第百二十四話 神様と話そう
◎リザレクトの街 中央闘技場 最上観客室
「ちわーっす。呼ばれたのできましたー」
まるで生徒指導室に呼び出し喰らった生徒のような気分で風音が、この闘技場でもっとも見渡しの良い観客室に入る。そこはVIP中のVIPのみが入ることを許される、主に王侯貴族が利用しているような部屋だ。
だが、そこにいたのは子供1人だけ。たった1人でソファーに座って風音を待っていた。
「ようこそいらっしゃいました風音さん」
そう言って、その子供は風音を手招きして自分と向い側のソファーに座るように促した。
「うぃうぃ、お邪魔します」
風音も特に反発することもなく、その席に座って神様らしき人物を見る。
「あなたが神様?」
「はい、ノーマンと言います。このハイヴァーンの地の神をしております」
そう口にする少年はどこか達観している雰囲気はあるものの、見た目は普通の少年のようであった。
(うーん、ただの子供って感じだなあ。本物っぽくないというか。まあ、そんなのを相手にのこのこ誘われるままにきた私も私なんだけど)
それは風音が準決勝を勝利した後のことだった。冒険者ギルドの受付嬢が風音の前までやってきて、この大闘技会を見物に来ている神が呼んでいると言ってきたのである。正直胡散臭いという思いが強かったが、だが冒険者ギルドを通して呼び出す人物が詐欺師というのも考え辛い。
なので、ひとまずは了承した。そして会う時間は都合の良いときで構わないとのことだったので弓花の試合の後に会いに来たのである。
「いかにも怪しそうな……といった顔ですね。確かにこうした形の神に馴染みのないプレイヤーのみなさんは毎回そんな反応をしますね」
ノーマンは感情のこもらない表情で風音にそう言った。
「私たちのことを知ってるんだね」
「神様ですから」
「むー」
「あと、貴方の弟に会ったこともありますよ。あれは良い少年だ」
胡散臭い。正直胡散臭かった。直樹を良い少年と言うところも胡散臭い。だが風音の知らぬ直樹は普通に良い少年なのだ。姉の前だけ変なのだ。だが風音は姉であるがゆえにそんな事実は知らない。付き合ってた頃の弓花が直樹をベタ褒めしていて恋する乙女の盲目さ加減には身震いしていたし、破局後の弓花の愚痴には「でしょー?」と自分の認識の確かさを再確認して返していた。まあ風音にとっては出来の悪い馬鹿だからこそ可愛い弟でもあるのだからさじ加減は難しい。
「まあまあ。何を考えているかは分かりますが」
その言葉に風音は若干憤慨した。弟が馬鹿で出来が悪いことを「分かります」と言われたと思ったからだ。もっともノーマンは自分を胡散臭いと思うのも分かるという意味で返した言葉であるので当然それは理不尽な怒りだった。そして、そんな風音の心情を知ってか知らでかノーマンは無視して話を進めていく。
「ただ今回こうしてお会いすることにしたのはアナタの手間を省いて差し上げようと思ったからなんですよ」
「手間って言うと?」
風音はその言葉の意味を考え、慎重に尋ねる。お仕着せの親切心を最初に持ってくる相手の台詞はやはり胡散臭いものだ。
「貴方は近々私たちに接触しようと考えていたでしょう」
「む、そうだね」
見透かされた感が先ほどからしているが、だが本当に見透かされているのならば反発しても意味はない。確かに風音は神と呼ばれている者に会おうとは考えていたのだし、予定していたことではある。
「明日になれば私はこの地から消えます。そして今日のこの機会を逃すと他の神に会うこともあまりないでしょうから質問をするのは随分と後になってしまいます。なので聞きたいことがあるならば今日聞いた方が良いと思いましてね」
(明日消える? まあ、大会も終了だしね。そうか、すぐに帰っちゃうのか)
そう風音は考える。だが質問したいこととなるといくつもあるが、その前に聞いておかないといけないこともある。
「ええと、それっていくつも質問して良いものなの?」
「この体で答えられることであれば」
どうやら質問自体は回数無制限のようだった。今の質問で終了とか言われたらどうしようかと思ったがそんなことはなかった。
「それじゃあ、うーん。そうだね」
とりあえず会って最初に聞こうと考えていたことを風音は口にする。
「まず、私たちをこの世界に連れてきたのって神様?」
風音の質問に「みなさん、それをお聞きになりますね」とノーマンは言う。
「それにはまずこちらの質問に答えてからでお願いしたいのですがよろしいですか?」
質問を質問で返された。
「いいけど、なに?」
「まず貴方はこちらに来る前に捨て猫を拾ったり蜘蛛を殺さずに部屋の外に逃がしましたか?」
「いや、してないね」
捨て猫は見てないし蜘蛛には逃げられた。というか触るのが怖かったので「逃げられたー」と言いながらベッドの下に入っていくのを見逃していた。
「それでは見窄らしい恰好をしたオジサンか慌て気味のお姉さんを助けたりした記憶は?」
「ないない」
見知らぬ人に声をかけられてもついていきません。あんまり。ブリック? 誰それ?
