第四十八話 明日に向かおう
「ティアラ、目を覚まして。ティアラッ!!」
風音が必死に叫び続けている。
「もう、これホントにどうにかなんの?」
突き出される嘴を槍で弾きながら弓花は焦りの声を上げる。
「堪えて。まだやれるから。ジークッ、そっちはまだ持つ?」
「召喚時間がもう一分もないぞ」
それは周囲の兵たちも驚愕するような光景だ。ジーク一人、たった一人の人間がルビーグリフォンと組み合っている。
「クゥエエ」
「息をため込んだ!? ブレスッ!!!」
弓花の声に風音から手渡された不滅の布団を広げた兵たちが前に出る。
暴走状態に入ったルビーグリフォンは通常攻撃のほかにブレスを噴くようになっていた。それでも全盛期のものよりは弱く
「「「うぉぉおおおおおおおおおお」」」
不滅の布団で炎を抑え、周囲への被害を減らすことは難しいことではなかった。
ルビーグリフォンが暴走してすでに5分。ディアボは去ったが、ルビーグリフォンは暴れ続けている。アウディーンの指揮の下で目の前の召喚獣を押さえ込むことには成功しているが(ほぼほぼジークの力だが)、肝心の術者であるティアラへの呼び掛けは成功していなかった。
(ティアラよ。このままではお前は)
召喚獣は術者の魔力を受けとり、力を行使する。そして暴走とは術者の魔力を、生命力をも搾り取り続ける。命果てるまで。
(このままではお前は持たんのだぞ)
だがアウディーンは歯を食いしばって見守るしかなかった。
「うう、ティアラ。起きて、そのままだと死んじゃう」
そのブレスはティアラの命を搾って出したもの。猶予はなかった。
「下がれ風音。お前も死ぬぞ」
ジンライが叫ぶ。風音は不滅のマントを纏っているがそれでもすべてが守り切れるわけもなく、ところどころ火傷し、ただれている。
「オートヒールをかけてるから平気っ」
ここにきて今まで使わなかったヒールの魔術が使われている。風音は高い魔力量をフル活用し回復しながらルビーグリフォンに取り付き呼びかけていた。そうでなければとっくにオートガードの『身に纏う炎』によって焼き殺されているだろう。
「平気なわけがないだろうが」
ジンライの悲痛な声は届いているが、聞ける話ではない。
(無限の鍵では契約は解けない。けど構造体の内部へのアクセスができているなら内側に呼びかけることは無駄ではないはず)
「ティアラ、戻ってきて! このままだと」
風音はルビーグリフォンに無限の鍵を突き立てながら尚叫び続ける。
『止めましょうお爺さま。そこから先は幸せな話ではない』
突然、風音の脳裏に声が届いた。
『お前はあの声は聞こえないのか? 余には聞こえるぞ』
(王様、ティアラの中にいる?)
「ティアラ、聞こえてる? いるよ、私ここにいるよ! ティアラッ!!」
あちら側からの声が届いているなら、こちら側からの声も届くはず。風音はそう信じてさらに声を張り上げた。
『しかしな。お前はそれで良いのか? ただ救われるだけで果たして良いのか?』
それは違うと風音は叫ぶ。
「そんな一方的な関係じゃない。私もティアラといっしょにいたい。だから!」
『なぜなら、わたくしはカザネの、あの娘の横にいたいと願ってしまったから』
「私だって一緒にいたいよ! ティアラと一緒に旅をしたい!!」
そして声は届いたのだろう。
風音はこちらを見て微笑むティアラを見た。
「クウエエエエエエエ!!」
ルビーグリフォンは咆哮を上げ、風音が振り払われる。
「うわぁあッ」
「危ないっ!?」
その風音をアウディーンが抱き留める。
「あ、あんがと」
風音は息も絶え絶えになってそう言った。
「いや、しかし、ティアラは……」
アウディーンは悔しそうにルビーグリフォンを見る。あれが暴走し尽くした最後の咆哮だと考えているのだろう。
「ううん。大丈夫」
「カザネ?」
「もう大丈夫みたいだよ、ほら」
風音はそう言って、ルビーグリフォンを見る。その身体が光り、そして薄れていく。
「あれは魔力で作られた構造体が消える光」
コーラル神殿でジークが消えたときと同様の光だ。そして光の中に少女の姿を認めると風音は微笑み、そのまま意識を失った。
◎王城グリフォニアス 中央階 来客室 昼
「うーーん」
風音はそう唸りながら目を覚ました。
「なんだか、やたら大変な夢を見た気がする」
意識がはっきりする中、風音は起き上がりどんな夢だったかを反芻する。
(確か夜中にブレアがやってきて、ジークを呼んで倒して、ルビーグリフォンが暴走してティアラを助ける、いや最後には自分で起きあがった……んだったっけ?)
