第三十一話 英霊に挑もう
◎アルゴ山脈 コーラル神殿
「ゲームのままだね。ここは」
風音は周囲を見渡し、そう判断する。恐らくこれはシグナ遺跡と『同じ状況』だと。
ゲームと違っていたのは入り口付近にキャンプ跡が多数有ったこと。
(多分、何人も試練を受けに来たんだろうな)
だが無駄だったのだろう。ここは周回プレイヤー専用の場所だ。
風音が周囲を見渡しながら進んでいくと閉ざされた正面門があり、その門の上には石仮面が飾られていた。
『ここは試練の場』
石仮面から言葉が紡がれる。
『因果を外れし者が己が因果を取り戻す場。汝、資格在りし者か否か?』
本当に何もかも同じなんだと風音は懐かしさに笑う。
「プレイヤーネーム、由比浜 風音。試練を受けに来た!」
風音は石仮面に告げた。
『よかろう。汝、資格者なり。この先に進むが良い』
石仮面は風音の言葉にそう答え、そして門が開いていく。
「さて、まずは指輪の前にアイテムを取りに行くか」
門を通った風音の前の道筋にカッカッカッと光が灯る。が、風音はそれを無視して横道を歩いていく。
門から続く塀の先を進み、そこを過ぎたところの崖からわずかに降りる道を見つけ歩いていく。
「まんまだねぇ、ホント」
風音は油断すればさっさと落ちそうなぐらいの細道を恐る恐る歩き、やがて崖をくり抜いた場所に出てそこに設置された妙に豪奢な門の前に立った。
「よーし、あった。鍵はかかっていないよね?」
扉はすんなりとカチャンと開く。その中は火の灯った水晶の照明が立ち並ぶ祭壇で、中央には缶ペンケースほどの長方形の赤い水晶が置いてあった。
「うんうん。やっぱりあったか」
それは紅の聖柩と呼ばれる8つある最上位のアーティファクトのひとつ。魔力を+300上げる魔力の増槽で、回復に時間がかかる(通常魔力フル回復は半日ほど。魔力100のプレイヤーの魔力がゼロになった場合に赤い聖柩までフル回復するには2日かかる)が、非常に使い勝手の良い周回プレイヤー用の魔法具だ。
このコーラル神殿にあるのは英霊召喚の指輪だけではない。周回プレイヤー専用の特殊なアーティファクトが8つ存在している。だが扉が開くのは最初のひとつだけという制約があり、プレイヤーが手に入れられるアーティファクトは8つのうちたったひとつだけである。
その中で風音が迷うことなく紅の聖柩を選んだのは今後ダンジョン攻略など長期の戦闘を想定して準備を整える必要があると考えていたためだ。
(魔力切れで殺されましたなんてシャレになんないしね)
親方からもらったマナポーションは非常に高価で稀少な品で、通常では手には入らない。また魔力食いなどの吸収魔術を抜かせばゼクシアハーツ内では自然回復以外の魔力回復手段というのがほとんどないのだ。
「さて、とりあえず他の扉も試しに開けてみるかな」
取れるものなら取っておきたいと考えていた風音だが、残念ながら他の扉を開けることはできなかった。いや、正確に言えば2つは開かなかったが、『5つ』はすでに開いていた。そして中のアーティファクトは存在していなかった。
「どういうことだろう?」
風音は最後の扉も開いているのを確認して首を傾げる。
(もしかして他にもプレイヤーが存在している? まあ弓花と私がいる以上はおかしい話ではないけど)
さらに持ち出されたアーティファクトのうち一つはすぐに見つかった。
「アーティファクト、無限の鍵か」
見つけたのは試練の間の入り口。そこに倒れている白骨死体が身に着けていた。
「レベル9、ヨハン・シンプソンさん」
ギルドカードを所持していたので中身を確認する。ギルドカードなので偽名の可能性もあるが、本名であるならば日本人ではない。
「ゼクシアハーツは世界展開してたから日本人以外であっても不思議ではないけど」
だとすればリアル友人である弓花と出逢えたのは望外の奇跡であったのか。よくは分からないが他にもプレイヤーが存在しているという事実は風音にとって新情報である。そして目の前の白骨死体そのものも。
(実際に死ねば死体が残る。リセットかコンテニューはないってことだね)
もしかしたら、これがゲームなら死んでも生き返るんじゃないか?…という予想と願望はこれで断たれたと考える。
「ま、元から期待してたわけじゃないけどさ。それにしてもこのヨハンさんのこと、プランに尋ねればいつ登録したか分かるかな」
