夢落ちぬ章 電影美少女肉塊中年男
エイプリルフールですし、バ美肉おじさんって言葉を最近覚えたのでバ美肉おじさんの話をします。
「覚えているかタイキ? あの日、お前が俺を突き落としたのがこの断崖絶壁だった」
「うるせえぞ。ユキヒロのくせに生意気なんだよ」
ふたりの少年が対峙している。
背に崖を見せている赤髪の少年タイキの姿はズタボロで、向かい合う青髪の少年ユキヒロは凛とした表情のままに剣を構えていた。その様子から両者がこの場で戦い、ユキヒロがタイキを圧倒しているのは一目瞭然であった。
そしてふたりの戦いを同じ異世界に転移させられたクラスメイトたちも固唾を飲んで見守っている。この一戦の勝敗によって今後の自分たちの未来が決まるものだと理解しているが故に。
「大体な。未だに恨み言かよユキヒロ。隠キャのくせに俺らの身代わりになれたんだ。光栄だろうが。ましてや生きて力も手に入れた。全部俺のおかげだ。そうだろユキヒロ。なんの文句がある?」
「勝手なことばかりを言うなタイキ。俺はイジメを許さない。駄目だ。イジメはいけない。死んで詫びろ。俺を馬鹿にしたお前は許さない。絶対に。絶対にだ!」
「お前、語彙力なさ過ぎだろ」
「俺を馬鹿にするなぁあああああああ!」
「ぎゃー」
ユキヒロの正義の怒りが込められた一撃がタイキを弾き飛ばし、タイキの体が崖に落ちていった。
「終わった。これでタイキとの決着がついた。後は……」
戦いは終わった。それからユキヒロが背後に振り向くと、歓声をあげるクラスメイトたちが並んでいた。
「助けてくれてありがとうユキヒロ」
「みんなタイキのヤツに騙されてたんだ」
「ごめんなさい相沢くん。素敵。抱いて」
口々に彼らは言う。すべてタイキが悪かったのだと。
ユキヒロはそんな彼らを勝手なものだと思いながらも抱いてと言う言葉に心動かされていた。またタイキと一緒にユキヒロを虐めていたグループはすでに全員ユキヒロが始末している。
だから今生きているクラスメイトの大半はイジメを見て見ぬ振りをしていたメンバーだ。自分を見捨てた者たち。わだかまりはある。殺すつもりは元々ない。けれどもユキヒロは抱いてと言う言葉に心動かされていた。
「俺がみんなを見捨てるわけがないだろう」
「さすゆき! さすゆき! さすゆき!」
大合唱である。その様子にユキヒロは肩をすくめた。
現在のユキヒロは隣国のセリアン帝国と懇意にしており、第二皇女のサーラとも良い仲であり、今回の件で自分を召喚した王国の一部を奪い取って自分の領土にしても良いと皇帝と約束しているために、クラスメイトを養うだけの権力も財力も持っている。
もちろん、無条件に彼らに施すつもりはユキヒロにもない。しかし……と、ユキヒロは抱いてという言葉にひどく心動かされていた。
「相沢、ちょっといいか」
そこにクラスのメガネポジションの春日が先んじて一歩前に出た。クラスのまとめ役で、タイキの圧政の中でもクラスメイトをどうにか繋ぎ止めてきた彼のことはユキヒロも一目置いている。
「僕らはタイキの圧政から救ってくれた君に対してとても感謝をしている。それにだ。かつて君のことを見て見ぬ振りをしていた罪があることも理解している。それが君にとって許せないことだとも」
抱いてという言葉にひどく心動かされているユキヒロにとって「そういうのはもういいから」という思いもあったが、カチャリとメガネを上に持ち上げる春日の言葉はユキヒロの足を踏み止めさせた。
「けれど僕らには君に対して償えるものは少ない。金だってタイキに搾り取られて持っていないし、力だって君の方がずっと上だ」
「だったら、どうする?」
「だからサオリくんを君の奴隷にしてくれ」
「え? え?」
その突然の言葉に春日の後ろにいた花風サオリが目をパチクリとさせ、ユキヒロも一瞬目を丸くしてサオリを見た。
サオリは黒の長髪を三つ編みにして眼鏡をかけた巨乳の温和そうなザ・委員長という風貌をした少女だ。そのサオリを奴隷にしてくれと春日は口にしたのだ。
「お、おいおい。俺はそんなこと求めてないぞ」
「分かっている。君がそういうヤツだということぐらいはな。けれども僕らにはこうすることしかできないし、それに彼女のためでもあるんだ。見てくれ」
