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第二話 空を飛ぼう

「いやぁあああああああああああああああ」

「うわ、うわ、うわわわあぁあ」


 少女の悲鳴と風音の悲鳴が重なり合う。

「やぁあああああああああああ」

「うわっ、ちょい待って。刃ぁ向けるな。こっちにくるなぁああ」

「ぁぁぁああああああ」

「落ち着いてってば弓花、私ッ、風音だよぉ」

「うあああああああ、ああ?」

 刺されては溜まらぬと下がりながら知った顔に声をかけ続ける風音を、ヒステリックに短剣を振り回す少女はようやく名前を呼ばれて直視した。

「あれ? かざ…ね?」

「そうそう私。だからそれ下ろして、ね?」

 弓花と呼ばれた涙目の少女は目の前の状況が理解できず、

「え? え?」

 と、首を傾げて風音を見る。

「なんであんたがここにいるのよ?」

「それは私の台詞なんだけどね」

 ようやく短剣を下ろした弓花に風音がホッと胸をなで下ろす。

「ゴブリンが戻ってきたのかと思ったじゃない」

「待ち伏せしてたんならそれこそちゃんと前見てよ。危ないなぁ」

 「もう」と悪態を吐きながら風音が笑うと弓花も笑みを浮かべる。

 馴染みの顔に逢えたことでどちらもわずかながら緊張がほどけたようだった。そうしてやや落ち着いた風音は弓花の姿を見る。

「革製の鎧にダガーに盾か。そっちは普通に装備を整えてきたんだねえ」

「そういうアンタは…自殺でもしにきたの?」

 弓花が改めて風音を見て、多少絶句気味に問い返す。

「いや」

 タンクトップにハーフパンツ。それはパンツ一丁で雪山に登るようなものではないかと弓花は思った。

「縛りプレイとか」

「そこまでMにはなれない」

 言いたいことは分かるが…と風音は思うが口にしない。蛮族プレイは性には合わないのだ。

「さっきこの遺跡の入り口で目が覚めたんだよね、私」

 その言葉に弓花は「ハァ?」と呆れたような声が返ってきた。

(というか外のゴブリンの数が多かったのって弓花が原因かなぁ)

 ゲームの仕様とのズレに理由がついて風音は若干すっきりする。

「ええと、ちょっと待って。ということはあんた、さっきこっちに来たってわけ?」

 風音の言葉に戸惑いながら弓花は質問する。

「そうだけど。そっちは違うみたいだね」

 ダガーに革の鎧にお鍋のフタ程度のスモールシールドに、背中に背負ったリュックからは薬草と思われる草がはみ出ている。どう見てもちゃんと装備を揃えてここまでやってきたとしか思えない。

「私はもう一週間はこっちにいるんだけど、ええと、それってどういうこと?」

 さあ? と風音は首を傾げる。

「まあ夢ならそういうこともあるかもしれないけど」

 そう口にした風音に弓花は憐憫の視線を向ける。

「なに?」

「そう思っていた時期が私にもありました」

 ストレートに返された言葉に風音はウッと呻く。もっともこれが夢ならば弓花の言葉自体が夢の中の戯言であるかも知れないのだが。

(ともあれ、これが夢でも現実でもやるしかないんだろうけどねえ)

 そう考えた風音は気持ちを切り替え、当初の目的に思考を移した。

「まあいいや。ともかく細かい話は後。扉が開く前にここから逃げる算段をつけないと」

「逃げられるの?」

 今度は弓花が目を丸くした。

「ええ。弓花もそのつもりで入ったんじゃないの?」

「私はその、扉の前でヒットアンドアウェイして全滅させるつもりだったんだけどね」

「…ああ」

 こいつ、脳筋派か…と風音は心の中で呟いた。

 チュートリアルクエストでギルドの指示通りにゴブリンを分散し各個撃破するのではなく、遺跡を利用してゴブリンを全滅させるなどのゴリ押しで進めるプレイヤーの蔑称を脳筋派と呼ぶのだが、風音もそれを今目の前の少女に敢えて口に出して言うほど空気の読めない人間ではなかった。

「けど実物見たら怖くなっちゃって。どうにか逃げ出せないかと思ってたらあんたが来たのよね」

「なるほどねぇ。まあさっきの有様だとそうだねえ」

 あれでゴブリンに勝てるとはとうてい思えない。

「むぅ」 

 風音は弓花のうなり声に笑いながら遺跡の奥へと歩き始める。

(まずは…と)


 中はゴブリンたちの住処だ。記憶の通りに通路を進み、目的の部屋にたどり着く。

「扉は…鍵はかかってないか」

「ちょっと、なんなのよここは?」

 後ろから付いてくる弓花が尋ねてくる。

「何って? 知らないの?」

「ゲームでもこんなところまで入ったことないし」

 ああ、そういうものかと風音は納得する。

 シグナ遺跡クエストは入り口の浮遊石を拾ってくればクエスト完了だ。ボスのゴブリンたちと戦った後は体力も底に近いだろうし、そのまま遺跡まで一気に攻略しようという余裕のあるプレイヤーも当然少ない。街からも遠いこの遺跡に再度来るような用事もほぼないのでそのまま忘れ去られることの多いダンジョンの一つなのだ。

「ここはゴブリンの台所みたいなものかな」

 扉を開けるとツンと腐った肉の臭いがする。

「うっ」

 弓花が顔をしかめる。

「ちょっと待ってて」

 弓花を置いて風音が部屋にはいると案の定の惨状にまた胃からこみ上げてくるものが湧き上がる。

(今はそれどころじゃないもんね)

