第七十一話 銀髪を見よう
さて、かの暗殺者たちの処遇だが、ゆっこ姉は無罪放免とした。
表向きは一方的に仕掛けて倒してしまったのはこちらだからとのことだが、ゆっこ姉は抜かりなく置きみやげとしてこちらの情報を開示していた。それは自分のレベルとここ2ヶ月の風音たちの功績、そして中でも劇的に効果があったのがツヴァーラの王族が共にいたことだった。内部で話の付く(とは依頼主の話だが)ミンシアナだけではなく、まったく関係のないツヴァーラまでをも敵に回す所行は彼らにとってハイリスク過ぎる話だ。というよりも依頼主との契約内容そのものが事実と異なり過ぎた点を重く見て対応する必要があるとリーダーの獣人は言っていた。その対応がなんなのかは不明だったが三日後に行方不明となり、一週間後には無惨な姿で発見されたローレン・カーンとは無関係ではないだろう。
そして「なんかあったら頼みに行くからよろしくー」と口にするゆっこ姉に手を振られながら彼らは帰っていった。あまり頼ることがあってほしくはない話である。
◎温泉コテージ内 露天風呂 翌朝
「さて」
とゆっこ姉は言って弓花に向き合った。
「下も銀なのねえ」
下にも向き合った。
「ゆっこ姉、変なとこ見るな」
弓花はザブンと湯船の中に深く潜る。
とはいえ、風呂場の中での神狼化弓花の鑑賞会である。見て何が悪いというのか。いいじゃないか、見るくらい。けちけちすんなよ。
「まあまあ、だいたいの人が気になるところなのよ。なんでかね」
「単純な興味じゃないかなあ」
上がそうなら下もそうなのか。その疑問の源泉がどこにあるのかは永遠の謎である。
「むむむ。シッポが生えてますわね。耳も犬さんのものになってツンッと上に立っていますし」
「後は鼻かな。犬っぽく変わってるね」
風音が弓花の鼻を指す。今の弓花は獣人のそれに近い。分類で言えば獣神族と呼ばれるものだ。
「でも綺麗ですわ」
ティアラがうっとりと弓花の髪を触りながら言う。銀髪の輝きとそれにともなって肉体そのものが艶があるのだ。神狼化に伴う肉体の活性化の影響だろう。
「いや、違う。そんな気はない……よ?」
弓花が顔を赤くして言うとティアラが「何を言ってるんですの?」と首を傾げて言葉を返した。
(ふむ、ユミカって潜在的にズーレの気があるのではないかしら?)
(ああ。多感な時期なのよ。おとこのこにも興味はあるのよ。あのこは)
弓花を見ながらのルイーズの小声にゆっこ姉が小声で返す。この二人、キャラが被ってるが仲は悪くない。
「聞こえてるからねゆっこ姉?」
弓花がジト目で返す。
「え、あるわよね? おとこのこに興味?」
だがゆっこ姉は何食わぬ顔で反撃にでる。
「う、そりゃ、ある……けど」
弓花は一瞬で急所を突かれたじろいだ。
「基本的に弓花は惚れっぽいからねえ」
そう風音は口を挟む。この世界に来て出会いが少ないだけで目立ってはいないが元の世界ではチョロ花さんと呼ばれることもあった。ちょっと話をすると「あの人、良くない?」と言ってくる傾向があるためだ。ちなみに馬車で会話をしたモンドリーのときがそうだった。
「でも勇二くんと付き合ったときに胸触られたーって言って、別れてしまうくらいにはウブなネンネデスヨ?」
誰にともなく風音が言う。
「うるさーい。触られる胸もないヤツが言うなー」
「ありますー。ちょっとは膨らんでるんですー」
バシャーンと顔を赤くして立ち上がる弓花に、バシャーンとおっぱいミサイル発射のような手つきで自分の胸を強調して立ち上がる風音。まあ、ないので強調できてはいないのだが。
「若いわあ」
「お年頃ねえ」
「ユミカは男の人と付き合ったことがあるのですのね。大人ですわね」
それを横でプカプカ浮かせた三人がそれぞれの感想を言う。
「う…むむむ」
「ありゃ?」
突然弓花が唸ると風音が目を見開いた。いきなり弓花が光ったかと思うといつもの茶色の弓花の髪の色となり、犬耳、犬っぱなや尻尾も消えたのである。
「下も元に戻ってるわね」
ゆっこ姉は弓花が立ち上がっていたので一応確認をする。
「そっちだけ戻ってなかったらそれはそれで面白いわねえ」
ルイーズがウフフと笑う。
(何が面白いんだろうねえ)
と風音は思ったが、多分聞いても答えは返ってはこないだろうと考え、口には出さなかった。当然、弓花は再度湯船に潜った。
「持続時間はやっぱり20分、1日一回か。仕様通りの使い勝手みたいだね。各能力は筋力・俊敏力が2倍。他は大体1.5倍増し。スキルはアクティブが『銀狼の魔眼』『銀狼召喚』『スニーク』『ホーリーボイス』にパッシブが『犬の嗅覚』『超聴覚』『直感』『俊敏』『獣たちの従属』追加かな」
