
名前:由比浜 風音
職業:竜と獣統べる天魔之王(見習い)
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王・解放者・守護者
装備風音の虹杖・ドラグホーントンファー×2・鬼皇の竜鎧・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩(柩に飾るローゼ)・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・白蓄魔器(改)×2・虹のネックレス・虹竜の指輪・金翅鳥の腕輪・プラチナケープ・守護天使の聖金貨
レベル:52
体力:177+35
魔力:501+750
筋力:108+70
俊敏力:138+80
持久力:69+40
知力:114+10
器用さ:97+10
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』『ラビットスピード』『フレアミラージュ』『テレポート』『カイザーサンダーバード』
スキル:『見習い解除』『無の理』『技の手[1]』『光輪:Lv2』『進化の手[8]』『キックの悪魔:Lv2』『怒りの波動』『蹴斬波』『爆神掌』『コンセントレーション』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv6』『イージスシールド:Lv2』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス:Lv2』『インビジブルナイツ』『タイガーアイ』『Wall Run』『直感:Lv3』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv3』『情報連携:Lv3』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv5[竜系統][飛属]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv3』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv3[竜系統]』『魔王の威圧:Lv3』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv3』『真・空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き:Lv4』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス:Lv2』『リビングアーマー』『アラーム』『六刀流』『精神攻撃完全防御』『スパイダーウェブ』『ワイヤーカッター』『柔軟』『魔力吸収』『白金体化』『友情タッグ』『戦艦トンファー召喚:Lv2』『カルラ炎』『魔物創造』『ウィングスライサー』『フェザーアタック』『ビースティング』『弾力』『イーグルアイ』『ソードレイン:Lv4』『空中跳び[竜系統]』『暴風の加護:Lv2』『最速ゼンラー』『ソルダード流王剣術』『タイタンウェーブ:Lv2』『宝石化』『ハウリングボイス:Lv2』『影世界の住人』『知恵の実』『死体ごっこ』『ハイパーバックダッシュ』『ドリル化:Lv2』『毛根殺し』『ハイパータートルネック』『爆裂鉄鋼弾』『ウィングアーム』『Roach Vitality』『黒曜角[竜系統]』『空身[竜系統]』『神の雷』『雷神の盾』『Inflammable Gas』『神速の着脱』『触手パラダイス』『ハイライダー』『リーヴレント化』『カルラ王召喚』
風音「結局、ヴァリオさんって強いの?」
弓花「今回は最初から師匠に飲まれて気負ってたけど、正面から戦えばかなり強いはずよ。変化なしだと私も危ういと思う」
風音「あまりそうには見えなかったけど」
弓花「師匠も嫌らしい戦い方してたしね」




