アフターデイズ編 風音さんと愉快な仲間たち2
◎第八カザーネサマー島
「ああ、南国だねえ。太陽の暖かみが身体に染み入るよ」
「ここ最近はずっと雪国を回ってたからねえ」
転移、その暖かな気候を前に風音と弓花がノビをしながらそう言い合った。
日本も今は冬ではあるが、白き一団は現在、エシュトルと呼ばれる極寒の地で悪魔狩りの調査により判明した箱舟の探索を行っている最中であった。
その、大魔王アヴァドンによる世界崩壊後も悪魔たちが生き延びるために用意されたイシュタリア文明の遺産がエシュトルのどこかに隠されているとの情報を手にした風音たちはその探索を行い続けていた。
対してこの場は地球上の赤道直下にある南国の一部。季節に関係なく一年中温暖な気候を保っている島だ。そして、風音たちの話に一緒にいたゆっこ姉が反応する。
「あら。あれ、まだ見つかってないのね」
「そうだよ。あっちのゆっこ姉はせっ突いてくるし、エルフ族は非協力的だしで色々と面倒なんだよ」
「ごめんなさいね。あっちの私は責任感が強いから、放ってはおけないんでしょうね」
そう返して笑うゆっこ姉だが、風音と違って魂を二分したふたりのゆっこ姉はそれぞれが独立して生きることを決めているため、こちらのゆっこ姉はこちらの世界のことしか把握していない。
「あらまあ……」
そしてそんな三人でのやり取りをしていた風音たちの横では、風音の母の琴音が渚を抱き抱えながら驚きの顔をしていた。
もっとも、それは自分が南国にいることに対しての驚きでも、転移による驚きでもなかった。琴音や直久はここまでに何度か転移装置を利用していて、この第八カザーネサマー島にも足を運んだことがあった。だから琴音のソレは、以前にはこの島になかったものが存在していることへの驚きであったのだ。
「また何か作ったのね風音。あんなもの、以前はなかったでしょ?」
「うん。あれは闘技場だよ。まあ、リクエストがあったからローランに頼んで造ってもらったんだよね」
琴音が指差した先にあったのは、丸いドーム状の施設だ。
この第八カザーネサマー島には例のごとく温泉施設を含めたいくつかの建造物があるのだが、それらとは少し離れた場所に巨大なドーム型の施設ができていたのである。それは以前に琴音が来たときには存在していなかった建造物であった。
「ローランもこの場で整備だけだってのも鈍っちゃうって言ってるし、ときどき課題を出してロボットたちに作業をさせてるんだよね」
風音がそううそぶく通りに、あの闘技場を建設したのは悪魔との決戦で生き残ったマシンナーズソルジャーであり、指揮しているのは移動要塞ビットブレンのひよこ艦長こと十騎士ローランであり、また迷宮探索課を介して出向している自衛隊の面々もその建設には携わっていた。
なお、移動要塞ビットブレンを始めとした悪魔との決戦で使用された兵器はすべてこの治外法権の島の地下に封印されており、現在の彼らはそれらの門番も兼ねていた。そして琴音と風音の言葉を聞いてドームを見た弓花が眉をひそめると「あれ、師匠の匂いがする?」と呟いた。
「風音。もしかして師匠、あの中で特訓始めちゃってんじゃないの?」
「うーん。ジンライさんには好きに使っていいとは言っておいたし、島に放っていたはずの狂い鬼やユッコネエの気配も闘技場にあるみたいだし、ライノクスさんもいるはずだから……多分、戦闘訓練してる可能性は高いかも」
風音も己の僕の位置を察知して、弓花の言葉通りだろうと予測した。戦える環境があれば「じゃあ、戦おうぜ!」となるのがジンライたちだ。ここ最近はライノクスがパーティに参加したおかげでその傾向はさらに強まり、師匠大好きっ子の弓花も仲間外れになるのを嫌がって参加し続けている。
「む、じゃあ私も行ってくる。また後で会場で会いましょッ!」
「あ、弓花……って、振り返りもせずに闘技場に走ってるし。落ち着きがないよ」
「弓花ちゃんは以前よりも積極的になった感じがあるわな」
「そうねえ。直樹と良い関係であって欲しかったけど」
直久の言葉に琴音がそう返すと、直久が苦々しい顔になった。
彼女らのひとり息子は家族会議一歩手前の危険人物である。彼女のひとりでもできて落ち着いてくれればと直久は願わずにいられず、その場にいたゆっこ姉になんとなく視線を向けると、ゆっこ姉はにこやかに笑って両腕でバッテンを作って首を振った。
「ですよね」
「ええ」
あまり知られていないことだが、風音の周囲で直樹をもっとも嫌っているのはゆっこ姉である。わずかばかりに浮かんだ直久の思考すらも読んで、否定するぐらいには毛嫌いしていた。
