第八百六十二話 仲良く埋まろう
◎ゴルディオスの街 白の館 大浴場 女湯
「なるほどね。そっちはそっちで色々と大変なのねえ」
風音の話を聞いたルイーズが眉をひそめながら、笑ってそう口にする。
「うん。さすがに深階層は色々と難しいね。他のパーティとも話してどう分担するかを明日にでも決めるつもりだよ」
風音の言葉にルイーズが「なるほどねー」と言いながらも少しだけ悲しそうな顔をする。その表情はかつての頃を懐かしんでいるようにも見えた。
「けど、あたし抜きでも普通にやっていけてるのが分かるのはちょっと寂しいものね」
「そんなことないよー。ルイーズさんがいなくてパーティにまとまりがなくなってるし、回復役が私以外はいないのがネックになってきてるし、やっぱりジャッジメントボルトは強力だしね。あとジンライさんが好き勝手し過ぎてて……戻ってくるなら大歓迎だよー」
「ははは。それはさすがに無理。こっちはこっちでちょっと忙し過ぎるもの。悪魔たちが色んな国で好き勝手にし始めてねえ。もう、対処に失敗して出禁になった国もいくつもあるのよ」
「大丈夫なの、それ?」
風音の不安げな顔に、ルイーズは首を横に振る。
「ダーメね。対処失敗ってのは要するに悪魔に上層部が乗っ取られているところだったりするから、ブラックポーションの流通が止まらなかったり、それを理由に隣国が戦争の準備に入っていたり、内部での権力闘争に利用されてたりもしていて、もう滅茶苦茶な状態。こっちの平和が嘘のようにきな臭くなってるわ」
その言葉に風音が「うわー」という顔をする。ルイーズもその反応に苦く笑ってから、話を続けていく。
「けど、捕らえた悪魔から聞きだした話から、どうも七つの大罪からの連絡が途絶えているらしいってのは分かっているのよね。手綱が握られなくなった……というよりは切り捨てられた……ような感じなのかも? もしくは今の状況をそもそも予定していたのかもしれないけど」
「うーん。切り捨てた側は、悪魔王ユキトに大罪ふたりってことだよね」
ルイーズがコクリと頷いた。
また、ミンシアナ王国やトゥーレ王国にとって直近の問題としては、悪魔に支配されている可能性の高いソルダード王国があるのだが、政変の影響で未だ国内の混乱が収まっておらず、状況も不明であった。
「ここは国境も近いからね。カザネたちも十分に気を付けなさい。ダンジョンから出てたらソルダードに占拠されてましたーなんてこともないとは言えないんだから」
ゴルディオスの街はソルダード王国とミンシアナ王国の国境の目と鼻の先にある街だ。かつては戦争の影響でダンジョン探索がほぼ禁止されていたところでもあり、ルイーズの言葉も決して大げさなものではなかった。
そして、そこまで話したところでルイーズが少しうんざりしたになってから首を横に振る。
「あーもう、仕事の話は止め止め。あたしは温泉に入りにきたのよ。で、これが新しい温泉珠ってわけよね? 水ではないけど」
「うん、まあ。けど、なんか違うんだよねー。下に温泉珠を埋めて使うんだけど。注いだ魔力に合わせて砂と一緒に温泉の蒸気が出てくるみたいでさー」
砂に浸かった風音が、砂に浸かったルイーズにそう口にする。新たに浴場の中に設置されたそのスペース内は砂場になっていて、そこでは風音とルイーズのふたりが砂に埋まって話していたのだ。どちらも胸の上辺りが山盛りになっていて、片方は中身が詰まっていて、片方は見栄であった。
現在は風音たちが新たなる温泉珠を手に入れて、金翅鳥神殿から脱出した翌日。仕事の合間にやってきたルイーズと風音は今、新しい温泉珠を堪能していたのである。ただ風音は不満顔だ。
「砂蒸し風呂って……なんか違う」
気持ちはいい。気持ちはいいのだ。だが何かが違うと風音の心が訴えていた。これは温泉ではない。いや、そうかもしれないが自分の求めていたものとは違うと風音は思っていた。変わり種として考えればありではあるとも思えるし、風音の乙女心は揺れ動き、張り裂けそうな状態だった。
「違う? もう少しかけた方がいいの?」
その風音の呟きを聞いた弓花が、眉をひそめながらそう尋ねる。その弓花は砂ではなく湯船でお湯に浸かっていた。その横にはユッコネエとクロマルも一緒に浸かっていて、アニマル混浴パラダイスを堪能しているようだった。
「いやー、別にー。これはこれで気持ちはいいし不満はないよ? 弓花も入ったら? ゴーレムメーカーでサンドゴーレム作れるし、簡単に埋まれるよ?」
「んー、今はこっちでくつろいでるから後でいいわ」
弓花はそう言ってアヘーとした顔で肩まで浸かってから、ふと男湯の方へと視線を向けた。
「それよりも風音。結局、アレどうするのよ?」
「んー、アレってアレかぁ。どうするって言われてもねえ。あいつ、絶対このために温泉珠渡してたと思うんだよねえ」
風音が壁を隔てた男湯の方を睨みながら、そう呟いた。壁の先に、昨日の戦闘で手に入れたスキルによって召喚された存在がいるのだ。
それは風音たちが浴場に向かうと同時に自動発動で召喚され、黄金のタオルと黄金の桶を持って、すぐさま男湯へと直行していた。
◎ゴルディオスの街 白の館 大浴場 男湯
『どうですか? 気持ち良いですか?』
そして問題の男湯の中である。くわーっと尋ねるタツオの前には、以前のメフィルスと同じくらいの幼鳥が一匹立っていた。翼をバサーッと広げてくわーっと鳴いたその幼鳥がバッサバッサと翼を広げながら首を振っている。
