第四話 未来のために
※この物語はまのわより600年前にあたる剣井 達良の物語です。
いくつかの設定、キャラクターなどがまのわに連動しているまのわの番外編としての掲載となります。またこの物語は4話掲載。以降はまのわ本編に戻ります。
◎レイサンの街 セスの宿屋
「ご主人、目を覚ませ」
達良の奴隷ミンティアの朝は早い。
「あーもう朝ですか」
というよりも達良の朝が遅い。
「妾はご飯が食べたい」
「冷蔵庫にありますよ。昨日の残りがありますよ」
「ないわ。冷蔵庫は開いておったが食い物などどこにもないわ」
涙目でミンティアが言う。
「あーそういえば買いだめしてたのも昨日でなくなっちゃいましたっけ。買いに行かないとダメですねえ」
面倒だなあ……といいながら、達良はベッドから「よっこらせ」と出る。
「今日はシャーラの食堂で食べますか」
「あそこ、あっついんじゃがの」
「あれが普通なんですよ。僕もやですけど」
達良はそう言いながら外に出る用の服を着替える。さすがにパジャマで人前に出たりはしない。
◎レイサンの街 セスの食堂
達良とミンティアは部屋を出て食堂のある一階へと降りていく。
「あら、こんな朝から珍しいねえ。おはよう。ミンティアちゃんも」
シャーラの母親が声をかけてくる。
「おはようございます」
「おはようじゃママさん。おなかが減ったのじゃー」
あらあらという顔をしてシャーラママがミンティアを連れてテーブルに誘導する。達良もそれに従って歩いていく。
「あら、タツヨシ。この時間に起きてるって珍しいわねえ」
「まったくですよ」
達良は眠そうに目をこすって言う。
「ま、起きてるんなら丁度いいや」
「?」
達良が首を傾げるとシャーラが「ほれ」と裏にいる人物を指した。
「いつもの人来てるよ」
そこにいたのはこのクソ暑いのに全身を黒い衣装で固めた男だった。
「ああ、アオさん。来てたんですか」
達良は眠そうだが偽りのない笑みを浮かべてアオという人に挨拶をする。
「ちょうど一区切りつきましたのでね。そちらよろしいですか」
とアオが達良の隣の席を指さす。
「どうぞどうぞ」
達良がイスを引いて青を誘う。
(なんだろうねえ。この人は)
と、シャーラはいつも思うが達良の仕事関係の人ということぐらいしか聞かされていない。柔和な顔ではあるがどこか凄みを帯びているように感じる。実際この男が座った席にはあまり人が近付かないのだ。だが達良はすんなりと彼の横に座ってしまう。なんだろうなーとは思いつつもシャーラは仕事に戻った。
「前回のオークションに関してはこちらの通りの品が手には入りました」
アオは達良にオークションのリストブックを手渡した。それを達良がペラペラとめくる。
「ブラキオの心臓球はやはり無理でしたか」
達良がすこし残念そうに言う。国の管理下にないダンジョンの心臓球は珍しく、表に出ることも少ないので是非とも手に入れたかったのだが。
「残念ながら。資金不足でした。他は一通り購入できましたが」
「今回の仕事分が早めに出せればよかったんですが。申し訳ないです」
「いえ。こちらとしても非常に助かってはいますので」
「ああ、竜の心臓も出ていましたね」
「3つほど取り戻せました」
アオが安堵した顔で答える。
「あなたの持っているものを併せて4つ、非常に喜ばしいペースです」
「そうですね。ではこれを」
達良がアイテムボックスから赤く脈打つ宝石を出しアオに渡す。
「まさしく。ジーヴェもわざわざ問題を自分から引き起こすとは焼きが回ったようですね」
「それも新しい竜になるんですか?」
達良の質問にアオが頷く。
「はい。資質の高い竜が生まれるでしょうね。あれもちゃんと育て直せば良い竜となります」
そう言って不思議な袋に竜の心臓を入れた。
「この分ならば西の里の復興もそう遠くはないでしょうね」
そう口にするアオの口元からニョロッと長い舌が出てくる。
「おっと失礼」
「いえ。お気にせずに」
種族的にはリザードマンも存在するのだ。あまり珍しい光景でもない。
そして目の前のアオという人物は実のところ人ではない。人化の魔術を用いて変化している竜であった。
西の竜の里ラグナの代理長アオ、蒼焔のアオと呼ばれる青竜が彼の正体だ。
アオは西の里の崩壊以降、あらゆる手を用いて村の復興のために人(?)力を尽くしている。そのための手段の一つとして『竜の心臓』も集めている。
そして達良がある目的のために参加しているレアアイテムオークションの代理人を彼は務めていた。達良としては身分のない自分の代わりにオークションを代理で行なってくれるアオの存在は大変助かっているが、アオ自身にもオークションにあがっている『竜の心臓』を手に入れる目的がある。