白骨化していることから近々ではないとは思うが、この場所でどの程度経てば白骨化するかも知識のない風音では分からない。やはりギルドカードから時期を洗い出すのがよいだろうと考え、カードをしまった風音は試練の間の入り口を見る。
「そんじゃ、まあ行きますかね」
風音はうーんと伸びをして、そして扉を開き、その部屋に足を踏み入れた。
「やっぱり同じか」
そこは非常に広い空間。周囲が観客席で囲まれたそこは闘技場だった。
無論、観客がいるはずもないが闘技場の真ん中には指輪がひとつ落ちている。
風音は無言でその指輪の前まで歩き、そして指輪を拾うと、
「行くよ私」
ゆっくりと自らの人差し指にはめた。
途端に、
観客席が人で埋まった。正確には人の形をした何か、半透明の青く光る人型の物体。彼らはこの場においてかけ声を掛けるだけの存在である。
そして風音の正面の扉が開き、そこからゆっくりと男が1人歩いてくる。
それは白銀の長髪を靡かせた恐ろしく顔立ちの整った長身の男だった。
「うはぁ、あれが実物か」
風音は男を注視する。
引き締まった肉体を白銀の鎧で囲い、その上に王者を感じさせる豪奢な紅のマントを纏い、そして額にはふたつの赤い宝石をあしらったサークレットを、腰にはさきほどの紅の聖柩に近い長方形の蒼い水晶を身に着けている。
(これが私の…)
風音はその姿に喜びと、それ以上の畏怖を感じていた。モニター上では分からなかった強者のプレッシャーはまるで嵐のように風音の心をざわめかせる。
しかし、そうした風音の態度を意にも介さず男は左手を突き出す。
そしてそこに鏡面の上に幾重にも重ねられたホログラムの魔術回路が浮かぶ大盾がボウッと浮かび上がる。
(天鏡の大盾『ゼガイ』…)
それはかつて風音の危機を幾度となく救った最強の盾。
そして男はその大盾に収納されている巨大な翼を幾翼も重ねたような大剣『リーン』を抜き放つ。
ゴウッと風が巻き起こる。
それは風音の前から、そして風音の背後から。
いつの間にか、風音の裏には男が立っていた。
それは風音の正面にいる銀髪の男と同じ顔、同じ姿、同じ盾を持ち、同じ剣を手にしていた。
名前:ジーク
職業:聖霊の導き手
レベル:300
装備:大翼の剣『リーン』・天鏡の盾『ゼガイ』・聖白銀の全身甲冑『セラフィン』・叡智のサークレット・神帝の外套・蒼天の棺
風音のパーティメンバーに表示される。それは風音の1stプレイヤーだ。
『よくぞ参った、資格者よ』
天より声が響く。
『世界の因果を超え、最強足る汝の半身はここに顕現した』
やがて天井より入り口の門にあった石仮面が降りてくる。
『此れは汝そのもの。されど此れは汝を知らず』
『汝、此れを汝とせんがための覚悟はあるか』
それに風音は一言告げる。
「あるっ!!」
『ならば今よりここは闘争の場となる。己が己に勝つための自身の内。生を以て自身を貫くか、或いは死を以て自身を滅ぼすか』
空より落ちた石仮面を男は剣を持つ手で受け取り、そして自らに被る。
『すべては汝自身が選ぶのだ!!』
風音は構える。背後にいたジークも今は風音の前に立ち、石仮面を被ったもう一人のジークに向き合う。
英霊召喚の指輪の入手条件。
それは現行プレイヤーと過去プレイヤーキャラのパーティで過去プレイヤーキャラを倒すこと。戦力比で言えば2対1、倒すことは可能だろう。
ただし、現行プレイヤーが死ななければの話だが。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・レザージャケット・毛皮のコート(フード付)・鉄の小手・布の服・皮のズボン・革の靴・ポーチ・紅の聖柩
レベル:19
体力:64
魔力:107+300
筋力:25
俊敏力:18
持久力:14
知力:27
器用さ:19
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』
スキル:『ゴブリン語』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー』『突進』『炎の理:二章』『癒しの理:二章』『空中跳び』『キリングレッグ』『フィアボイス』『インビジブル』
弓花「ちなみに無限の鍵とかいうアーティファクトは何が出来るの?」
風音「解除するという概念を持ったアイテムで鍵を開けたり、封印を解いたり、状態異常を解いたり出来るよ」
弓花「なるほど、地味だけど便利っぽい」
風音「実は前話で憑依状態になってたら紅の聖柩を諦めてこっちを手に入れて治す予定だったんだ」