アフターデイズ編 風音さんと愉快な仲間たち3
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「よくぞいらしてくださいました、皆様」
『母上ーーー!』
会場を抜けた先の通路で待ちかまえていたタツオがガバッと風音のない胸に抱きつくという矛盾を行い、そのあとを続くようにスザと、先行して風音たちの到着を伝えに行った竜崎も近付いてくる。
「タツオ、まったく甘えん坊さんだねえ。スザさん、ほらお父さんたち連れてきたよ」
「ええ、初めましてナオヒサ様、コトネ様、ナギサ様。私は東の竜の里ゼーガン、四竜の護剣がひとり、南赤候スザにございます。このたびはカザネ様のご厚意により、こちらの世界にお招きいただきました」
「はは、これはご丁寧に。風音の父の直久です」
「母の琴音です。今日はお招き……というのは風音のパーティなんだから可笑しいわね。娘のパーティに来てくださってありがたく思っていますわ」
「だぁ!」
琴音の抱いている渚の声に、スザが微笑む。
「ははは。ナギサ様もご機嫌よろしいようで。もっとも私は今回オマケのようなものです。奥でナーガ様がお待ちになっております。すぐにご案内いたしましょう 」
その言葉に直久と琴音の顔に緊張が走った。この先に何かがいる気配は一般人である彼らにも感じ取れていた。生命の最上位に位置する種であるドラゴン。その頂点に位置する存在が彼らを待っているのだと直久たちは聞かされている。そして表情が固まったふたりに、スザが「大丈夫ですよ」と微笑んだ。人間が神竜帝ナーガを畏れ敬うには彼にとっては至極当然のこと。けれども彼の前にいるふたりは、人間の中でも特別な存在だ。
「ナーガ様もお二方を心待ちにしております。それにナーガ様も久方ぶりに、外にお出になられたので非常に機嫌もよろしいのです。何しろ、今日までナーガ様は里を護る結界を維持するために大竜御殿を出ることも叶いませんでしたから」
「ほ、ほぉ。そうなのですか……けれど、今回こちらに来られたのですよね?」
「ああ、それは私が旦那様からもらった虹竜の指輪が成長したから可能になったんだよ」
直久の疑問に答えたのは、スザではなく風音であった。そして風音の言葉に、直久は以前に風音から聞いた言葉があることに気付いた。
「風音。虹竜の指輪というと、あの……エンゲージリングだよな?」
虹竜の指輪。それはナーガのコアそのものを削って造られた、その場にあるだけで虹色に輝いてしまう至高の宝玉のみでできた指輪である。風音と共に成長し、かつての神竜帝ナーガを召喚することすらもできるようになったその指輪は、悪魔との決戦においても東の竜の里にいたナーガと繋げるという離れ業も可能としていた。
風音は神竜帝ナーガとの婚姻を告げたときに、自慢そうにその指輪も直久たちに見せていたのである。
「うん。あの指輪。今はあっちの世界の東の竜の里にあるけどね」
「魔力供給こそ必要ではありますが、指輪単体でナーガ様の代替として結界の維持が可能となったのです。それにより、ナーガ様が里から離れることが可能となりました」
スザと風音の言葉に「あれもまあ、ナーガ様が増えたってことなんだけどなぁ」と直樹が眉をひそめて呟く。今はまだ顕現するのにも制限はあっていつでも継続して召喚し続けられるわけではないが、今では神竜帝ナーガを虹竜の指輪のみで生み出せる。色々と増え過ぎであった。
「あとは私のスキル『天之岩戸』で旦那様を運んで、こっちまで来たってわけ。アイテムボックスと違って生きてる相手も運べるのが便利だよねえ。さすが神スキルだけはあるよ」
風音がうんうんと頷いた。『天之岩戸』は移動要塞ビットブレンすらも収納可能なスキルだ。ナーガを運ぶことすらも難しくはなかった。
「ええ、すべてはカザネ様のお力によるもの。ナーガ様が里のお外に出られるというのは本当に久方ぶりのこと。我ら配下にとっては感謝の言葉しかありません」
