第千三十六話 師匠と会おう
◎天帝の塔 中層 広間
「師匠!」
弓花が勢いよくバンッと扉を開いた。
スキル『化生の加護』でスキルセットした『犬の嗅覚』の力により、弓花はジンライの元へとほぼ最短コースで辿り着いていた。そして、匂いの途絶えた扉を開いて中へと入った弓花が見たのは、漂う血臭と、倒れているルイーズに手をかけようとしていたジンライの姿であった。
「師匠、これは一体?」
「ゆ、ユミカか」
弓花の問いにジンライが苦しそうな顔をしながら、ルイーズから手を離した。それからゆっくりと立ち上がり、苦しそうな顔をしながら弓花へと視線を向けた。
「ハッ、ハァ……危ないところだった。お前が声をかけてくれて助かったぞ」
そう言いながらジンライは立ち上がり、ふらふらと弓花の元へと近付いていく。また弓花が周囲を見れば、部屋の中ではメフィルスたちが倒れていた。メカジンライも腹に穴が開いた形で転がっている。その視線に気付いたジンライが、苦い顔をしながら己の黒い右腕を弓花に見せた。その腕には二本の槍が捻じれあったような二つの刃が付いた槍が握られている。
「師匠に……右腕がある?」
弓花が訝しげな視線をジンライに向けると、ジンライが自嘲の笑みを浮かべる。
義手のシンディは倒れているシップーに付いたままだ。それに黒いという以外は本物の腕のようにも見えた。
「みんなを……シップーを、ワシが……ワシがやったのだ、ユミカ」
その言葉に弓花が目を見開いた。対してジンライが苦笑しながら弓花に近付いていく。
「ユミカよ。ワシは今取り憑かれておる。もうひとりのワシには勝った。そう思っておった。けれども、腕に宿っていたあやつの意志は予想外に強力でな。今の消耗したワシでは抑えきれんのだ」
「師匠……」
「ふふふ、そういう顔で見るでない。弟子をこの手で殺めたくはないのだ。だからユミカ、ワシが止めている内に」
そう言って、ジンライが弓花へと手を伸ばす。それはまるで救いを求めるように……
「お前の手で……頼む」
ジンライがさらに一歩を弓花に対して踏み出し、
カンッ
と、金属音のぶつかり合う音がした。
「ぬぅっ」
そしてジンライがうめき声を上げながら、右手の黒い槍を構えながら跳び下がった。その様子を、迷いなく攻撃した弓花が醒めた目で見ている。
「いや、バレバレでしょ? しかもこの気配はエイジね。まだ生きてたわけ?」
弓花の言葉に、ジンライの口から子供の笑い声が漏れる。
『いやいや、気付いたからって迷わず攻撃するとかないでしょ』
「狙ったのは右腕よ。なんだか臭そうだったから」
弓花の言葉にジンライの中にいるエイジが『ゲッ』と声を上げた。あまりにも的確な判断に、ジンライに憑いたエイジが苦笑いを見せながら弓花へと視線を向ける。
『大体ねえ。こっちもお姉ちゃんが生きているなんて聞いてなかったんだけどねぇ。盗み聞きだけど。ま、僕はこの右腕の中にわずかに生きてた魂の一部ってとこだね。本物はとっくに死んでるよ』
ユミカが「なるほど」と頷く。かつてのアモリア王国での戦いでエイジは確かに死んでいたようである。
『それにしても……ハァ。お姉ちゃんもホント良いところを邪魔しに来るよねえ』
その言葉に弓花が眉をひそめると、エイジが倒れているルイーズを見た。その目には欲望の色が宿っている。
『ほらさあ。僕、前までは小さかったし、今憑いてるのは成長した身体でしょ。子供ではもうなくなったから、ルイーズさんで大人の楽しみってのを試そうと思ったんだけど……』
舌なめずりをするエイジをまるで直樹を見るような顔で一瞥してから、弓花がルイーズへと視線を向けると、服が破れて胸がはだけているのが確認できた。つまりつい先ほどのエイジジンライは、ルイーズを殺すつもりではなく、己の欲望を満たそうとしていたのだと弓花は気付く。
「……最低」
『はははは、潔癖症だね。大人なら誰でもすることなんでしょう? あ、弓花のお姉ちゃんは処女か。そうだ。だったらお姉ちゃんで試させてよ。昔から気にはなってたんだよね。興味はあっても、子供の身体じゃあそういうのはできなかったから』
「師匠と……」
『ん?』
「うん……悪くはない」
弓花の顔が少しだけ赤くなる。その予想外の反応にエイジジンライが『は?』という顔をした。対して弓花が真っ直ぐな目でエイジの宿るジンライを見た。もっとも、その瞳に映っているのはエイジではなく、その先にいるであろう本物のジンライだ。