『うむ。昨日からもう四度目ではあるが、風呂は良いな。わざわざ魂を分けた甲斐があった』
その幼鳥からカルラ王の声が発せられる。言うまでもないがその幼鳥こそが召喚されたカルラ王その人であった。魂を十分の一しか保持していない分け身の魂では完全体のカルラ王を召喚することはできず、幼き姿で召喚されることになったようである。
『しかし、この身体ではまっさーじちぇあに乗れぬのが問題だな。まったく、すべてが望むままにはいかぬということか』
『あ、私専用のがあるので、そっちを使えば良いんじゃないですか? 駄目だったら母上に頼めば造ってもらえると思いますよ』
『なるほど。では、ひとまずはお前のものを使わせてもらおうか』
幼鳥と幼竜がそんなことを話しながら洗いっこをしている様子を見ていた直樹が「あいつら、仲良いな」と呟いていた。その直樹はと言えば、浴場の中なのだから当然湯船の中にいて、横にはライルが一緒にくつろいでいた。
「まー、母親の召喚獣だからな。言ってみればカザネの魔力の集合体だろ。タツオも近くにいると安心できるんじゃねーの?」
「あ、姉貴の集合体?」
その言葉に直樹の目の色が変わる。それは捕食者の目であった。それにライルが呆れた顔で「止めとけ」と口にしてから、正面で浸かっている己の祖父を見た。
「で、爺さんとしちゃ、どうなのよ? あいつ倒すつもりだったんだろ」
ライルも直に目にしたわけではないが、ジンライがカルラ王にやられたことは知っていた。そして再戦を望んでいることも。
「ふん。あんな様ではな。それに聞けば本体はまだダンジョンマスターとして金翅鳥神殿の最奥に居座っておるそうではないか。ワシはそちらを倒すのだから問題はない」
グッと拳を握って頷くジンライに、仮面を取ったライノーことライノクスが笑う。
「お前が苦戦した相手か。俺も戦ってみたかったが……残念ながら時間切れか」
「さすがにそろそろ戻らんといかんだろう。一応、お前はハイヴァーンを治める男なのだからな」
ジンライの言葉にライノクスが「一応じゃないんだけどな」と言ってムスッとした顔をする。それからライルを見て、口を開いた。
「まあ、次代の王のためにも、ここは頑張らないといけないからな。務めは果たすさ」
「王様?」
ライルが、それからジンライと直樹もその言葉には目を見開いた。ハイヴァーン『公国』は、神竜帝ナーガを主と仰ぐ『大公』の治める国だ。王はいないのだ。だが、ライノクスはジンライたちの反応に、笑みを浮かべながら口を開く。
「ああ、そうだ。かつて神竜帝ナーガ様に救いを乞い、ハイヴァーン王国は東の竜の里ゼーガンの従属国となった。だがいずれはライルが王に即位し、ハイヴァーンは公国ではなく王国へと生まれ変わる。我らが先祖が願い、そして叶わなかったことがようやく実現する。そのための準備ももうかなりの段階まで進んでいる」
かつて戦争に敗れて疲弊し、神竜帝ナーガに庇護されることで救われることとなったハイヴァーンは、同時に王を持つことを封じられた。それが今、神竜帝ナーガの后である神竜皇后、その兄妹筋である竜王ライルを得ることで再び王国を名乗ることができるようになったのである。それはハイヴァーンの人々の悲願でもあった。
「ライル。今すぐではないにしても、お前には国に戻ってもらうことになる。すまないとは思うがな」
「いえ。元より、公国に仕えるために力を付けるための旅でした。形こそ違いますが、国のためとなるのであれば俺も本望ですよ」
そう言い合うライノクスとライルのやり取りを見て、ジンライが嬉しそうに頷く。
「孫が王になると言うのは、正直実感がないがな。でかしたぞライル」
「こっちにだって実感なんてねえさ爺さん。まあ、俺が必要とされてるってんだ。ここで頑張らなきゃ、男じゃねえよな」
そのライルの返しにジンライもうんうんと頷きながら、言葉を重ねる。
「そして、入れ替わりでライノクスはワシらと共に旅に出るのだな。そちらも楽しみだわい。まあ、当面は旅の経験を積んでもらうことになるのだろうがな」
「なんか、それは納得いかねえんだけど……ズリィって思っちまうし」
「いやいや。そうすぐなことではないぞライル。大体新たなる王を前に、古き支配者など無用どころか害しか生まないからな。口うるさいと思われる前に、とっとと引退するに限るのさ。ははは」
ライノクスがそう言って笑ったが、すぐさままじめな顔に戻ってライルを見た。
「まあ。ともあれ、今はまだ準備段階だ。こうも国の仕組みが大きく変わることにもなれば、色々と用意しなければならないことも多いしな。俺もこれから戻って準備を続ける。お前の出番は当分後だ」
「それについてはご苦労様です……というしかないんですけど。けど、それって俺も一緒に行かなくていいんすか?」
「そうした声もあるがな。結論から言えば構わない……というよりは、今はこのパーティで繋ぎを作っておけというところだ。恐らくポータルによって世界は変わる。我らの世界はより広く、そして狭まるだろう。その中心がここなのだ」
そう言ってライノクスが天井を見る。不滅の水晶灯が反射を繰り返してクリスタルのシャンデリアから光のシャワーを放っていた。そうしたものを含めて、この浴場にあるものはどれをとっても既存の技術では再現不可能なものが多い。