 だが今度はちゃんと意志を持って吐き気を抑え、周囲の臭いの元の物体にも目もくれず部屋の奥まで足を進める。

「よし、あった!」

 そして目的のものを見つけた風音は、とれるものをとるとわき目もふらずに部屋から外に走り出た。


「ぶはぁっ」

 湿気の籠もった外の空気も、しかし部屋の中の地獄よりはまともである。

「ちょっと、風音。急に出てこないでよ」

 あまりの勢いに驚いた弓花が抗議の声を上げる。

「しょうがないじゃない。あんなスプラッタハウスにいつまでもいられますかっての」

 悪態を吐きながら風音は息を整える。

「そんなに酷いの?」…と尋ねる弓花を無視して(中はとても口にできるものではなかった)、手に持っている戦利品を床に転がす。

「剣に槍?」

 汚れている長剣に比較的新しい鉄槍、他に黒くて丸い玉が2つ置かれている。

「弓花は…こいつを使えるかな?」

「うん?」

 風音は槍の方を持ち上げ弓花に手渡す。

「うわ、重い」

 自分の持つダガーよりも遥かにずっしりとした得物を弓花がのっそりと持ち上げる。

「という割にはちゃんと持ててるじゃない」

「初期ステータスの割り振りは力に全フリしたからね」

 やっぱり脳筋だ…と風音は心の中で呟いた。

「まあ、使えるなら使っちゃって。素人が使っても戦果が挙げられるのは剣より槍の方だろうし」

「こんな狭いところじゃ振り回せないけどね」

「振り回さない。突いて」

 そう風音は指示する。

「分かったわよ」

 シュッシュッと弓花は槍を突き出す動作をする。

(なるほど。確かにちゃんと持ててる)

 ステータスが不足してても装備自体は不可能じゃない。たとえ能力不足でも直線に突くだけなら戦闘にもそれなりに使えるだろうとは考えていたが、杞憂だったらしい。

「それで、武器を揃えて一戦やらかすつもり?」

 弓花はおそれを含みながら尋ねる。装備的には多少アップしたが、戦闘そのものに対して忌避したい気持ちが強い。

「いんや。それは最後の手段にしたいかな」

 だが風音はその考えを否定し、弓花を手振りでこっちにこいと誘いながらさらに奥に進んでいく。


「弓花もゲームやったんならこの遺跡が浮遊石の生産に使われてたってのは聞いてるでしょ?」

 風音が歩きながら、後ろについてくる弓花に尋ねる。

「うん、それぐらいはね。ゲーム終盤で乗る竜船の動力でしょ」

 弓花の返答に風音は頷く。

「今じゃあそれを作る機能は失われているんだけど、まったく使えないわけじゃなくてね」

「浮遊石に乗って逃げられる?」

 風音は首を横に振る。

「不正解。けど惜しい」

「どういう意味?」

「それは…と」

 通路の最奥まで進み風音は、扉に手をかける。

「よし、ゲーム通りだ」

「何ここ?」

 中にはいると通路とは違い、新鮮な空気が流れていることに弓花は気付く。その理由は吹き抜けになった天井だった。

「青空だ」

 妙にうれしそうに口にする弓花。

「さてと」

 上を見上げている弓花を無視して風音は「コマンドオープン」と口にしてウィンドウを開く。

「何してるの?」

「弓花、浮遊石が浮かぶ理由は何か知ってる?」

「そりゃあ、本来アクティブのフライの魔術を魔導石に記録することでパッシブに変えているからでしょ」

 術を行使し魔術を継続し続ける必要があるフライの術を、魔導石に封じ込めることで常態化させる。それが浮遊石というものだった。

「ご名答。つまりね。この遺跡はフライの魔術を身につけさせることができるんだ。それは魔導石にも人にもね」

 風音は自分のステータスウィンドウを開き初期ボーナスポイントを割り振っていく。

「フライの魔術は中級魔法と呼ばれているけど、短時間の発動なら初期値の知力全振りで発動は可能なわけ」

 知力8にポイント10を振る。

(あれ?)

 ボーナスポイントが11ある。

(初期ボーナスより1多いな。なんで?)

 そう思いながら他のステータスを見るとレベルが9に上昇している。

(レベルが上がったからか。となるとあの入り口のヤツを倒したことになってるのかな)

 さきほどは慌ててレベルアップの表示に気づかなかったのかもしれない…などと考えながら不安のあった魔力にもポイントを1追加しボーナスポイント振り分けのOKボタンを押す。


『フライ習得』


 それと同時にスペル習得のウィンドウが開く。

 スキル自動習得エリア内では条件を満たせば自動的にスキルが手に入る。


「どう?」

「うん、上手くいったよ」

 背後からの弓花の声にそう返すとパーティ指定してなかったことを思い出し、パーティ申請を送る。それに気付いた弓花がウィンドウを開く仕草をする。

「あーはいはい。了承っと」

 ステータスが二つ表示される。一つが風音のものでもうひとつは立木 弓花と表示されている。

「これで脱出できるわね」

「といっても魔力はギリギリだから。着地に失敗して落ちないように気をつけてね」

「了解」

 弓花の返事を聞くと風音は頷き、

「スペル・フライ。パーティ全体に」

 ボイスコマンドを起動する。

「うわぁあ」

「これはッ」


 そして二人は、そのまま空へと上がっていった。

名前:由比浜 風音

職業:冒険者

装備:服

レベル:9

体力:23

魔力:17

筋力:8

俊敏力:9

持久力:8

知力:18

器用さ:9

スペル:『フライ』

スキル:『ゴブリン語』


風音「ちなみにまだゴブリン語を覚えてることに私気が付いてません」

弓花「ドジっ娘か」

風音「次回はようやく反撃ですね」

弓花「落ちて死んでなければね」


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