『なんだよ。お姉ちゃん、もしかして師匠のこいつが好きなの』
「ええ、私は師匠が好き。大好き」
エイジの言葉に弓花が迷いなく言葉を返す。
「師匠にそういうことされるなら、うん。そういうの……夢にだって見てるよ」
そう言って笑う弓花の瞳から一筋の涙が溢れた。
「けど、師匠は愛する奥さんがいるの」
その言葉にエイジジンライが震える。それはエイジではない、本来の肉体の主の意思が表面に出たものだ。
「師匠はアンタとは違う。師匠は高潔で、いつだって正しい。だから、別の女の人に目を向けるようなことはないの。奥さんと離れているからって、他の女に手を出すような最低の屑じゃあないのよ!」
『あれ、なんか抵抗が弱くなった?』
エイジは不思議なことにジンライの身体が唐突に軽くなったのを感じた。中の人の心が折れたような気がしたのだ。そのことに気付かない弓花がエイジを睨む。
「だからさっさとそこから出ていってもらえる? 私の師匠は、ルイーズさんに手なんて出さない。大人だし、勢いに任せてどうにかしちゃう人じゃない。ましてや、ヒネたガキなんかお呼びじゃないのよ」
『ふんっ、言うよねえお姉ちゃん。なんだか分からないけど、どんどん身体も軽くなったし、妙に土下座をしたくなったよ。本当にすまないユミカ。こんな師匠ですまない。え、今僕何か言った?』
「キング!」
首を傾げるエイジの言葉を無視して、弓花がゴブリンゴッドキングのキングを呼んだ。そして顕現したキングは「ハッ」と声を上げ、膝を突けて頭を垂れる。そのキングへと弓花はアイテムボックスからセフィロトポーションを三本取り出した。それは弓花がこの決戦に向けて、あちらの世界で生命樹の朝露から造っていたものであった。
「みんな、まだ生きてるわ。これを分けて回復させてきて」
『え、嘘だ?』
何故か無意識に土下座しかかっていたエイジが驚きの顔をする。
「あら、気付かなかったの? じゃあ、師匠が頑張って抵抗したんでしょうね。で、さっきから言ってるでしょ。とっとと私の師匠から出ていって?」
『嫌だよ。そんな冗談聞けないね』
「え、聞けない?」
その次の瞬間、一瞬だけ弓花の瞳に殺意が宿ったのを感じたエイジがビクッと身体を震わせた。それは今度こそ己の感覚だった。本能に訴える恐怖を感じたのだ。だが、エイジは首を横に振って己の気持ちを切り変えると、弓花を睨み返した。
『な、なんだよ。ビビらせるスキルでも使ったの? 卑劣だね。大体、この身体は君の師匠だ。その力を僕は存分に使える。見てよ。ハガスの双牙槍と聖一角獣の槍。ふたりのジンライの力を持つ僕は対人戦ではもう最強みたいなもんなんだよ。分かるでしょ?』
そう口にした今のエイジジンライには両腕がある。そして、左手には聖一角獣の槍を、右手には二本の槍を捻り合わせたような槍を持っていた。さらには黒い右腕から禍々しい赤い水晶が無数に飛び出てくるのも見えた。
『僕を殺したジンライと、風音たちと共に僕を苦しめたジンライ。そのどちらの力も今は僕のものだ。これを使える僕に弟子の君が勝てるわけがないんだよ!』
その言葉に弓花は目を細めて、それから鼻で笑った。
「ああ、『使える』とか……あんた、本当に何も分かってないのね」
『なんだって?』
声を荒げるエイジジンライの前で、弓花はチャイルドストーンを取り出した。
「さあ出番よ、クロマル。聖槍形態。そして、雷火とひとつになりなさい!」
その言葉に反応しチャイルドストーンから銀色の狼クロマルが飛び出してくる。それは狼から槍の形へと変わり、弓花の撓わな胸の合間から飛び出た龍神刀『雷火』と重なると融合していった。
『それは?』
「ほっと。装備の上ではこれで互角かしらね?」
弓花のかつての愛槍シルキーの姿へと変わったクロマルが神力を持つ龍神刀『雷火』とひとつになることで、神槍『ライカクロマル』へと変わったのだ。
そして、もう一本の神槍ムータンからは蛇蝎銀の鎖を外して封印を解くと、最後に弓花は神狼の腕輪の力で獣人の姿へと己を変えて、エイジと向き合った。
「『使いこなす』ことと『使える』ことはまったく別なのだということを教えて上げるわエイジ。ついでに私の師匠も返してもらう!」
「うるさい。お前は僕の弟子なんだろう。弟子なら弟子らしく僕にやられてしまえ!!」
その両者の言葉を合図に、ふたりは一斉に駆け出して、次の瞬間には刃と刃がぶつかり合った。歪な形での師弟対決がここに始まったのである。
