第二話 ブンメイの力が凄かった
※この物語はまのわより600年前にあたる剣井 達良の物語です。
いくつかの設定、キャラクターなどがまのわに連動しているまのわの番外編としての掲載となります。またこの物語は4話掲載。以降はまのわ本編に戻ります。
◎レイサンの街 セスの宿屋
「ご主人、目を覚ませ」
達良の奴隷ミンティアの朝は早い。
「あーもう朝ですか」
というよりも達良の朝が遅い。
「妾はご飯が食べたい」
「冷蔵庫にありますよ。昨日の残りがありますよ」
「ご主人でなければ開けられぬではないか」
「あー閉めてましたっけ。すんません」
達良はアクビをかみ殺しながら、ベッドを降りて冷蔵庫を開けた。
「うん。シチューはありますねえ。ご飯に乗せてチーズかけてチンでもしますか」
「良いな。チンは良い。チンは良いな」
「あんまその言葉、連呼しないでください」
そう口にする達良にミンティアは首を傾げるが、達良が器にご飯とシチューをかけ、チーズを乗せて四角い箱に入れるのを見ると途端に笑顔となり四角い箱の前でクルクルと回った。
数分して箱を開けるとチーズがとろけたホカホカのシチューかけご飯の出来上がり。
「うまいの。ご主人」
「そうですねえ。文明の有り難みが分かります」
「今日も外は暑いがのお。本当にブンメイとやらの力はスゴいのぉ」
そうミンティアがハシャぐ部屋の上にはゴーゴーと冷気が噴いた箱が設置してあった。部屋の端っこにはマッサージチェアらしきものもあった。冷蔵庫に冷凍庫もオーブンも設置してある。
テレビはないがウィンドウを開いて好きなだけMODツールをいじれる環境があった。そこは達良にとってほぼほぼ理想的な空間だった。
さて、現在の状況だが達良が異世界に飛ばされて既に半年が経過していた。ミンティアと奴隷契約を結んでしまった達良は、奴隷だからといって何かしてくれるわけでもなく、というか色々と精神的に参ってしまったミンティアを養わざるを得なかったため、冒険者ギルドに登録し、働き、今はこのミンシアナ自治領の北に位置するレイサンの街にいた。
そして当のミンティアだが、ごらんの通り表面上の明るさは取り戻してはいた。この半年の間にいろいろとはあった。その多くは語って楽しいものではなかったが達良の献身的な付き添いもあり日常生活には支障のないレベルにまでに回復はしていた。もっとも達良が離れると精神的に不安定になる傾向があり一人で外に出ることはあまりない。そして達良も自称コミュ障なので外に出たくない人だった。よって二人ともあまり外に出ない生活を送っていた。大冒険はまったく始まっていなかったのである。
「ミンティア、今日はそろそろ出稼ぎに出ないとまずいようなのですが」
「お金、ないのか?」
「ありませんねえ。ここ最近は籠もりっぱなしでしたし」
達良もできることなら外には出たくない。暑いしここ涼しいし人に見られたりとか苦手だしゆっくりアイテムの改造とかしていたいのである。
「お金がないと生きられません。哀しい事実です」
「残念じゃの。いくらご主人でも食べ物は作られんしのお」
「僕もそれが残念でなりません」
「なーにを朝から不健康なこと言ってるのよ」
バタンとドアが開き、赤髪の少女が部屋に入ってくる。
「うちの家賃だってもうそろそろ払ってもらう時期なんだからねえ」
「うわ、ドアの外からムワッと来るのじゃ」
ミンティアがたまらぬと両手で熱気を塞ぐポーズを取った。
「つーか、ここが涼しすぎるのよミンティアちゃん」
「シャーラ、そう言いながらクーラーの前に一人で陣取らないでよ」
「いいじゃない。暑いんだから。あんたらだけズルいのよ」
そう言うシャーラは「あー涼しー」と言いながらくつろいでいる。
さきほどから登場している、クーラーにオーブン、マッサージチェアなど。これらは達良がMODツールで作成したものである。プレイ中はただの雰囲気作りに作成しただけだったがここに来て非常に役にたっている。だが、この作成物にはいくつかの制限が存在していた。
「ズルいといっても僕が動かさないと動かないしなあ」
それは所有主以外には使用ができないということであった。譲渡も可能だがそれには高難易度クエストを登録し、譲渡相手はそれをこなす必要がある。ぶっちゃけレベル100は超えたプレイヤーがどうにかというクエストなので一般人のシャーラに譲渡することは事実上不可能だった。
「どうにかなんないの、それ?」
「無理かなあ。仕様の問題だしねえ」
「タツヨシがいないと動かないなんて不便ー」
正確には達良が魔力を充填すればクーラーは7時間、冷蔵庫は閉めていれば一週間は持つ。ただ外に出るイコール仕事イコール戦闘なので魔力を無駄に消費はできない。
「とりあえず一時間は持つと思いますからそれで我慢してください」
「あー私も仕事あるからそんなにはいないけどねー」
ちなみに魔力消費の少ない扇風機も作製してある。
「それといつものやつ届いてたわよ」