「あははは」
スゴいな。それはスゴい展開だと笑った。
「何がおかしいのよ?」
「へ?」
横を向くと親友がいた。鼻も寝起きは鈍るらしい。
「まったく目が覚めたと思えばいきなり笑ってるし、気持ち悪い」
「酷いよ弓花ぁ」
風音は弓花を見て、気付いた。
(夢じゃあなかったんだね)
「何よ?」
若干腫れた顔で弓花は尋ねる。ヒールはかかっているのだろうけど、完全には治りきっていない火傷の跡。
「ううん、なんでもないよ」
そういって風音はポスンとベッドに再び倒れ込んだ。
「弓花ぁ」
「だから何よ?」
「ティアラ、どうしてる?」
そう言われて弓花はキョトンとして、そして笑った。
「な、なんなのさ」
「えー、まあ今言っちゃうと残念なことになりそうだし」
「残念って」
そう思う風音の鼻が反応する。
「あれ、ティアラ?」
ガシャンと扉が開き、ティアラが入ってくる。
「ユミカ、お父様に話をしてやはり必要なものは全部持っていった方が良いだろうと、と、おや」
そう口にしながら、ティアラは風音が起きているのを確認する。
「カザネ、起きたん……ですのね」
「や、やあ」
風音が手を振って挨拶を返す。
「カザネェー!!」
そしてティアラはガバーと風音に抱きつく。
「カザネカザネカザネェエ!」
「ちょっとなんなのさ。ゆ、弓花ぁ?」
弓花は肩をすくめて苦笑い。
「まあ二日も寝たきりで? 心配かけたんだから? いいんじゃないの? それぐらいは?」
(二日?)
風音が昨晩だと思っていた戦いからすでに丸一日以上経っていたらしい。
「聞いてくださいカザネ! わたくし、カザネといっしょに冒険できますのよ!」
「え、マジで!?」
そして突然の宣言に風音は目をパチクリする。
「お父様には了承済み、というかお爺様からの命令ですの」
「え? え? どういうこと?」
『まあ、こういうことよ』
その声とともにティアラの背から炎があがり、形を作る。
「ちっちゃいグリフォン? というか王様の声?」
『その魂が宿ったとでもいおうかの。余がティアラを見守ることとなった。そしてな』
「見てくださいカザネ」
ティアラが胸元からカードを取り出す。
名前:ティアラ・エルマー
職業:召喚師
レベル:9
ランク:F
「冒険者ギルド登録カード? なんでティアラが持ってるの?」
さきほどから疑問ばかりである。
「それがさあ。ほらティアラ、ルビーグリフォンと契約しちゃったじゃない」
弓花もいつの間にやらティアラと呼んでいた。
「でもあれを呼ぶのってレベル30は必要なんだって」
「かなり高レベルだね」
ティアラのレベルは9、普通に冒険者をしていても30までは上手く行って十数年はかかるだろう。才能にもよるので一生届かない場合もある。
「で、王家のしきたりでレベル30までは修行をする必要があるんだって」
「なにそれ?」
「ほら、前に言ったじゃないですか。お父様は昔から魔物狩りに出ていたと」
(あれ、伏線だったんだねえ)
マンガみたいな展開だなと風音は思う。
「本来はそれは男児のみのはずだったのですが、わたくしが継承してしまったので」
(あー無限の鍵でもロック解除できなかったもんね)
それこそ殺す以外に解除の方法がないのだろう。
『まあそこで余の出番よ。あの分からず屋のアウディーンに言ってやったわけよな。娘を殺しお前が継承するかティアラを旅に出させるかどちらかを選ぶのだとな』
「乱暴だなぁ」
あの子煩悩の男なら結論は出たも同然だった。ちなみに『娘を殺す方を選んだなら余があやつを焼き殺していたがな』とさりげなく恐ろしいことを言うちびグリフォンがいた。
「ところでエルマーっていうのは?」
ティアラの名はティアラ・ツルーグ・ツヴァーラだったはずだ。
「わたくしのお母様の家の名ですのよ」
「そういえばティアラのお母さん、見てないね」
食事の時も顔を見せていないはずだ。
「お母様は今お父様と喧嘩中でして、実家に帰っていますのよ」
『浮気がバレての』
「王族でもそういうのあるんだねえ」
カザネの中には浮気放題、ハーレムし放題という偏った知識があった。
『普通は問題にはならんのだが。しかしケイランはハイヴァーンの女性でな。そういうことに理解がないのだな』
いや、別に偏ったわけではないようだった。少なくとも目の前の王様にとっては。
「わたくしもお父様のそうした点には賛同できませんけどね」
「私も無理。浮気とか最低」
ティアラがそう言い、弓花も頷く。
『ふむ。残念なことよの』
グリフォン王様は若干肩を落とし、それを見た少女三人が笑った。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー
装備:寝間着・英霊召喚の指輪
レベル:20
体力:70
魔力:114
筋力:27
俊敏力:22
持久力:16
知力:27
器用さ:19
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』
スキル:『ゴブリン語』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー』『突進』『炎の理:二章』『癒しの理:二章』『空中跳び』『キリングレッグ』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』
風音「ちなみに今回言われてるレベル30で召喚はアクマで目安だからね。あとレベルが上がるとぱかぱかステータスが上昇するプレイヤーの私たちや一部例外の人たちと違って一般的な冒険者たちのレベルに対する意識は実はあんま高くないんだよね」
弓花「高ければ高いほどスゴいのは間違いないから敬意は払うにしてもギルドなんかだとランクの方が重視されるのが普通かな」
風音「そうだね。ステータスから割り出されるのがレベルで技能と技量はまた別枠と考えればいいよ。そこらへんは自動では計れないからランクがあるってことだね。さて、これにて紅玉獣編は終了。次回からは温泉巡り旅編開始だよ」
弓花「わー、温泉だー!」




