第四十四話 悪魔と語ろう
◎王城グリフォニアス 中庭
トンッ
と、ブレア・デッカーマンが中庭に降り立った。
背後に巨大なグリフォンも追従して降りてきていた。その姿は赤と黒の混じり合った姿で風音がゲームで見たルビーグリフォンとは色彩が違っている。
「ブレア・デッカーマン……だね?」
風音の言葉にブレアがニヤリと笑う。
風音の背後の兵はようやく事情を飲み込み槍を構えるが、その顔は真っ青である。もっとも国の守護獣がこちらを睨みつけているのではそれも無理のないことだろう。
「お前がカザネか。なるほど、見た目はただの子供のようだな」
「中身もただの子供だから見逃してほしいな。ついでにティアラも返してくれるとなおいいけど」
「ティアラ? あのお嬢さんがどこかにいるのか?」
風音がルビーグリフォンを見る。
「王様、殺したよね?」
感情のこもらない声でそう尋ねる。意識して冷静に努めねば怒りが表に出そうだった。だがそれは目の前の相手を喜ばすだけだ。
「ならルビーグリフォンを呼び出してるのは誰かな?」
風音の問いにブレアが目を細める。
「そこまで分かるものか」
メフィルス王の血の匂いがブレアから、そしてティアラの匂いもあの召喚獣の中から漂っている。
「まったく大したお嬢さんだな」
「褒めても何も出ないよ。で、返してくれないの?」
そう口にする風音に「無理だな」とブレアは首を振る。
「私はね。ここまで準備をするのに5年もかけたんだ」
手を広げブレアはそう口にする。
何の……とは風音も主張しない。言うまでもないことだししゃべってもらえるなら、そのまましゃべらせておく方が都合が良かった。
「私が開発した呪詛は少しずつ送り込んで浸透させていくものだ。少しずつ、少しずつ、地脈を通し、食物を通し、風から、水からと王の身体に浸透させていった」
「よくバレなかったものだね」
「構成する要素ひとつひとつは害のないものだからな。人間がそうそう気付けるシロモノではないよ。実際お前が来るまでは誰も気付かなかっただろう?」
それは事実だった。
「まあ、お前がどうやったかは分からないが随分と強力な浄化か呪術破壊の術を持っているのだろうな。人間のくせに大したものだ」
ブレアは心底感心したように風音を褒める。
「ま、種は明かさないよ」
「今はいいさ。会話を楽しもう」
そう言って笑うブレアに風音は尋ねる。
「第二王子さんのところにいたのは様子を見やすくするためだよね?」
「ああ、近付かねばさすがに収穫時が分からないからな。もっとも、一番良い時期にさしかかる前に邪魔が入ったのは計算外だった」
「それはごめんなさい」
「まったく困ったものだよ。おかげで中途半端に刈ることになってしまったし、代用品も手に入れざるを得なくなった」
ブレアがルビーグリフォンを見る。
「ティアラにも王様と同じ事をするつもりなんだよね?」
「賢い子だ。そうだな、今度はちゃんと私が管理してやることにしたよ。既に半分は書き換えたんだ。残りは5年もかかるまい」
しかし……と、ブレアは言う。
「重要なのは契約者の意志というものでね。絶望を与え、自らの意志を放棄するように仕向けなければならないんだ。私もあまり事を荒立てても面倒ごとが増えるだけだからあのご老体からルビーグリフォンを手に入れたら早々に国を出るつもりだったんだが」
そういってブレアは風音を見る。
「本当に困ったものだよ。あの弱っていた老人だけならば、例えば息子たちの間に無用の争いを繰り広げさせたり、孫娘が殺されたりした程度で十分に精神を追い込めたと思うんだがね」
(その先駆けだったわけか、あの誘拐は)
「だが、あのティアラという若い娘はどうかな。なかなか強い精神を持っているようだし、あれを絶望させるには骨が折れるだろう」
「だったら諦めなよ。ペットなんて犬でも飼ってりゃいいじゃない」
風音の言葉にブレアが笑う。
「なるほど素敵な提案だ。まあ、だが断るよ」
そう切り捨てた。
「例えば、そうだな。君なんかはどうだろうな。君は彼女を救った英雄だ。その君が私に切り裂かれ、殴られ、なぶられ、犯され、抉られる」
その言葉に風音が眉をひそめる。
