第四話 説明をしよう
「夜目ねえ」
風音はウィンドウに表示されているスキルを見ながら頭を掻く。
(確か夜でも視力があまり落ちないスキルだったよね)
風音の記憶が確かならば盗賊などの職業の修業イベントで手に入れるパッシブスキルだったはずだ。
(ただゴブリンも夜目のスキルは持ってたハズ。本来夜行性だし)
さきほどのゴブリン語といい、これがゴブリンから手に入れたスキルなのは間違いないだろう…と風音は考える。
「モンスターのスキルを習得してるってことだよね、これは」
「レベルといい、スキルといい、風音だけズルいわ」
(…ズルいとかそういう問題かな?)
横からスキルウィンドウを見て呟く弓花に風音が苦笑する。
「とりあえずはポイント振るね。このままだとこの剣も使えないし」
そう言ってステータスウィンドウを開き筋力にボーナスポイントを振り分ける。8+5で13、両手持ちなら長剣も扱えるはずだ。
「これで」
風音は腰に差していた剣を抜いて構える。
(やっぱり重いな)
初めて持つ本物の剣の重量に感慨深いものを感じながら風音は両手で剣を持ち2,3度と振る。
「あーその剣、薄汚れてるけど、なんか良さげ…なものだったりするんだよね」
「うん。耐久性が高いから中盤の頭まではデフォで使えたハズ」
その言葉に弓花は歯切れ悪そうに質問を重ねる。
「中盤って、ゲームの話だよね?」
「ゲームの話だよ?」
弓花の質問に「何を言ってるんだ」とばかりに風音も返事を返す。そんな風音の表情に弓花は苦笑いする。
「まあここまでは確かにそれで上手くいったってのはあるんだけどさ」
弓花は意を決したように風音に向き合う。
「風音、あんた今どこにいると思う?」
「どこって…」
ゲーム『幻想伝記ゼクシアハーツ』の中の世界。フィロン大陸の南東。コンラッドの街から北東の草原。そんな情報が頭の中をよぎる。
だが風音の言葉を待たずに弓花は告げる。
「あのね。ここ、ゲームの中じゃないよ」
「は?」
風音にはその言葉の意味が理解できない。
幻想伝記ゼクシアハーツ…というゲームの中にいるという前提。風音はここに至るまでの状況から無意識にそう判断していた。そう決めつけていた。
「いやゲームの中?…にはすごく近い世界だとは思うし、そこは疑ってないんだけどね。たださ今私たちのいるこのフィロン大陸なんだけど」
だがこの世界に来てすでに一週間が経つ弓花にはその前提は既に崩れたものだった。なぜならば…
「ぶっちゃけゲームの時代の千年後なんだよね。今って」
「はぁ?」
クラスの友人の斜め上の発言にさきほどの『は?』よりも大きな『は?』が風音の口から漏れた。
「だから千年後なんだよ。もうグランゼノア帝国も消滅してるしキリギア商会は通貨の単位になってたりしてるの」
「いや、でもシグナ遺跡。あれ、ゲームのままだったよ。仕掛けとかほらこの剣とかさ」
風音がほらほらと剣を振るが弓花はそうなんだけどねと言って頭を抱える。
「いやさ。それが私も不思議なんだよね。正直このクエストも『たまたま』似たクエストなんじゃないかって疑問を持ちながら受けたわけでさ」
「偶然?」
「そっ、ほら私が一週間前にこっちに来たってのはさっき言ったじゃない」
風音が頷く。
「なんでだか知らないけどコンラッドの街の前に突然放り出されてさ。ウィンドウとかは開けたけど外出て魔物倒すとか怖いし、ホントどうしたらいいんだろうって困ってたところをリンリーさんっていう宿屋経営してる女将さんに拾われたんだよね」
「コンラッドの街の宿屋っていうとランギル宿場?」
「いんや。クックの鍋処っていうところ。ランギル宿場なんてカケラも残ってないわよ。千年後にフレンドリーマーケットがないみたいなもんじゃないの?」
「いやフレマはあってもおかしくない。チキ丸くん美味いし」
「知らないわよ」
(チキ丸くん食べたいな…)
風音はおなかが空いてきた。
「ともかくね。理由は分かんないけどこの国の文字は読めるし街の歴史とか国の成り立ちとか調べて大体の事情は分かってきたわけよ。ここがゲーム中の年代から大体千年ぐらいあとの時代だってことがさ」
