アフターデイズ編 引き継ぐ魂 中編
あの悪魔との決戦の日、王族すらも知らなかった可変式人型王城兵器『殺魅・グレートマザー・ジ・エヴォリューション』が救援に駆けつけた達良によって起動した。
その正体は、城の奥深くに内蔵されていた増幅器付き心臓球を動力とし、魔力の川を接続させて大量の魔力を得て、さらには達良が生前の研究により魔力効率を極限まで高めることに成功したミルフィーユ型積層構造の亜空間式人工筋肉を備えたフィロン大陸内でも最大クラスの戦闘力とスケールを誇る守護兵装であった。
しかし、この守護兵装が今まで世に知られることはなかった。それは彼の奥方であるミンティア王妃によって存在を隠されていたためだ。
かつてガイエルを倒し、王となった達良は、二度と悲劇を繰り返さぬための準備に余念がなかった。そのための切り札のひとつが『殺魅・グレートマザー・ジ・エヴォリューション』だ。魔力の川と繋がった守護兵装は、基本的には自国防衛にしか使用できない。だから達良も『殺魅・グレートマザー・ジ・エヴォリューション』は他国へ警戒心を抱かせぬ周囲への配慮にも優れた兵器だと考えていたのだが、妃のミンティアに「警戒されぬわけがなかろうが!? さっさとあの喜々として語っていた大陸弾道弾とやらを外さぬか! 他の大陸まで警戒するわ!」と涙目で怒ったため、達良はやむなくその存在を歴史の闇に葬り去らざるを得なかったのである。
弾道計算ができないから他大陸に実際には飛べないんだよなぁーと達良が一応説明したのだが、フィロン大陸全体はカバーできると当人から事前に自慢げに教えられていたミンティアはまったく聞き入れず、最終的に破壊はせずに非武装状態で封印されることで折り合いがつけられたのだ。それは時代がまだ彼に追いついていなかった頃の話である。なお、今も追いついてはいない。
ともあれ、『殺魅・グレートマザー・ジ・エヴォリューション』が非武装状態での起動であったにも関わらず「あ、全部こいつだけでいいんじゃないかな?」と誰もが思ったほどの活躍したのは周知の事実だ。だから、そんなものが王族の管理にない状態であることにツヴァーラ国王アウディーンが危機感を抱くのは当然のことではあったし、対処をお願いされた達良も起動キーでもある大翼の剣リーンをツヴァーラ王国に譲渡することで同意し、そのため大翼の剣リーンを受け取りにティアラとメフィルスは新世界へと出向いてきていた。
「そのリーンは、剣が認めた相手ならば誰にでも使えますし、神翼の剣にもなりますがその力を発揮するか否かは剣の判断が必要となります」
恐る恐る剣を受け取ったメフィルスに、達良がそう説明をする。
「王族であり、タツヨシ王とミンティアの血を継ぐあなたたちならば剣は協力するでしょうが、剣が認めねば王であっても力を貸すことはないでしょう。それは忘れないでください」
達良がそう言い終えると、メフィルスの横にいたティアラが剣と達良を交互に見ながら訝しげな顔で尋ねた。
「その、タツヨシ様。確かカザネやユミカたちはタツヨシ様より装備を譲渡された際に試練を与えられたと記憶しているのですが……このリーンには必要がないのでしょうか?」
風音は滅びの神剣『アースブレイカー』を、弓花は穢れなき聖女のケープを、ゆっこ姉や直樹たちもそれぞれ達良より譲渡クエストを通じて強力な装備を得ていた。MODで作成されたアイテムの譲渡は、それを手に入れるためのクエストが強制的に設定されてしまうようになっているのだ。だから今回ティアラは、己もその試練を受けるのだろうと意気込んでこの場に来ていたのだが達良は「必要ないよ」と返した。
「その剣は特別だからね。確かに渡しはしたけど、持ち主は君たちじゃない。剣が決め、剣が選ぶ。正確に言えば、その剣の持ち主は剣自身だ。そういう風にできている。済まないけど殺魅が悪魔に使われていたんだ。過ちは繰り返させないためにも、セキュリティはかけさせてもらったよ」
その達良の言葉にティアラとメフィルスは与えられた剣の性質を理解させられる。いずれは王族も道を踏み外すかもしれないし、別の何者かに利用されるかもしれない。その時に裁定するのは剣自身なのだということだ。もっともツヴァーラ王家は代々紅玉獣に選ばれて王となるのだから、その剣の有り様はも元より受け入れられるものではあった。