名前:由比浜 風音
職業:竜と獣統べる天魔之王(見習い)
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・ハイビーストサモナー・リア王・解放者・守護者
装備:風音の虹杖・ドラグホーントンファー×2・鬼皇の竜鎧・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩(柩に飾るローゼ)・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・アイムの腕輪・白蓄魔器(改)×2・虹のネックレス・虹竜の指輪・金翅鳥の腕輪・プラチナケープ・守護天使の聖金貨・金色の蓄魔器
レベル:66
体力:225+35
魔力:722+950
筋力:162+70
俊敏力:210+80
持久力:109+40
知力:155+10
器用さ:151+10
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』『黄金の黄昏[竜専用]』『ミラーシールド』『ラビットスピード』『フレアミラージュ』『テレポート』『カイザーサンダーバード』
スキル:『見習い解除』『無の理』『技の手[8]』『光輪:Lv2』『進化の手[5]』『キックの悪魔:Lv2』『怒りの波動』『蹴斬波』『爆神掌』『コンセントレーション:Lv3』『ゾーン』『戦士の記憶:Lv2』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚:Lv2』『ゴーレムメーカー:Lv6』『イージスシールド:Lv2』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv3』『フィアボイス:Lv2』『インビジブルナイツ』『タイガーアイ』『Wall Run』『直感:Lv3』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド:Lv3』『情報連携:Lv4』『光学迷彩』『吸血剣』『ハイ・ダッシュ』『竜体化:Lv5[竜系統][飛属]』『リジェネレイト』『魂を砕く刃』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット:Lv4』『より頑丈な歯:Lv2[竜系統]』『水晶化:Lv3[竜系統]』『魔王の威圧:Lv3』『ストーンミノタウロス:Lv2』『メガビーム:Lv3』『真・空間拡張:Lv2』『偽銀生成』『毒爪』『炎球[竜系統]』『キューティクル[竜系統]』『武具創造:黒炎』『食材の目利き:Lv5』『ドラゴンフェロモン[竜系統]』『ブースト』『神猿の剛腕』『二刀流』『オッパイプラス:Lv2』『リビングアーマー』『アラーム』『六刀流』『精神攻撃完全防御』『スパイダーウェブ』『ワイヤーカッター』『柔軟』『魔力吸収:Lv3』『白金体化』『友情タッグ』『戦艦トンファー召喚:Lv2』『カルラ炎』『魔物創造』『ウィングスライサー』『フェザーアタック』『ビースティング』『弾力』『イーグルアイ:Lv2』『ソードレイン:Lv4』『空中跳び[竜系統]』『暴風の加護:Lv2』『最速ゼンラー』『ソルダード流王剣術・極』『タイタンウェーブ:Lv2』『宝石化』『ハウリングボイス:Lv2』『影世界の住人』『知恵の実』『死体ごっこ』『ハイパーバックダッシュ』『ドリル化:Lv3』『毛根殺し』『ハイパータートルネック』『爆裂鉄鋼弾』『ウィングアーム』『Roach Vitality』『黒曜角[竜系統]』『空身[竜系統]』『神の雷:Lv5』『雷神の盾:Lv5』『Inflammable Gas』『神速の着脱』『触手パラダイス:Lv2』『ハイライダー』『リーヴレント化:Lv3』『DXひよこライダー召喚+:Lv5』『ミラーシールド』『由比浜 風音:Lv4』『硬化』『極限耐性』『ダンジョンメーカー:Lv4』『神之眼』『明鏡止水』『お供え物を強要する能力』『後光』『お賽銭箱』『天之岩戸』『ゴーレム守護兵装カザネハート』『共生進化』
風音「うわーウジャウジャ出てきた。そっちはどう?」
弓花「んー、なんというか微妙?」
風音「微妙?」
弓花「私的にはこう、師匠とゴリゴリと戦う予感がしたんだけど……なんか雑魚っぽくて」
風音「???」