「うーん、じゃああのシグナ遺跡はなんなのってことなんだけど。ゲーム通り過ぎだったよ?」
その言葉に弓花は腕を組み、考え込む。
「それなのよね。私も女将さんの用事で寄った冒険者ギルドでたまたま見つけたのよ。ゲームで最初に受けるクエストと同じ依頼を」
「そりゃなんかありそうなイベントだねえ」
「でしょ。正直ワケワカラン状況だし、なんかの取っかかりになったらいいなぁとね」
藁をもつかむ勢いでクエストを受けてみたのですよ…と弓花は言った。
「そしたら見事なまでにゲーム通りでさ。ちょっとビビった。なんだかそれっぽいのに全然違う世界の中でここだけがそうなんだって思って。まあゴブリンが出てきたときには頭ンなかマッシロになっちゃってね。多分風音が来てくれなかったら本当に殺されてたんだろうなって思う」
「……」
「だから風音には感謝してるんだ。ホントにね」
そう言って弓花は笑う。しかしその笑顔を消し、弓花は真剣に向き合った。
「でもだからこれからも同じなんだって思わないでほしいの。ここはゲームとは違うから」
「死んだらコンテニューなんてできないって理解してほしいんだよ」
そして先ほどとは違う弓花の真剣な言葉を聞きながら風音は
「ああ、うん」
と事も無げに返事を返した。
「ちょっとぉ」
だから弓花の表情が一転残念なものに変わるのも無理のないことだった。
「結構私、マジで言ってたんですけど。え? いいの、その反応?」
興奮しながら顔を近付けて声を張り上げる弓花を風音は制す。
「落ち着いてよ弓花。つまり弓花はこう言いたいんでしょ。ゼクシアハーツをなぞって進むのは無理だって」
「ええ、そうね。そういう面もあるわね」
正しくはゲーム気分でいると死ぬぞという直接的な意味合いだったはずだが、風音の返答も的外れではないので、頷いておく。
「だけどね。実際に私たちがゲームと同じ仕様でいられる現状って結構メリットだと思うんだよね。確かゼクシアハーツの主人公の特徴は異邦人でアブソープション(吸収)を覚えていることで、実際私たちもそうみたいでしょ」
弓花が頷く。
ゼクシアハーツの主人公は魔物と戦い命を奪って吸収することで能力を上げていく。その身に宿したアクマに供物を捧げることで力を手に入れているらしいのだが、今現在の風音たちはそれをレベルアップとボーナスポイントというかたちで実現している。それは現実のように普通に鍛えて地道にレベルを上げていくのが基本のこの世界の住人に対して大きなアドバンテージではあった。
「てことは私たちにとってはかなり生きやすい世界なんじゃないかと思うのね」
そう力説する風音に対して
「ポジティブね、あんた」
弓花は本当に呆れた顔で答えた。
「まあ、でも確かにそういう考えのほうがこれから先やりやすいのかもしれないわね」
「でしょう?」
風音は笑ってそう答える。
実際のところ、風音はそこまで単純にこの世界を肯定的に捉えているわけではなかった。
それは、突然降って湧いた命の危機、ゴブリンという人を殺す魔物、そして彼らが食事と娯楽のために使っていた『あの部屋』の存在、本来であればこの世界の住人でもほとんどが遭遇することのないような状況に遭遇したことが風音の生存本能を刺激し、ボーナスポイントで引き上げられた知力によってより正しい対抗手段が導き出されていた結果にすぎない。
そしてそれは同時に風音自身が『自らの生存』を優先し『自分以外の命を狩る』ことを決意した瞬間でもあった。
「それでこの世界には魔王とかそういうのはいるのかな」
無論、溢れ出る中二的冒険心に突き動かされた面も否めないのだが。
名前:由比浜 風音
職業:冒険者
装備:鋼鉄の両手剣・服
レベル:14
体力:35
魔力:40
筋力:13
俊敏力:11
持久力:8
知力:23
器用さ:12
スペル:『フライ』
スキル:『ゴブリン語』『夜目』
風音「ようやくの武器装備だよ」
弓花「次は戦闘か。やだなあ」