「自殺サイトで広告バナーをクリックしたり木槌で親戚に叩かれた経験は?」
「ないってば」
自殺サイトを見ないといけないほど追い詰められてないしDV気味な従姉妹もいない。弟がパンツを盗むぐらいだ。
「ではトラックに牽かれたりトラクターに耕された経験は?」
「意味が分からないよ」
さっぱりだ。耕されるとかそんな悲惨な目にあった人もいるのか。ソリッドシチュエーションスリラー的なヤツか。恐ろしい話だ。
「ということは地球が人気スポットだから転生し直すの難しいとか他の世界ならサービス付で生まれ変われるとか営業かけられたわけでもないんですね」
「うん」
そもそもゲームをしていた後からここに来るまでの記憶はない。
「じゃあ、神様が呼んだわけじゃあないでしょうね」
「なんでだよ!」
風音が思わずツッコんだ。一部神様関係なさそうな質問だったが関係ない。
「なんでと言われましても私たちは基本的にそういう類のものではありませんし、或いは別の神様というものが存在している可能性も否定できませんから一応の確認です」
「最初から違うって言え」
「冗談ですよ」
風音の言葉にノーマンはまったく顔色を変えずそう返した。
「まあ、私の答えられる範囲では分かりませんとしか言えませんね」
「神様なのに?」
その風音の問いにノーマンは首を横に振る。
「神様と言っても私はその一部に過ぎません。神という存在と人間とを繋ぐ巫女のようなものです。私自身にはなんの力もありませんし」
巫女と言われると目の前の少年の存在がよく分からなくなる。なので神の言葉を代弁している人間……ということだろうかと風音は考える。
「神様じゃあないの?」
だがその質問にもノーマンは横に首を横に振った。
「いえ、それはそれで間違いではありません。一部であるということです。この身体の構成は人間と同一ですが母親から生まれたわけでもありません。あなた方の言葉で言うならば私は神と人とを繋ぐコミュニケーションツールです。神が人とやりとりをするために造った人型のインターフェイス、または翻訳機。別のところではコミュニケーター、端末などとも呼ばれていましたね」
そのノーマンの説明に風音は唸る。つまり人間の形をしていて人間と同じ造りだけど、神様が作った人間と会話するための装置ということらしい。
「えーと、インターフェイスって言うとスマホの画面みたいな?」
風音の言葉に今度はノーマンの首は縦に動いた。そしてスマホという単語も知っているようだということもわかった。
「ええ、あなた方がウィンドウと呼んでいるものと似たようなものです。会話も争いも同じレベルでなくては成立しませんから。上位存在と下位存在の直接的なやり取りというのは大概ただの強制にしかなり得ないのですよ」
だが、そのノーマンの言いようには風音が眉をひそめた。
「その言い方自体が自分らが特別だって言い切ってるみたいでなんかやだね」
「不愉快になられたのでしたら申し訳ありません」
風音の表情から察したノーマンは素直に謝るが、その後「しかし」と言い添える。
「神というのはすでに人というものとは別種のもの。神はこの世界を運営するシステムそのものであり、人と神では自己の認識が大きくかけ離れ過ぎています。だから私のような存在が必要なのです」
その言葉に風音は黙って聞いている。話がややこしくて単に突っ込めないだけなのだが、それを隠して「ううむ」と唸ってみせた。
「分かっていただきたいのは、私はそういうもので、あなたがフォームに入力した質問を送信することはできますが、返信を返せるかどうかは別だということです」
その言葉の意味は風音にも分かった。
「それで私の質問の返信は返せないということ?」
「今回のはそうですね。すみません」