ダンジョンの心臓球の次に高い魔力生成能力を持つ竜の心臓は、竜族の秘呪を用いれば竜としての再生が可能な結晶体だ。これは生殖能力の弱いドラゴンにとっては非常に重要な種を増やす手段となっている。そしてオークションに竜の心臓だけを狙っていると思わせないための隠れ蓑としての存在が達良の代理人という立場であった。
達良自身からも竜の心臓を買い上げることでアオはここ数年にないペースで竜の心臓を多く集めることに成功していた。
「それでは、こちらが動くときには是非とも力添えをお願いします」
達良の言葉にアオは頷く。竜の里の存在は政治的な面でも大きい。竜被害に悩む近隣諸国からの支援も存在していて顔も利く。
「必ずや」
そう言ってアオはミンティアを見る。
「とはいえ、彼女次第と言うところではありましょうが」
「承知の上です。何もなければそれはそれで構いませんから」
達良は真顔でそう答えた。それにアオが面白そうに笑って返す。
「一国を相手に戦うかもしれぬというのに、あなたは本当にこともなげに言いますね」
「すべては彼女次第。とりあえず僕の目的は彼女を自由にすることで、別に国をどうこうしたいワケじゃないんで」
達良はそう言って置かれている水を飲んだ。
ツヴァーラ王国という国があった。今もまだ名前だけは存在しているが、現在はソルダード王国の管理下にあるもはや滅びたも同然の国だ。
ツヴァーラは元々は海産物類が穫れる、他大陸との交易があるくらいしか特徴のない小国であったが、20年ほど前から白銀の鉱脈が発見され一気に財政が豊かになった。が、同時にそれが他国から狙われる要因ともなっていたのだ。そして同盟国のイオタ王国が内乱で分裂し、ミンシアナ自治領ができ、周辺国の助けがはいらない頃合いを見計らって北のソルダード王国に攻め込まれてしまう。
結果として王と后は殺され、他の王族はソルダードの監視下におかれ、王女であるミンティアは行方不明となった。それは少女を嗜好とするソルダードの貴族が王女を手に入れようと手を回した結果であり、その顛末は達良の見たとおりのモノである。
そして今ミンティア王女は達良の奴隷という立場になっている。達良はウィンドウの可視ステータスの表記によりミンティアの素性も知っていた。はっきりとツヴァーラ王女と書かれているのだ。
また国家の枠を越えて存在するミンガムの奴隷契約はその権利についても建前上は国家の干渉を寄せ付けない。であれば現時点で契約を解くのは何かしらの時に不都合になると達良は判断し現状を維持するよう努めていた。
だがいつか、その日が来るかもしれない。或いはその日がこないのならばそれでいい。逃げたいのであれば一緒に逃げてもいい。しかし少女が国のために立ち上がる日が来るのならば、そのための手段は用意する必要があると達良は考えていた。
「ご主人、ご飯食べないのか」
いつしか思惑に囚われていた達良にミンティアが声をかける。
(アオさんは……もういったのか)
隣の席が空いているのを見て、達良はミンティアの頭に手を置き「これから食べます」といってシェーラに注文を頼む。
真夜中。
ガチャンと扉が開いた。
ミンティアは眠っている。達良はそれを確認して扉に入る。
その先にあるのはMODツールによって拡張された倉庫。そしてそこにあるのはいくつもの武器防具、或いは魔具の数々、この世界にはないようなものまで並んでいた。
それらは高額のクエストを一人で請け負い、こなし、発掘し、竜から奪う等のあらゆる手段で集めた強力な兵器たち。一国と戦うために用意した戦力だった。
それを達良は眺めながら思う。
親もいない。仲間もいない。知っている人間は誰もいない。そして目を向けたときにいたのは一人の少女だけだった。
あの日、キスをしてきた少女に嘔吐し、逃げ出した。それを健気に追い続け、やがて倒れてしまった少女を見捨てられなかった自分がいた。ついにはここまで面倒を見続けた自分がいたのだ。ならば自分がここに来た目的とは彼女の力になることなのではないか? そう達良は考えている。
(まあミンティアが逃げるって言うならそれに付き従えばいいんだしなあ)
そんな日和見なことも考えながら達良は倉庫の扉を閉める。そしてドアだけのそれをアイテムボックスにしまうとベッドに入って目を閉じた。
こうして達良の大冒険は始まらない。彼はゲーマーで冒険者ではない。
あらゆる手段を講じ、根回しを行い、圧倒的な布陣で完膚なきまでに叩き潰す。そういうスタイルのゲーマーだ。
だから彼が動いたとき、恐らくはすべてが終わっている。相手は敵がいたことすら気付かぬかもしれない。仲間にはつまらないと愚痴をこぼされることもあったが、今回ばかりは見逃してほしい。大切な女の子の未来のためだ。
そう思いながら達良は眠りにつき、夢を見る。自分と仲間の少女たちとゲームをする夢を。その夢を見ながら達良は笑って、涙を流す。
そして、また1日が始まるのであった。
「ご主人、目を覚ませ。メシがないのじゃ」