そして、達良の言葉の『本当の意味を知っている』弓花は、そのやり取りに少しだけ目を細めたが、口を挟もうとはしなかった。
実のところ、弓花はティアラたちが来る前に達良にその剣を見せられていたのだ。そこで風音同様にアストラル体まで嗅ぎ分けられるほどにスキルアップしていた『犬の嗅覚』により、弓花は気付いてしまったのだ。剣に宿っている、もうひとりの『達良の魂』の存在を。
『それでは、しかとお預かりいたします』
「もう差し上げたものです。できれば、ミンティアの霊廟に置いてください。それが剣にとっては一番嬉しいはずですから」
『ハハァアア』
その言葉にメフィルスが盛大に頭を垂れた。感極まっているようである。
(僕の中に宿ったことで人だった頃を思い出したらしいんだ。里心がついちゃったんだよね。いや、単に奥さんのところに戻りたいだけなんだけど。本当に勝手なヤツだけど、気持ちは分かるから……ま、いいかなって。むしろ、いなくなってせいせいするよ)
メフィルスと達良のやり取りを見ながら、弓花は問い詰めた時の達良の言葉を思い出していた。
かつて創世神にまで昇りつめた男の魂は、新しく生まれたもうひとりの己の中へと降臨し、今は剣の中に宿って人としての生涯の多くを過ごした異世界へと戻ろうとしている。そのことに、かつての達良を知る弓花は寂しそうに笑いながら、
(まあ、アンタが選んだ道だものね。好きにしなさいよ)
心の中でそう呟いた。そして、その様子にティアラが首を傾げる。
「ユミカ、どうしたんですの?」
「ううん、なんでも。それよりも今日は夕食、外で食べるわよ。風音2号がなんか高いところ予約してるって言ってたし。いや、あの子も大概散財をどうにかしたほうがいいとは思うけど、今回は扇さんの奢りみたいだしね」
弓花の言った風音2号とは、風音が召喚したもうひとりの風音だ。
彼女はこの新世界で、今は自宅警備員をやっていた。正体不明のロボット工学技術の流出や、謎の武器商人カザーネサマーの暗躍、さらにはたて続けに起きた荒神殺しなどの様々な問題から足がつく可能性を考えて、身内を護るために風音2号は日夜自宅を警備しながらゲーム漬けの日々を送っているのだ。中々にハードな人生だとは本人の弁であり、記憶統合のために三人が揃う風音会議においては常に「お前だけズルい」と非難の矢面に立たされることになるほどの辛い立場でもあった。
「それは楽しみです。それにしてもカザネ、ひとり我が国に常駐して欲しいものですわ」
「3号に頼んでみたら? なんか今忙しいってボヤいてたし、誘ったらホイホイ付いていくかも」
「むぅ。誘ってはみたのですけれどね」
マッカが倒れそうな弓花の提案にティアラがそう返す。その言葉に(あ、誘ったんだ)と弓花は思ったのだが、ティアラは難しい顔で話を進めた。
「あの魔王宣言の一件以来、カザネ3号は神霊化が進んでいるらしくて温泉街からあまり離れられなくなっていると言っておりましたわ。可哀想に」
ミンシアナ王都の魔王宣言の一件で北大陸へと逃げ出した風音1号や新世界にいる2号に代わって、事態の追求をされたのは風音魔法温泉街で領主をしていたゴーレムベースの風音3号であった。
現時点ではもう誤解は解けたものの人々の信仰は逆に高まった結果となったため、天使教の存在もあって神ミュールの懸念していた風音3号の神様化はかなりの段階まで進んでいた。記憶統合ができるようにスキルが更新されてはいたが、今では風音3号のスキル解除もできなくなっているようだった。
「うわ、そこまで進んでるんだ。あいつもあんま自分の弱いとこ話さないし、後で問い詰めとこう。ま、ゆっこ姉が引退して隠居できれば肩代わりも可能だろうって聞いてるし、様子を見るしかないんだろうけどさ」
その弓花の言葉には、ティアラも少しだけ険しい顔をしながら頷いた。
ともあれ、彼女らに今できることがあるわけでもない。それから弓花は風音2号に連絡を取り、迎えの黒いリムジンに乗って風音たちと合流し高級ホテルの最上階貸切での夕食となったのである。
なお、その辺りの手配はすべて扇によるものだ。異世界とはいえ他国の王女を招くとあっては彼も動かないわけには行かず、夕食の場にはかなり疲れた顔をした扇の姿もあったのである。