「だぁ」
そんな中、琴音に抱かれている渚が青い空を見てキャッキャと笑っていた。
「あらあら、渚はご機嫌ね。けどここまで日差しが強いとよろしくないし、それじゃあ私たちも行きましょうか。風音、前と同じあっちの建物でいいのよね?」
「うん。今回は身内だけの簡単なパーティだからね。先にみんな集まってるし、さっさと行こうか」
そう口にした風音が先頭を切って歩き出し、一向もその後についていく。
なお、到着する前に狼の遠吠えが闘技場から聞こえてきて、直久と琴音が「風音の召喚獣かな?」「凄い声ねえ」と口にしていたが、風音は当然それを無視した。落ち着きのない親友の咆哮であるとはさすがに返せなかったのだ。
◎第八カザーネサマー島 パーティ会場
「ようやく来たか、お前たち」
「コケーッコッコ!」
そして、一階にパーティ会場もある宿泊施設に入って風音たちが最初に出会ったのは、温泉渡り鳥ことカルラ王・イライザ夫妻だ。
「あれ、カルラ王。今日はこっちにいたんだ。いつもどおりに来ないと思ってたけど」
「たまたまだが、時間が空いてな。アレが自分の巣を出てくるのは珍しいので来てやったぞ」
カルラ王が意気揚々とした顔でそう返す。
カルラ王はイライザと共に現在、温泉旅行のために日々世界中を飛んでいて、その度にビーコンを設置しているために、風音たちは今や世界中の様々な地域に転移装置で移動できるようになっていた。
なお、カルラ王たちの本拠自体はローランが常駐しているこの第八カザーネサマー島に作られており、かつての金翅鳥神殿を模したふたりの新居も島の奥に用意されていた。
「カルラさん。お久しぶり」
「カンボジアの温泉を堪能しに行ったと聞いていましたが戻っていたのですね」
それから続く由比浜夫妻の挨拶にカルラ王が「うむ」と返す。
「琴音殿、直久殿。久しいな。ビーコンは設置しておいたので、転移装置で向かうことは可能だ。よろしければ以前のように案内しよう」
「ええ、その時はお願いするわ」
「ありがたい。正月の休暇辺りで、そちらの都合よろしければ近場でお願いさせていただきたいところです」
すでに何度か誘われて、実際に温泉旅行に便乗したこともある由比浜夫妻はこちらの世界でもっともカルラ王との仲が良好な人物たちであった。
もっともその様子には風音が面白くない顔をしている。
「ねえねえ。なんかカルラ王って、私と違ってお母さんたちには礼儀正しいよね」
「礼儀には礼儀を持って接するまでのこと。私は主と接する場合には主の礼儀に合わせている。ただそれだけだ」
「ぐぬぬ」
なお、カルラ王は決戦時に自分が適当な戦場にあてがわれたことをまだ根に持っていて、以前よりも風音に対しての当たりが強くなっていた。
「そう豚のような顔をするな主よ。そんなことよりも、御二方はアレに会いにきたのだろう。であれば、ここで立ち止まらず向かうとよろしかろう。アレもガタイに似合わず、待ちわびているようだしな」
「アレって、あの方のことですよねえ。うう、緊張してきたわ」
「う、うむ。まさかこういう日が来るとは思わなかったからな」
カルラ王の言葉に、琴音と直久が緊張した顔をしている。
今日この日にふたりがここにきたのには理由があった。娘と自分たちにとって、由比浜親子に今日は特別な日であったのだ。そして勇気を出して歩き出した彼らを待ち受けていたのは想像以上に豪華な会場であった。
「お父さん。簡単なパーティって」
「う、うむ。テレビでしか見たことのない感じだが」
そう、ふたりが物怖じしてしまうのも無理はない。
今日風音によって招待されてこの場に集まったメンツは、あちらの世界での王侯貴族を多く含んでいる。
「あれ、思ったよりも大袈裟になってる?」
「まあ、そうなるとは思っていたわ」
風音は予想外という反応をして、ゆっこ姉は予想がついていたという顔をしていた。
何しろ風音たちにとっては友人たちとの久方ぶりの再会の場であっても、その事実を知ってしまった扇たち迷宮探索課の面々にとっては大事もいいところなのだ。異世界の相手ではあるが、非公式とはいえ他国のビップを招くのだから相応の対応をせねばならぬのが宮仕えの悲しさであろう。結果として扇や、今は迷宮探索課勤めで昨月に籍を入れたオーリ・カンナ夫妻が忙しく立ち回り、風音たちが到着する前にこうして一応の体裁を保った会場へと準備を整えていたのである。
「あ、ライル。姉貴とゆっこ姉に、うちの親も来たぜ」