春日がサオリの帽子を取るとそこには猫耳があった。
「委員長は猫耳病にかかってる。不治の病でもう戻らない。獣人差別があるこの世界では誰かの庇護にあるしかない。見ろよ、もふもふだ。どうだ相沢?」
それを見られたサオリが恥ずかしげな表情になるのを見て、ユキヒロはハッとした顔をする。
「委員長。も、もしかして……あのとき俺が帽子に触る手を払いのけたのは?」
「恥ずかしかったからよユキヒロくん。君にはこんな姿を見せたくなかったのに」
カァアアッと顔を紅潮させながらサオリが俯く。
「そうか。全部、俺の勘違いだったのかよ。ああ、やっちまったぜ」
「ユキヒロくんったら……私がユキヒロくんを嫌うはずないじゃない。だって入学式からずっと私は……」
「委員長、いや……サオリちゃん、いやサオリ。分かったよ。君は俺の奴隷だ。もうずっと離さない」
「委員長やったわね。あっちの世界からずっとずっとユキヒロくんを想っていたものね」
そうだったのかとユキヒロは思う。けど、ユキヒロは知っている。サオリだけはあのとき、止めてくれた。この人だけは裏切らないとユキヒロは知っていたのだ。
(これでクラスはまとまった。あとは俺を呼びつけたくせに無能呼ばわりした王様と、色目を使ったくせにスキルが分かった途端に唾を吐いたビッチ王女と、俺を囮にして深淵の迷宮に落とした現地勇者と、俺を奴隷にした奴隷ギルドのジジイと、昔から偉そうに俺に命令してきた幼馴染と、すべての元凶の神様と、ついでに顔と頭と運動神経と性格がいい高橋くんを倒して魔王を嫁にすればすべて解決だ!)
そしてサユリを抱きしめながらユキヒロは次の戦いを決意するのであった。
(くくく、タイキはイジメっ子の中でも最弱。ユキヒロ程度にやられるとは杉崎第二中の恥さらしよ)
しかしユキヒロは知らない。彼の目の前にいる春日こそが魔王をも欺くほどの実力を持つイジメっこの黒幕であるということを。
次回に続く
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「今日も最高だったよ。サオリちゃんによろしく」
「はい。またのお越しをお待ちしています」
ネオンが煌めく歓楽街の一角、陽気な顔で帰る客の前で丁寧にお辞儀をする男がいた。男は思う。お辞儀は大事だ。この仕事はリピーターなしでは成り立たない。そして彼の頭上にある光り輝く看板にはダンジョンイメージクラブ『カザネサロン』と描かれていた。
この現代社会に突如としてダンジョンが公表されてから20年近くが経ち、その間に様々なことがあったりなかったりして、世界が何度か滅びかかったりもしたが、今ではダンジョンの存在は一般にも認知され、冒険者なんて仕事も普通に存在している。
男の勤めるこの店ではダンジョンに『自分を逆召喚して安全に戦うことが可能なサービス』を行なっている。どれだけのダメージを受けても召喚獣と同じで倒されれば元の自分に戻り、また召喚陣を操作することで召喚先での自分を変異させることも可能なシステムが構築されたのは最近のことだ、それを利用してゲームやアニメなどのロールプレイをするためのお店ダンジョンイメージクラブ、通称ダンイクは迷宮管理協会の許可のもとで実験的に運営が行われている店であった。
そして男の名前は白井ただし。妻と娘のいるただの元中年サラリーマンで現在はリストラの憂き目にあったところをダンイクの社長に拾われた職員だ。
また彼はこのお店の指名率ナンバーワンのヒロインでもあった。
そう白井は逆召喚システムを操作し、TS化してヒロインとなってお客さんを接待しているのである。無論、健全にだ。
「さて、退勤カードも押して……今日は社長に飲みに呼ばれてるんだよな」
社会人である白井は上司の誘いを断れない。愛する妻に今晩の夕食はいらないとメールを入れると白井はすぐさま店を出た。
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「ファイアちゃんは穿いてないんですよ」
「いやスクショを見せてきてもね。ウチ、そういうお店じゃないからね」