そう言われて風音は(コイツ役に立たないんじゃ)と思ったが、ノーマンが言うには他の神も似たようなものだという。答えられる内容は相当に制限されているらしいのだ。そして、それ以外のツッコんだ質問もその多くがはぐらかされ、言葉を濁され、或いは無視されたが、明確に答えが返ってきたものもあった。
「ええ、『帰還の楔』は間違いなく他世界に行っても通用しますよ」
「マジでッ?」
「穴がどこかで繋がっている限りは問題なく。現時点ではダンジョンという仕組み自体を破棄しない限りは行き帰りができなくなることはないでしょうね」
その情報は非常に有用だ。つまりそれは穴に不用意に飛び込んでも戻ってくることは可能だということだった。
だが、その後も風音はいくつも質問をしたが、明確に返されたのはほとんどなかった。まあ基本的にプレイヤーの情報は伝えることができないようだと確認がとれたのは収穫だったといえよう。
「うーん。なんかもうこれ以上はないなあ」
というかほとんど答えられてないので風音は辟易としてそう口にした。
「そうですか」
ノーマンは無表情にうなずくと風音を見た。神にとってもこの会談は意味があったのか、その表情からはうかがい知ることはできない。
「では最後にこちらからの質問をよろしいですか?」
そして風音の質問が尽きたのを見計らってノーマンが風音に質問を投げかけた。
「何?」
「貴方も知っての通り、この世界に降りたプレイヤーの多くは何故自分達が突然この世界に落とされたのか……ということの真実を知りません」
風音の目が見開く。それは確信に近い言葉だ。何かが開く感じがした。
「ですが貴方は、貴方だけは、ただ1人自分で『選んだ』人間です」
今の風音にはその言葉の意味は分からない。
「無数の命を犠牲する必要があったとは言え、貴方にだけはそれを手にする『権利』があった。あの時を生き続ける権利が。ですが貴方はここにいる」
しかし風音の記憶の先、魂の奥深くにあるものがその言葉に反応する。
「その選択に今も後悔はありませんか?」
風音には何も分からぬが、だが返す言葉だけは決まっている。
「ないよ」
友達の未来を奪って自分だけ助かる選択などありえない。達良とは離れてしまったが、みんなが生きている今は風音が手に入れた望外の奇跡の結晶だ。それ以上に望める未来は存在しない。
「だからありがとうって伝えておいてね」
そして本来、この会合はこれを聞くためのものだった。はるか昔にした約束がここで果たされたのだとノーマンを通じた何かは確かに理解したのだろう。その言葉に満足したノーマンは深々と頭を下げた。
「ならば良い旅を。遠き世界から来た異邦人よ」
風音はそう口にする神に振り向きもせずにその部屋を出ていく。
「はて?」
そして扉を出て三歩目で風音は後ろを向いた。
気が付いたら部屋から出ていたのだ。
「うーん、勢いで出ちゃったのか?」
ノーマンと何かやり取りをして出ていった記憶はあるのだが。とはいえ、聞きたいことは聞いた。まあ、返答は芳しくなかったが目的を果たして出ていったのだろうと判断し、風音は仲間たちの下へと駆けていった。もう一度振り返ることもなくただ前だけを見て。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・粘着剣『ガム』・魔法短剣・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:29
体力:101
魔力:170+420
筋力:49+10
俊敏力:40+4
持久力:29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』『背後の気配』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』
弓花「神様ってどうだった?」
風音「なんか変な子供だったよ」
弓花「あんたみたいね」
風音「なにをーー!」




