第百七十七話 竜気を渡そう
◎首都ディアサウス バーンズ道場 奥の間
「これで、こうかな」
開いたウィンドウのパラメータを風音はググッと操作する。
魔力:608/625と書かれたステータスを竜気:0/87と書かれたステータスにドラッグして譲渡量メーターを操作してオーケーボタンを押す。するとステータスが魔力:521/625、竜気:87/87となった。そして譲渡は成功したようだと風音は判断しウィンドウを閉じた。
「できたよ」
そう言って風音は弓花に黒い腕輪を投げて渡す。それを弓花はパシッと受け取った。
「サンキュー」
弓花がその竜結の腕輪を見ると確かに今まで結晶化したわずかな竜気しか感じなかった腕輪が冷え冷えとした、それでいて神々しい竜気を感じられた。そしてさきほどまで入り口にいた門下生たちも揃って見守る中、弓花は腕輪をはめてその場で竜人化を行う。
「おおおおーー!!」
そしてその場の全員から感嘆の声が漏れた。
この道場に通っている人間の中には、師範のジライドや若手最強と言われるドルクなど現役の竜騎士も多い。だが、竜人化に馴染んでいるはずの彼らが驚くほどにその竜人化は美しかった。
爪が伸びた。牙が生えた。そこまでは普通の竜人化と同じだ。だがフォルネシアの時とは違い、弓花の髪は凍り付くような冷え冷えとした青になっていた。それは青竜などと契約している竜騎士が竜人化したときと同じ現象で、それだけでは驚くに値しない。彼らが衝撃を受けたのはその全身が虹色に輝いていたからだ。
「……美しい」
思わずドルクがそう口にした。基本的に女性の竜人化は野性的な美しさを醸し出すと言われている。それはドルクの姉のネイベルもそうだったし、フォルネシアの竜気で変化した弓花もそうだった。だがこの変化は違う。全身を虹の輝きの竜気で覆った弓花の姿は神々しい張りつめた美しさがあった。風音はそれをレインボーハートの輝きに似ていると感じた。そしてあることを思い出した。
「あーそうすると下の方も前みたいに青くなってピッカピカなのかなぁ」
誰に言うつもりで口にしたわけでもない。ただなんとなく思ったことを言ってしまっただけだ。
だが男たちの視線が弓花の股間に集中した。
「み、見るなぁあああ!!!!」
弓花が青い竜気を纏わせながら真っ赤になった。遠目から見ると紫めに見える。そして弓花が吠えて風音が「めんごめんご」と言っているような、そんなアットホーム(?)な場面の中で、まったく別のことに愕然としている男がいた。
「虹を帯びているだと……?」
それは人化の状態でその場に立ち会っていた閃輝竜ゴードの言葉だ。ゴードはその予想外の状況に目を丸くして見ていた。
実はゴードは竜人化を行う弓花ではなく、竜気を発生させられるという風音を見に来ていたのだが、それは目の前で見ていても信じられない光景だった。彼が愕然とした理由は風音が竜気を発していることではない。風音の竜気が『虹色の属性』も持っていることが原因だったのだ。
(闇を除いた七つの属性を内包した虹。クリスタルドラゴンの系統だけが発現させることができるアレをなぜ?)
それは通常見ることのできないはずのもの。下手をすると……とゴードはある考えに至った。
一般的にはドラゴンは卵から生まれるのであって人と交わり子を成すことはできないと思われているが、実は人化した状態であるならば子供を作ることが可能だ。ドラゴンが人間に情欲を抱くことはないので相手に求められた場合に限るという条件はあるが、実際に人と竜の混血である竜人と呼ばれる種族も存在している。そして彼らは今の風音のように自力で竜気を生むことができる種族だ。
なのでゴードは目の前の風音も竜人のひとりなのではないかと疑った。
或いは竜の肉を食えば竜気を発生させられる場合もあるが、クリスタルドラゴンは鉱物なので人族が食べることはできない。であれば虹の竜気を発生させられるのは竜人か人化した竜しかいないのだが、ドラゴンであるゴードには風音が竜族ではないと気配で分かるので、答えはひとつしかなくなる。
だが、そうなると別の問題が生じる。つまり、風音はどのドラゴンの血を引いているかということだ。
クリスタルドラゴンというのは元来知性が宿るのが難しいとされている種だ。それは同族の亡骸から生まれ、知性が宿る前にその希少性と凶暴性から退治されることがほとんどであるためだ。
少なくともゴードの知る限り、現在、知性を手に入れて人化が可能なクリスタルドラゴンというのはただの一体しか知らない。
それは神竜帝ナーガ。東の竜の里ゼーガンの長その人(竜)だけである。
(まさか、ナーガ様の落とし胤だとでも言うのか)
ゴードは己の考えに驚愕した。だが腑に落ちる点もあるのだ。ゴードもこれまでの鬼殺し姫のエピソードは聞いている。ジンライに関連することなので、シンディからもよく聞かされていたのだが、ここまでの彼女らの功績は決してただの人間に行える所行だとは到底思えないものばかりだった。だが、それもドラゴンの力に依るものならば納得も行く。
それに彼女らのクエスト。内容は伏せられているためゴードにもその目的は明かされていないのだが、この後東の竜の里に行くということは聞いていた。或いはこれはクエストを隠れ蓑にした里帰りではないのか。そうゴードは推測した。そんな風に次々とゴードのなかでピースが埋まっていく。
(では、鬼殺し姫とは真に姫であったということか。それも竜の姫であるとは。嘘から出たまこととは、まさにこのことか)