白井が馴染みの居酒屋に入ると奥の席では社長と佐々木が何かしら揉めているようだった。佐々木はカザネサロンのナンバー2である。ヒロインが好きすぎてヒロインになってしまったホンモノだ。
その佐々木の持っているスマホに映っているのはアニメ『この素晴らしい旧神に生贄を』のヒロインであるファイア様のスクリーンショットであった。クトゥグアの化身として知られる彼女はアニメではなぜかパンツを穿いていないことで有名だ。
なお、お尻丸出しのアニメキャラの映ったスマホの画面をJSと見間違いされそうな外見のチンチクリンにグイグイ見せている様はそれだけで犯罪的だ。通報されていてもおかしくはない。
「アニメ準拠にお願いできませんかね?」
「これは確かに穿いてないように見えるかもしれないけどアレだよ。実際には穿いてるからね。お茶の間のテレビでパンツなんて見せたら教育的なアレな機関に怒られるから配慮で描き込んでないだけなんだよ」
「配慮でノーパンに見せたら駄目でしょ。いいからパンツを脱がせろよ」
「というか今の状況、完全に児ポ案件だからね。スマホで録画もしてるからね。音声もバッチリさ。下手に騒ぐと今の部分的に切り取ってユーツーブに流すよ」
「マスコミみたいなことを……卑劣な。児ポ案件とかロリババアのくせに」
「ふふふ、ババアじゃないが大人の余裕で返してあげよう」
すでにアラフォーであるチンチクリンはロリババアと言えるのか。
「はっ、大人とかは立派なおっぱいになってからするんだな」
「死ね」
「グハァア」
そして佐々木がグーでぶっ飛ばされた。
社長は容姿は気にしないが胸については一家言ある人物なのだ。
「社長、お疲れ様です」
「うん、来たね白井くん。白井くんは生チューだったっけ。生チュー」
足をパタパタさせながらチューと口をすぼめる姿は小学生そのものである。一見して愛らしくもあるこの社長に対して常日頃ロリ最高などとのたまわる佐々木が反応を示さないのが白井は不思議であったが佐々木曰く「俺の感性はエルフ寄りなので」とのことだった。意味は分からない。
「それでね。二人を呼んだのは他でもないのさ」
佐々木が起き上がり、全員が席について乾杯をすると社長がそう切り出してきた。
「ふたりともウチで働いて三年。よくやってると思うよ。理論的にヒロインを演じる白井くんに感覚的にヒロインを演じる佐々木。どちらも切磋琢磨し、素晴らしいヒロインを演じていると私は考えている。常日頃から私は思っているんだよ。ヒロインをするなら熟れ過ぎた中年だってね」
イカれてやがる……白井はそう思ったが口にはしなかった。それが社会人の処世術である。
「ただし今はアニメヒロインがメインでの営業だ。同業他社も出てきたこともあり、私としてはもう一歩ステップアップをしたいと思ってるのさ」
「ステップアップ?」
白井と佐々木が首を傾げた。ステップアップとは一体いかなることを指すのか。しかし、その答えはすぐさまチンチクリンの口から告げられる。
「私がこれまでの既存のキャラではない、オリジナルのヒロインを用意する。ユーツーブ配信はもちろん、テレビに出て踊り、歌も歌う。基本的に召喚自体は界を跨ぐ必要はあるけど、ダンジョン内から逆召喚システムを使えば地上でも使用可能だしね」
「そうなんですか?」
「うん。だからこれを機に大々的にメディア展開を行い、地下迷宮アイドルからついに地上進出を目指すんだよ。そこでその中身を私が育て上げた最上級のバ美肉おじさんである君たちのどちらかにお願いしたいのさ」
「「!?」」
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「それじゃあ、ちょっとお花摘んでくるよ。考えておいてもらえるかな?」
「はぁ」
一通り話し終えた社長が席を立つと、白井と佐々木は目を合わせた。
オリジナルで設定したヒロインを作り、それを使って自分たちだけのアイドルを生み出す。言ってみればブイツーバーである。群雄割拠のあの世界に社長は進出しようと考えているのだ。そして選ばれたのは……
「飲んでますか先輩」
「まあな。けど良かったのかい。俺で?」