「そ、そうですか」
「はい。それではこちらです。ナーガ様も首を長くしてお待ちでしょうから」
『スザ、父上は元々首長いですよ』
くわーっとタツオが指摘して、スザが「そうでしたね」と笑って頷いて歩き出した。そして、その場の全員が続いて進んでいく。その先には用意していたパーティ会場とは別に、ナーガたちにあわせて造られた大竜御殿の縮小版、小竜御殿が存在しているのだ。スザの案内により、風音や由比浜夫妻たちが小竜御殿の中に入ると、そこには巨大な二頭のドラゴンが存在していた。
◎第八カザーネサマー島 小竜御殿
『ようこそいらした!』
開口一番に巨大な口から勢いのある言葉が響き渡る。続いて「グルルゥゥウウ」という鳴き声が響いた。その場にいたのは二体の巨大なドラゴン。一体は赤い宝石でできたようなドラゴンであり、もう一体は猛禽類の鳥の特徴を持つ姿をしたドラゴンであった。
「は、ははぁ。なんと……大きい。それも二体……いや、ふたり。風音、あのどちらがお前の?」
直久が当てられた威圧に畏まりかけながらも、娘に尋ねる。
「あ、こっちはペットのグリグリだよ。あっちで飼ってるの。ついでに紹介しようと思って一緒に連れてきたんだ」
「グルルゥ」
「ペット!?」
嬉しそうな顔で鳴くグリグリに直久が驚愕していると、ナーガが不機嫌そうな顔をして自分の尻尾で引っ張ってグリグリを下がらせる。
『ええい。お前は今は良い。まったく、これがあの勇猛なる竜族の勇者ラインハ……む、分かっておるわ。余計なことは言わんから大人しくしておれ。あ、いや。まったく、いや恥ずかしいところをお見せした。申し訳ない』
頭を下げるナーガに、直久と琴音が「いえいえ」と首を横に振る。
『お初にお目にかかる義父君、義母君。我は神竜帝ナーガ。フィロン大陸、東の竜族を統べる者だ』
「こ、これはご丁寧に。私は風音の父、直久です」
「妻の琴音です。風音がお世話になっていまして……」
『いや、我こそカザネに世話になり続けている。こうして、我が身を外に出せたのもすべては我が愛すべき后の術によるもの。あなた方の娘は我にも、我ら竜族全体にも、幾千万の感謝の言葉を投げかけても足らぬほどのことをしてくれた』
その言葉に直久と琴音はあっけに取られた顔になり、風音は風音で「えへへ」と照れて、タツオはくわーっと興奮していた。スザはうんうんと頷き、竜崎は感涙して、渚はキャッキャと笑い、その様子を見ている直樹が何ともいえない顔をしていた。
『ともあれ、義父君、義母君にはまずは謝罪を』
「な、何故でしょうか」
頭を下げるナーガに、直久が驚きの顔をする。
『人の世においては契りを結び子を為す前には、両親に確認を取らねばならぬと聞いた。我に両親は居らぬが、そうした人の理を無視した行為には謝罪をと……ずっと考えていた。故にこうして足を運ばせていただいた。本来であればお二方にご足労願うこともおこがましく、申し訳なくは思っていたのだが……何分この身故に気軽に尋ねるわけにもいかぬのだ』
「いえ、まあそうでしょう。我が家もちょっと、お尋ねになられても、おかけになってもらう席もご用意できませんので。それにはまあ……そもそもあなたと風音が出会ったときには、私たちがいるかも分からなかったわけですから」
冷静さを取り戻した直久が、そう返す。娘と息子を失って、死んだように生きていた以前を思えば、娘に旦那ができていたことぐらいは大したこと……ではあるが、大したことではなかった。
『許していただけると?』
「許す許さないもありません。娘が戻ってきてくれた。私たちにはそれだけで十分です」
「ええ。タツオくんを、孫を授かって、戻ってきてくれたのですから私たちからは何も言うことはありません」
『感謝いたす』
ナーガが深々と再度頭を下げた。それから、少し考えてから再び口を開く。
『あなた方と話すのであれば、同じ目線の方がとも思ったのだが、いまだ未熟故に人化叶わず。試してはみたが、無理でしてな。それでもこうして会えたこと、非常に嬉しく思うぞ。義父君、義母君』