シャーラが持っていた封筒を達良に手渡す。
「ありがとうございます。心待ちにしていました」
達良はほくほく顔でそれを開けて本を取りだした。
「本当に好きよね。レアアイテムオークションのリストなんて、それだけでも結構するんでしょう」
実は結構どころではない。盗難防止の意味もあり、一部の好事家用に高額な価格設定をして用意された貴重なシロモノだ。
「うーん無垢なる棺があるかあ。不思議な袋系統はそろそろ」
だがシャーラの声も聞かずに達良はリストをめくりブツブツと言い始めた。
「もう、集中すると周りが見えなくなるんだから。ミンティアちゃんも大変ね。こんなご主人で」
「そんなことはないぞ。妾は今まで生きた中でもっとも輝いておる!」
手を広げてその喜びを伝えるミンティア。シャーラはそれ見てほほえみながらミンティアの頭をなでる。
「むふぅ」
ミンティアが気持ちよさそうな顔をする。
(数ヶ月前は手を近づけただけでも怯えていたのにねえ)
ミンティアがここまでまともになったのは達良が献身的にミンティアに付き添った結果だろう。最初はこんな壊れた子供の奴隷を連れたおかしなデブと思っていたが、今ではすっかり馴染みになった。もっともこの冷え冷えの部屋に来ると美味しいモノが出ることも多いので餌付けされた面もある。シャーラのオヤジも「結婚しちゃえよ」と冗談ながらに言ってくるが、どちらかといえばこれもクーラー目当ての発言である。愛されていたのはクーラーだった。
達良はオークションリストからめぼしいものをピックアップして赤ペンで印をつけ封筒にしまう。そしてアイテムウィンドウを開いて封筒を投げ込んだ。するといつも通り封筒は消えアイテムウィンドウのリストに封筒という文字が表示される。
(相変わらず便利ですね)
と達良は思う。この世界には似たような機能を持つ不思議な袋というアイテムがあるが、利便性という点ではアイテムボックスの方が明らかに勝っていた。
「いくのー?」
というシャーラの問いに達良は「はい」と答え、ミンティアを連れて「鍵はいつものところにお願いします」と言って部屋を出ていった。
◎レイサンの街 冒険者ギルド事務所
「さて」
達良はミンティアを肩車しながら依頼書を見ている。
「できればとっとと終わってお金がタンマリ入る奴がいいんですが」
「短時間高収入というやつじゃの?」
「そうですミンティア。ともかく楽なのがいいですね」
普通の冒険者が聞けば人生を舐めきっているとしか思えない発言だが幸いなことに周囲には冒険者はいなかった。
「ああ、これにしましょうミンティア」
「どらご……ん? またドラゴンを倒すのか?」
「あちらのご依頼もありますからね。それに一回でお金が多くもらえます」
「リッチになれる!」
「お金が入ればアイスクリームを作って御祝いしましょう」
わーいとクルクル回るミンティア。アイスクリームはどこでも好評だった。
「これをお願いします」
そう言ってバラモ山のドラゴン退治の依頼書を受付に渡す。
「おう、白ブタ」
それを受け取るのは50代前後の白髭おやじ。額に青筋が浮かんでいる。
「相変わらず舐めきった人生を送ってるようじゃねえか」
「やだなあジローじいさん。ちゃんと仕事しにきてるじゃないですか」
トゲのある言葉に達良も一歩引いて返すが、このじいさんはだいたいいつもこんな感じである。ジローという日本人ぽい名前も偶然ではなく、なんでも何代か前の先祖がプレイヤーで代々長男がジローを名乗り、自分がいたということを伝えてるんだとか。
「今回もまたドラゴン退治か。テメェの相棒は本当に腕の立つヤロウのようだな」
「ええ、まあ」
曖昧に言葉を返す達良。達良は仕事を架空の相棒とともにこなしているという嘘をついている。本人がやったと言ってもあまり信用されないからである。
「てめえなんぞに仕事代をさっ引かれるより、そいつに直接依頼したいところなんだがよ。こっちとしては」
対してギルド側としても仲介屋を介すよりはその人物と直接やりとりした方が良いと考えている。達良の立場はあまりよろしくない。
「彼もなかなか人に会いませんから。ヒドい引きこもりなんですよ」
これも達人には多く見られる傾向らしい。山奥に篭もり、ただ自分を磨くだけに傾倒する変人。そうした類を引っ張ってこられる(と思われている)達良は厄介ながらやはり必要な人材だ。
「それでまたお嬢ちゃんを連れてくのかい?」
そのジローじいさんの言葉にミンティアがギュッと達良の手を握った。
「まあ、こうですから」
達良も仕方なしと言った顔をしている。
「ああ、そうかい。てめえが相棒と一緒に危険な場所までついてくってのはなさそうだから大丈夫なんだろうがな」
ジローじいさんはミンティアを見る。
「お嬢ちゃんもそろそろそいつから離れるってことも覚えるべきだろうよ」
「だが断る」
断られた。
ハァ……とため息をつきながらジローじいさんは依頼書にサインをした。