風音がさきほどの弓花のステータスの違いから神狼化の効果を述べる。なかなかに強力な能力増加であるが、この世界でも最上位の戦闘用アーティファクトなので当然とも言えた。風音の紅の聖柩の効果が地味すぎるという話もある。
「風音のスキルといくつか被ってるね」
「獣系の魔物との遭遇が多かったせいかな。でも銀狼召喚はさっき見たかったなあ」
「にゃあにゃあ」
横で湯船に浸かっているユッコネエが首を振った。弓花にリクエストされたので風音が召喚して浸からせていた。
「ユッコネエ的には犬さんアウト?」
「にゃっ!」
「むう。そろうと可愛いのに。でも猫の方がいいから諦める」
神狼化が終わった弓花がようやくとばかりにユッコネエに抱きついた。神狼状態だと近付くと怯えるので近付けなかったのだ。
「ユッコネエちゃんも気持ちよい?」
ゆっこ姉がユッコネエの頭を撫でながら尋ねる。返ってくる答えは「にゃああ」である。
ちなみに風音は冒険者をガジガジしていたエルダーキャットの光景が目に焼き付いてるので顔の近くからは若干引く傾向にある。これは無意識なので本人も気付いてはいない。
「言ってることがわかるのね。賢いわねえ」
ゆっこ姉は嬉しそうに同名の猫を撫でる。ゆっこ姉も猫派であった。
「けど、温泉も今日で浸かり納めと思うと後ろ髪引かれるわね」
ルイーズの言葉に風音が頷く。
「だねえ。もう相当に拡張しちゃったし、ゆっこ姉。後でこっちに人をやるんだよね」
「そのつもりよ。実際に周囲の状況を見てどう利用するか決めさせるけど、ここはツヴァーラとリンドーとの国境付近だし、こういう場所を用意するのも悪くないと思うのよ」
リンドーとはここから南にある半島の王国である。主に船を使って別の土地や他の大陸との交易を行なっている。そしてコンラッド、ウィンラードはそこからの輸入と輸出を繋ぐ街でもあった。以前のオーガ騒動で危うくそのルートが止まりかけたことは記憶に新しい。
そのルートに近いこの温泉を利用できないかとゆっこ姉は考えていた。ようするにリンリーの言っていた、一度は頓挫した温泉街計画の復活である。
ちなみに風音は温泉の規模をさらに拡張し、フリースペースの部屋もいくつか作成している。このコテージを土台にこの建物を再建築すれば(元々すでに使用に足るものでもあるし)、かなり早いペースで窓枠もドアのある普通の建物に変わるだろうと思われた。
「窓枠はともかく、ドアはやっぱり欲しいなあ」
風音がそうつぶやく。ゴーレムコテージは便利だがドアなどが別個に取り付けられないという欠点がある。風音がいれば入口を任意に塞ぐことも開けることもできるが不便ではある。
(親方に相談してみようかなあ)
そう風音は思っていた。
そんなわけで風音たちは温泉からでると身仕度をしてヒッポーくんに乗ってコンラッドに向かう。そこでさらに一泊し、預けていた馬車に乗ってさらに3日かけて王都まで帰還した。
ちなみに風音はコーラル神殿に向かう際に積載量50キログラムの不思議なポーチを預けていた。理由は不滅の布団を入れてもらうためである。そして弓花は不滅の食器や不滅の燭台など様々なものもついでに入れて帰ってきていた。風音ちゃん大勝利であった。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・白銀の胸当て・白銀の小手・銀羊の服・甲殻牛のズボン・狂鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪
レベル:22
体力:77
魔力:132+300
筋力:33
俊敏力:27
持久力:17
知力:34
器用さ:20
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』
スキル:『ゴブリン語』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:二章』『空中跳び』『キリングレッグ』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』
風音「実は六十九話・七十話のときの装備品から不思議なポーチは抜けてるんだよね」
ゆっこ姉「ください。わたしとジークの分の不滅の布団ください。く、国とかあげるから」
弓花「ゆっこ姉もすっかりハマってしまって」
風音「怖いねえ。不滅の布団」