「人化……ですか?」
その直久の問いには、後ろで控えていたスザが「はい」と答えた。
「知性を得たドラゴンは、ある程度の成長に至ると、そうした術を身につけることも可能になるのです。私の今の姿も人化の術による仮初めのもの」
「とてもそうには見えませんわね」
琴音がマジマジとスザを見るが、とてもドラゴンが化けているようには見えない。ドラゴンの特徴がわずかに出ているその場にいる竜人の竜崎の方が、そうと言われればそう見えるくらいである。
「人化の術は擬態ではなく、人そのものに変わりますので。ですがナーガ様は人においては心臓に当たるコアを破壊され、新たにカザネ様より得たコアによって今は活動しております。なので人化するには出力が安定していないのです」
そのスザの言葉には、ナーガも無念そうに頷いた。
『スザの言う通り。残念ながら、新たなコアに慣れるには時間がかかるだろう』
「しかし、時間が経てば……となるとタツオ君も?」
『お二方が生きている内は難しいかもしれぬが。だが、そうであるな。タツオよ。いずれはそなたがお二方にお見せするのだ。この方々はそなたの祖父母なのだからな』
『頑張ります』
タツオがくわーっと鳴いて頷いた。その容姿に風音が満足そうに頷いた。
「あー、ようやくお父さんとお母さんに旦那様を紹介できたよ。凄いでしょ。私の旦那様は」
「ああ、とてもな」
疲れた顔の直久に風音がドヤーという顔をする。その様子に、直樹が少しばかり哀れみの視線を父親に向けていた。つい先ほども扇たちがあまりにも恐縮して相手していたのを直樹は見ていたのだ。何しろ神竜帝ナーガという存在はあまりにも大きすぎる。巨体だから……というだけではなく、その意志も、器も、力も、あらゆる面で大きなる存在なのだ。直樹ですらも嫉妬するのが難しいほどに。
「それでね。お父さん、お母さん。今度、ちょっと時期は分からないんだけど、結婚式も予定してるらしいんだよね。で、そのときはお父さんとお母さんも呼ぶからね」
「ほ、ほぉ。それは、呼ばれるのはみんなドラゴンの方々なのか?」
「竜族でも名を連ねる方々をお呼びする予定ですが、人族の中で親交のある王族は招待する予定です。お二方も是非」
その言葉に直久は頷きながらも少し考えてから、ナーガを見て口を開いた。
「あの……ナーガ様」
『なんであろうか義父君?』
「あなたが風音を大事にしていただいているのは聞いても分かります。ただ、私は風音の父として聞きたい」
「お父さん?」
風音が首を傾げるが、直久はナーガと向き合いながら口を開く。
「あなたが娘の夫となるのであれば、当然のこととして聞いておくべきことがあります」
『それは何か?』
『親が子に願うことはひとつ。ただ幸せを。娘が幸せになってもらいたいと願うだけです。神竜帝ナーガ。あなたが娘を幸せにしていただけるのですか?」
その直久の問いに、ナーガは目を細め、それから『難しいな』と口にした。
『我はカザネと出会い、我が竜生においてもっとも大きな幸せを得た。同族を、息子を、家族を、こうして自由を。この命すらもカザネより与えられたものなのだ。だから義父君よ』
「は、はい」
『申し訳ないが、我が得たほどの幸せをカザネにも与えられるかの自信は正直ない。しかし』
そう口にするナーガの瞳は静かに、されど強き意志が込められていた。
『我がすべて、竜族のすべては汝がご息女のもの。我が后の幸せのために、我らはあらゆるすべてを行うと誓おう。今はそれで納得いただいて欲しい』
その言葉に直久が何かを考え、それから顔を上げて頷いた。その横には渚を抱いている琴音も並んでナーガを見て、それから夫に続いて頭を下げた。
「娘をよろしくお願いします」
「お願いいたします」
それに神竜帝ナーガも頷きの返しを行い、そして重苦しい空気は霧散していく。こうして、風音の旦那と両親の対面は無事成ったのである。