それを生み出した風音と技術契約を結んでいる宮廷建築士マーベリットの言葉から、その繋がりを維持することは急務であると公国内では言われている。
ライノクスとしては、できれば風音本人とは言わぬまでも、ライルには弓花と結ばれてくれれば……とも考えていたが、それは今では神々の雷炎を秘匿するミンシアナ王国とボンゴ帝国を敵に回しかねず、多少事情に通じているライノクスとしても成り行きに任せるしかない状況だった。
「ま。時代に乗り遅れぬためにもお前は、今はあいつらと共にいて、その変化を見定めてくれってことだな」
「んー、よく分かんないけど、うぃっす。頑張ります」
ライルの正直な答えに、ライノクスが苦笑する。またジンライは顔を背けていた。会話に参加する意志はないようである。難しい話は嫌いなのだ。
『ポータルか。まあ、確かに。しかし、カザネにしか生み出せぬのであれば、なおさら問題も大きくなろうな』
そして、離れた場所でその会話を聞いていたカルラ王がポツリと呟いた。それにタツオがくわーっと鳴いて首を傾げた。
『問題ですか?』
『ああ、稀少価値という問題だな。お前の母、私の主は世界中から狙われるやもしれぬ大物と言うことだ』
『大物ですか。母上ですから当然ですね!』
『ふむ。まあ、それでいいさ。それよりも風呂に入るぞタツオッ』
そう言ってカルラ王は全身をブルブルッと震わせて水滴を払うと、すぐさまバッサバッサと翼を広げて温泉へと飛び込んでいった。今のカルラ王はもはや自由だ。そして、思うがままに今の己の生を謳歌しているようだった。
名前:由比浜 風音
職業:竜と獣統べる天魔之王(見習い)
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王・解放者・守護者
装備:風音の虹杖・ドラグホーントンファー×2・鬼皇の竜鎧・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩(柩に飾るローゼ)・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・白蓄魔器(改)×2・虹のネックレス・虹竜の指輪・金翅鳥の腕輪・プラチナケープ・守護天使の聖金貨
レベル:52
体力:177+35
魔力:501+750
筋力:108+70
俊敏力:138+80
持久力:69+40
知力:114+10
器用さ:97+10
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』『ラビットスピード』『フレアミラージュ』『テレポート』『カイザーサンダーバード』
スキル:『見習い解除』『無の理』『技の手[1]』『光輪:Lv2』『進化の手[8]』『キックの悪魔:Lv2』『怒りの波動』『蹴斬波』『爆神掌』『コンセントレーション』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv6』『イージスシールド:Lv2』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス:Lv2』『インビジブルナイツ』『タイガーアイ』『Wall Run』『直感:Lv3』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv3』『情報連携:Lv3』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv5[竜系統][飛属]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv3』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv3[竜系統]』『魔王の威圧:Lv3』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv3』『真・空間拡張』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き:Lv4』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス:Lv2』『リビングアーマー』『アラーム』『六刀流』『精神攻撃完全防御』『スパイダーウェブ』『ワイヤーカッター』『柔軟』『魔力吸収』『白金体化』『友情タッグ』『戦艦トンファー召喚:Lv2』『カルラ炎』『魔物創造』『ウィングスライサー』『フェザーアタック』『ビースティング』『弾力』『イーグルアイ』『ソードレイン:Lv4』『空中跳び[竜系統]』『暴風の加護:Lv2』『最速ゼンラー』『ソルダード流王剣術』『タイタンウェーブ:Lv2』『宝石化』『ハウリングボイス:Lv2』『影世界の住人』『知恵の実』『死体ごっこ』『ハイパーバックダッシュ』『ドリル化:Lv2』『毛根殺し』『ハイパータートルネック』『爆裂鉄鋼弾』『ウィングアーム』『Roach Vitality』『黒曜角[竜系統]』『空身[竜系統]』『神の雷』『雷神の盾』『Inflammable Gas』『神速の着脱』『触手パラダイス』『ハイライダー』『リーヴレント化』『カルラ王召喚』
風音「砂蒸し風呂かぁ……悪くはない。悪くはないんだよ。けどなぁ」
弓花「……まだ言ってる」