「指の先から手足の付け根まで丁寧に潰され、乳房を食いちぎられ、眼球を引きちぎられながら、私が君をティアラの前まで引っ張っていくとする。すると彼女はなんと口にするだろうか?」
「んー、悪趣味だねって言うと思うよ」
そう答える風音を前にブレアはとても愉快そうに声を上げて笑う。
(うう、ちょっとチビってる)
相手の言葉がすべて本気だと分かる。あれは今言ったことを躊躇すらせず言葉通りに実行するだろうと風音は本能的な部分で理解している。
「くっくっく、いや失礼。本当に愉快なお嬢さんだよ、君は。当面は殺さずに楽しむのも手かな」
「はったりだからすぐに化けの皮が剥がれると思うんだけど」
これは正直な感想。風音が今も悲鳴を挙げて逃げ出さないのは、まだ勝機があるからである。風音は匂いで周囲にこの国の兵隊が集まっているのを感じている。どうやら指示を出している人間は優秀らしい。風音の時間稼ぎを理解して周囲を囲むように兵を配置させている。
「まあ、分かっていても普通は悲鳴を上げて逃げ出すものだ。君の裏にいる男たちはもう失禁して倒れているぞ」
「汚いね」
自分のことは棚に上げた。
「容赦がないな。まあ、こんな年端のいかぬ少女が頑張っているのに大人がその有様では仕方がないことかもしれないが」
と、ブレアは風音に尋ねる。
「それで、そろそろいいかな?」
風音は頬に冷や汗が流れ落ちるのを感じた。
「もうちょっと……かな?」
(まあ理解はしてるよね。こんなに堂々と中庭の真ん中に立ってるんだもの)
目の前の男はこの城の兵たちと争っても勝てる自信があるのだろう。それは単純に背後のルビーグリフォンの存在だけの勝算ではないはずだ。
「そうかな。この国の兵たちは、特にこの城の中の者達は私から見てもなかなか練度の高い連中だと思ったぞ。もう準備体操くらいは終えている頃だろう」
「あーーーそのね」
概ねブレアの認識は正しい。後は攻撃のタイミングだけ。周囲の匂いでそれを感じ取っている風音はとりあえず話を延ばそうとして、そして背後から迫る気配に気付いた。
「ほう」
ブレアが興味深そうに風音の裏を見る。
(ウソォ!?)
風音も匂いで気付いていた。いや正確にはいたことには最初から気付いていた。それでも大丈夫だとは思っていたのだ。堪えてくれると信じていた。
しかし、風音にも誤算があった。
そこにいたのは、この場において戦いへの打算も、勝利への計算も、なんら意味を感じない純粋な男だったのだ。
奪われたものを取り戻したはずだった男が、
直後に何もかもを奪われ尽くされた男が、
愛する父を殺された男が、
愛する娘を奪われた男が、
勝利への気持ちなど微塵も持たない、ただただ憎悪だけをたぎらせ、剣を振るい、殺すことだけを願う存在になっているなど風音には気付けなかった。
そうして親の愛が、子の愛が、すべてをご破算にしてしまう。
それはつまり、どういうことか? 答は簡単だ。
「ブレアァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
アウディーン・ツルーグ・ツヴァーラが血走った目をして単身ブレアに斬りかかっていったのである。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・寝間着・狂鬼の甲冑靴・不滅のマント・ポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪
レベル:20
体力:70
魔力:114+300
筋力:27
俊敏力:22
持久力:16
知力:27
器用さ:19
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』
スキル:『ゴブリン語』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー』『突進』『炎の理:二章』『癒しの理:二章』『空中跳び』『キリングレッグ』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』
風音「怖かったぁ〜」
弓花「よしよし」