白井だった。佐々木は自ら辞退していた。
白井は己を凡庸な人間だと思っている。確かにダンイクの指名ヒロインナンバー1であることは事実だ。けれども白井は自分が演じるヒロインをリサーチし、徹底した研究を重ね、どうにかしがみついている立場なのだと理解している。己の感覚だけでナンバー2をこなせる天才とは違う。けれども佐々木は笑って首を横に振った。
「オリジナルっすか。んー、僕の趣味じゃないっすね。僕は思い入れがあるから演じられるんすよ。僕の考えた最強の旧神とか、そういうオナニーはちょっとね」
「そういうものなのか?」
白井は自分には分からない感性だと思いながら、軟骨揚げをパクパクと食べていく。
「おい、なんか女の子が警官に補導されてたぞ」
「小学生が居酒屋なんているから」
入り口あたりで何か騒がしいが、居酒屋が五月蝿いのは普通のことだ。どこぞの酔っ払いが騒いでいるのだろうと白井も佐々木も枝豆をポリポリ食べるのに夢中になっていた。それから注文した三人分のねぎまが来ると白井がトイレの方に視線を向けた。
「なあ。社長、帰ってこないな」
「でかい方なんでしょ。それよりも飲み物追加頼みますけど」
「じゃあ俺は梅サワーで」
「はい。あ……」
「どうした?」
「あの人、先輩のお得意さんですね」
その言葉に白井が佐々木の指差す方に目を向けると、カウンターでひとり飲んでいる男性がいた。それは先ほど白井がサオリとして相手をしていた客であった。
「帰りに一杯ってところか」
「見てくださいよ先輩、あの人、嬉しそうな顔をしていますね」
「ああ、満足はしてくれたみたいだな」
「先輩のプレイには花がありますから」
「そうかな」
照れる白井に佐々木が頷いた。
「先輩はきっと、もっと大勢の人に夢を与えられますよ。そしたら僕も先輩が作り上げたヒロインになりたいと思うかもしれませんね」
佐々木の言葉に白井が笑う。白井の心はすでに決まりつつあった。自分の力で誰かが笑顔になれるなら、そんな素晴らしいことはないだろうと。
なお、社長は結局戻ってこなかったので領収書だけ切って二人は帰路に着いたのであった。
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翌朝、白井が事務室に入ると社長と佐々木がすでに出社していた。
「おはようございます、社長、佐々木くん」
「おはようございます先輩」「おはよう白井くん」
ふたりが返事を返すと、白井の視線が社長に向けられた。
「社長、昨日はなんでひとりで帰っちゃったんですか。ひどいですよ」
「ははは、悪いね白井くん。ちょいと私の魅力にメロメロになってしまったイケメンが釣れてしまってね。朝までアヴァンチュールさ」
「ケッ、ビッチが」
佐々木くんがゴミを見る目で社長を見ていたが、処女厨を拗らせた病気なのでそれは仕方のないことだった。
なお、財布も身分証明もスマホも入ったポーチ(※無限収納)を職場に忘れた上に意固地になって警察を困らせて一晩明かして朝方に警察署にきた弟に引き取られた……などという真実を社長が口にすることはない。
それに残っていても部下にお金を払ってもらう状況だったため、上司の面目はやや保たれた形となったので若干プラスであろうとチンチクリンは考えていた。対して白井の方は……
(ロリコンがいるのか。危ないな。小学生のような社長に声をかける変態がいるとは。あとで通報しておこう)
などと考えていた。なお、この通報によって後日再び社長と飲みに行った佐々木が捕まることになるが、それはまた別の話である。
「それで白井くん、あの話はどうだい?」
「ええ、社長。お受けしようと思います」
「おお、やってくれるんだね。うちだけのオリジナルヒロインを!」
「はい。自分の力がどこまで及ぶのか分かりませんが、頑張ってみますよ!」
そう言って白井が笑う。
白井ただし。それはいずれ地下迷宮アイドルから塔型迷宮アイドルのトップへと上り詰める男の名である。そして
「日本一のバ美肉おじさんに俺はなってみせますよ!」
新しい形のアイドル伝説の第一歩が今、踏み出されるのであった。