そして己の中で結論の出たゴードは慈しむような目で風音を見た。
「姫、頑張りましたな」
「え?うん?どうも?」
突然の言葉に風音は頭の中をハテナで埋めながらもお礼を言う。
ナーガの娘であればゴードにとっては王の娘、自身の仕えるべき主も同然なのである。そもそもハイヴァーンが公国を名乗り大公を君主としているのも、その上に竜の王ナーガがいるためだ。であれば風音の存在は現ハイヴァーン大公よりも重いかも知れない……とゴードは考えていた。
もっとも、そんなとんでもないことを勘違いされているとは思わない風音は恐らくは鬼殺し姫などと呼ばれているので、姫と呼ばれたんだろうなと思っていた。
そして勘違いは解かれぬまま、風音はメフィルスを抱えてエミリィと合流した。見た目ぬいぐるみを抱き締めてる子供と付き添いのお姉さんである。同い年のはずなのだが。
◎首都ディアサウス 十三番通り
「ええと、よろしくお願いします。お爺ちゃん?」
『うむ。任せよ』
道すがらエミリィがメフィルスと挨拶をしている。エミリィはメフィルスとまともに話すのは実は今回が初めてであった。そしてエミリィもメフィルスがただの召喚獣ではないだろうとは気付いているが、その正体はまだ知らない。なお正体を明かすタイミングは現在協議中である。
「ええと、こっちの道でいいんだよね」
風音が指さす先、やや遠目に大きな建物が見える。
『うむ。若い頃は余もこの道を通って、大学に通ったものよな』
「通ってたの?」
『まあ当時はこのディアサウスを拠点にしておったし得るべき知識は多い方が良いのでな。ジンライやルイーズと出逢ったのもこの街であったよ』
「そうなんだ」
ジンライはこの国の出身で、ルイーズはこの国の王様の愛人だったそうだし、メフィルスの言葉は「なるほど」というものだった。
『そして大学に通っていたときにともに学んでいたのが、これから会うマーベリットよ』
そのメフィルスの言葉にエミリィが目を丸くする。
「え、風音たちはマーベリット師匠に用があるの?」
今度はそのエミリィの反応に風音が驚いたが、会話の中にあった『師匠』という言葉からすぐにエミリィが目を丸くした意味が把握できた。
「名前は私も初めて聞いたんだけど、師匠ってことはエミリィの魔道弓の師匠がマーベリットさんなの?」
風音の質問にエミリィが頷いた。
「うん。でも師匠は確か宮廷建築家で……ああ、そうか。もしかしてゴーレムコテージの?」
「そうそう……って、言ってなかったっけ?」
風音が首を傾げるが、少なくともエミリィの記憶の中では大学に行く用事があるとまでしか認識していなかった。
『ま、大学の話をしたのはシロディエに着く前であったしの』
メフィルスの言葉に風音も「そういえばそうだったっけ」と返す。正確には昨日の病室でコテージの調整について話をしているのだがエミリィはゴーレム方面の話だと思って聞き流していた。
「んー、でもお爺ちゃんはマーベリットさんのこと、気付いてたんじゃないの」
『そりゃ建築家で魔道弓使いなんて、そんなにはおらんしな』
「それならそれで……ん?」
何か言い掛けた風音だったが、途中で突然あらぬ方を向いた。その顔の緊迫感にメフィルスとエミリィが不審な顔をするが、その後すぐに何かが激突する音が響き渡った。
周辺の道歩く人も驚いて風音の向いた方向に視線を向けるが、どうやら目の前の建物を越えた隣の通りで何かが起きているようだった。
「なに?」
エミリィが驚いた表情でそう口にしたが、風音は一言「血の臭いがするね」と言って、音のした方へと走っていった。遅れてエミリィも風音の後を追う。
そして風音たちがその現場にたどり着くと、そこには移送用だったと思われる鉄板で覆われた馬車と馬が民家に激突して横に倒れていた。
『ハイヴァーン公国軍であるな』
メフィルスが倒れている兵を見てそう答える。
確認したところ、馬車の中の見張りと思われる兵はふたりともノドを噛み切られて死亡していたが、御者だった兵の方はどうやら頭を打ち付けていただけで無事のようだった。そして目を覚ました兵は、飛び起きて「ヤツは? イジカはどこだ?」と声を荒らげて周囲を見渡したのだ、すでに遅い。すべてはもう終わっていた。
凶刃イジカ、この時点では風音たちもその名を知らなかったのだが、弓花が倒した男の名である。どうやらあの男はまんまとこの場から逃げおおせたようであった。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・粘着剣『ガム』・魔法短剣・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:31
体力:114
魔力:205+420
筋力:55+10
俊敏力:48+4
持久力:31
知力:62
器用さ:39
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv3』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化[竜系統]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』『より頑丈な歯[竜系統]』『水晶化[竜系統]』『偽りの威圧』『ストーンミノタウロス』『メガビーム』『空間拡張』
弓花「せっかく捕まえたのに逃げられちゃったかぁ」
風音「うーん。弓花が狙われなきゃいいんだけど」
弓花「勘弁してよ」