そして、意を決して会場に足を踏み入れた夫妻の前にやってきたのは直樹であった。横にはライルがいたが、その姿にかつての冒険者で会った頃の面影は薄く、すでに王としての威厳がその身には携わっており、当然由比浜夫妻は萎縮した。
『ああ、ナオキとカザネのご両親か。初めまして御二方。ハイヴァーン王国国王ライル・バーンズ・ドラグハイヴァーンと申します。ご子息、ご息女には大変お世話になりました。今の俺がここにいるのも彼らのおかげです』
そうライルがあちらの言葉で返すが、直久には当然分からない。それから直樹が翻訳した言葉を告げると「いえ、こちらこそ娘と愚息がお世話になって」と返して頭を下げた。
「しかし、こんな立派な方が直樹、なぜお前と一緒に?」
「いや立派って……見栄えは確かに良くなっちゃいるけどさ。ほら、以前にも話しただろう。ずっと一緒に戦ってきた俺のダチだって」
直樹が以前に話したライルと目の前のライルが一致せずに直久が困惑していると、近くにいた見知った顔が近付いて来た。
「お久しぶり。おじ様、おば様」
「ああ、エミリィちゃんか」
かけられた声に直久と琴音が安堵した顔をする。
エミリィは、こちらの世界に滞在していたために当然ふたりとも交流があり、またエミリィは自力で日本語も習得していた。
「ああ、兄さんを紹介してたんだ。こちら、私の兄です。今は偉そうに見えるけど、ちょっと前まではナオキにはいーっつも助けられてたんですよ」
『おいおい。なんだよ。ナオキのは聞き取れるから分かるけどさ。お前なんか今変なこと言ってねえ?』
直樹の言葉はウィンドウの機能により双方向に翻訳されているが、エミリィの日本語はライルには理解できない。だから妹の表情に不審なものを感じたライルが眉をひそめて尋ねると、エミリィは「そんなことないわよ」と笑って返した。
『別に兄さんがお世話になってたって言っただけよ』「で、こっちがジンさん。兄さんの護衛ね。見た目は怖いけど、頼りになる人よ」
続けてのミリィの言葉に、ライルの背後にいた骸骨兵がペコリと頭を下げる。
それには直久も琴音も少しだけビクッとしたが、悪い気配はしないので同じように頭を下げて挨拶をした。ふたりもここしばらくの経験から、随分とそういう存在にも慣れてしまっていたのだ。渚もジン・バハルを見て、キャッキャキャッキャと笑っている。
「それで姉貴。親父たちをあの方に会わせるんだろ」
「うん。さっさと行こうと思うけど」
「だよな。あ、竜崎さん。こっちこっち」
風音の返答を聞いた直樹が給仕のひとりの声をかける。
それはあちらの世界からこちらにやって来た竜人で、迷宮探索課の一員である竜崎であった。
「はい。直樹様。風音様に琴音様、直久様もよくぞいらして下さいました」
「姉貴、これから挨拶するっていうからさ。悪いけど、竜崎さん。先に行って、スザさんに連絡してもらってきていいか」
直樹の言葉に竜崎が「承知いたしました」と頭を下げると、すぐさま踵を返して会場の奥へと走っていた。それから直樹がライルとエミリィに振り返って口を開く。
「そんじゃあライル、エミリィ。俺もちょっと行ってくるよ」
『おう。行ってこい。俺も今日はなんか用事がこっちであるらしくてさ。久しぶりに羽を伸ばせるし、ナオキが行っちまうなら俺、爺さんに会いに闘技場に行こうかね』
『それはご自重なさいませ。今のあの中は闇の森よりも危険な場所になっております故、ライル国王陛下といえども危険です』
『うー。今じゃあ闘竜王とか呼ばれてんのにな、俺』
ジン・バハルの世話焼きにライルが肩をすくめる。
もっとも現在の闘技場にはライルといえども簡単に打ちのめせる者たちが多くいる。流れ弾で万が一が起こりそうな場所へ向かわせるのは、護衛を務めるジン・バハルとしては看過できなかった。それからゆっこ姉が手を上げて口を開く。
「あ、風音。私はこっちに残っているわ」
「そお? そんじゃあ、行こうかお父さん、お母さん」
そう言って風音が歩き出し、直樹が続いて両親を案内しながら後を追う。
そして直久と琴音も緊張した面持ちで進み出した。何しろ今日この日、ふたりはとある相手と対面することになっていたのだ。親として、一生の内でももっとも緊張する一瞬がこの先に待っている上に、相手が相手なのだ。
何しろ、その先にいるのは千年以上を生きる古竜、ハイヴァーンの地に居を構える竜たちの頂点の一角。つまりはその先にいるのは神竜帝ナーガ。風音の旦那にしてタツオの父親が、わざわざ由比浜夫妻は会うためにこちらの世界にやってきていたのである。




