第千十七話 船を護ろう
街の前に突如として出現した二体の巨大な獣、黒岩竜ジーヴェと殲滅魔獣ルビーグリフォン。
それは街の住人や、話には聞いていても実際に見たことはない冒険者や騎士たちにとっては驚愕する光景だった。しかし、その二体の獣たちが人の側の存在であり、悪魔と対峙するために変じた、竜体化したライルと己を核としてルビーグリフォンを召喚したティアラであることを彼らは知っていた。
以前よりもより鱗を厚く刺々しくして凶暴さを増した成竜が吠え、黒と赤の炎でできた最上位の鷲獅子が業火を散らす。その姿は今やウォンバードの街から空へと浮かび上がっている竜船の甲板からでも確認ができた。
「以前よりも随分とゴツくなったなライルのヤツ」
直樹がそう言いながら、神滅竜殺の骸魔王剣でソードレインを操り、迫る飛行型魔物を打ち落としていく。
また空中ではシップーに乗って空を駆けるジンライや、メフィルス率いる炎の鷲獅子騎士団、それにルイーズのライトニングスフィアなどが魔物と対峙しており、飛行能力を持たぬ冒険者たちも各々の遠距離攻撃を用いて、雨あられと敵に攻撃を仕掛けていた。また、竜船に設置された弩弓や魔導機銃なども併せて使用されているようだった。
『ティアラは、自核召喚なんだね』
ハンマーくんの口から轟神砲を出して撃ち放っている風音が、ティアラを見てそう口にした。
自核召喚とは己を核として召喚体を喚び出し操る召喚のことだ。それは、かつてティアラがディアボに強制的にさせられた召喚であり、己自身を核にするというデメリットの代わりに通常の召喚以上の力と制御を召喚体に与えることが可能な術であった。
「術者自身が戦場に出るからリスキーではあるんだけどな。ルビーグリフォンで全力を出すには魔力を使い過ぎるからって、今じゃああの姿で前線で戦うことも多いらしいぜ姉貴」
直樹の言葉に『なるほど』と風音が目を細めて頷いた。
ルビーグリフォンが吐き出す『滅の炎』は、その高い威力と引き換えに莫大な魔力を消費する。滅の炎の一撃で決められるならばそれでも良いが、ここまでのティアラの戦いは己が前線で戦わざるを得ないケースも少なくないほどに厳しいものだったのだろうと風音は理解する。
『ティアラ、ライル。頑張って』
風音はそう言って、それから己の役割に集中する。
まだパーツは取り付け中なのだ。そこを魔物に襲われては最悪竜船が落ちる可能性もある。それを防ぐため、今は竜船の防衛が優先だった。
◎ウォンバードの街近郊 エニマスの森前
『カザネの声が聞こえた?』
『妄想はいいから、ほら来たぞ』
『妄想ではありませんわ』
プンスカという音が聞こえそうに怒るティアラとそれにやれやれと肩をすくめるライルが、獰猛な獣の姿で併走している。その両者に近付いてくるのは焼け焦げて力衰えた魔物たちであり、彼らはそれらを次々と燃やし、切り裂き、弾き飛ばしていた。
『あの王女、本当に容赦ないな』
敵ながら哀れにも感じる状況にライルがそう呟くが、次の瞬間にはひときわ巨大な黒い影が森から飛び出してきた。それは今のライルと同じドラゴンだ。
『ブラックドラゴン、お任せいたしいたしますわ』
『あいよー。どっせいっと』
ライルは慌てずに両手を広げて、迫るブラックドラゴンと組み合った。
ライルの今の身体は15メートル級の成竜だ。迫ってきたのは10メートルに届かぬ下位竜。力の差は歴然。そして、何より彼には頼るべき仲間たちもいた。
『みんな、心臓に雷神の陣だ!』
そう言ってライルがブラックドラゴンの両腕を掴み上げて、『竜の心臓』を狙えるようにした段階で、その場に近付いていたジライドやジン・バハルたちが一斉に雷神槍を放ちトドメを刺した。
そうしている間に、ティアラは膠着状態だったライルに近付こうとしていた魔物たちを炎のブレスで焼き殺していく。
『ルビー。もっともっと燃やしますわよ』
ティアラの言葉にルビーグリフォンが咆哮し、赤と黒の色で染められた炎を目の前の魔物たちへと浴びせていく。それは魔力消費の激しい滅の炎ではないが目の前の魔物相手ならば威力は十分だった。
そしてルビーグリフォンの後に続いてツヴァーラの騎士団も攻撃を仕掛けていく。さらには残りの魔物たちへも冒険者たちが次々と攻撃していた。
すでにゆっこ姉の地雷ゴーレムでその数を半数以上減らし、また生き残ってもそのほとんどが手負いの魔物たちだ。一方で対峙する戦士たちの士気は高い。
だが、当然そのまま戦いに決着がつくわけもなかった。
『ティアラ、来るぞ』
『分かっておりますわ』
黒い気配を感じたふたりは声を掛け合い、共にその場から飛び下がる。
それと同時に、つい今まで彼らがいた大地に突如として黒い影が現れて、黒い影の棘がいくつも飛び出てきた。それを見てライルが眉をひそめる。その攻撃は彼の親友の技に似ていたのだ。
『影が形になった。こりゃ直樹の技に近いか。リヴィアタン・ダークネスみたいなもんか?』
『かもしれませんわね』
二人の蓄積された経験が敵の正体を予測させる。
『こっちの攻撃、通用するかな?』
『我が炎は影さえ焼き尽くす。試してみよ』
弱腰なライルに対して同じ竜の中からジーヴェの声が響くと、ライルは『わーったよ』と言いながら灼熱の炎を吐き出した。
『クッ、焼ける!?』
それに地面の影が素早く避けたが、避けきれぬ部分が燃えて消失していくのが見えた。その様子にライルとティアラが頷きあう。効果があるのは確定。であれば彼らにとっての脅威度は大幅に下がる。
また、ライルたちの前にある地面の影の中から人の形をした影が浮かび上がり、二体の魔獣へと視線を向けて驚きの顔で声を上げた。
『闘竜王にティアラ王女か。何故ここに? すでに帰ったはずではないのか!?』
その言葉を聞いてライルが笑う。はたから見ればそれは巨大なドラゴンが咆哮している姿であり、その声は大地を震わせながら周囲に竜の威圧を振りまいて、今や心なきはずの魔物たちを萎縮させるほどであった。
『はっはっは、おいおい。お前騙されたんじゃねえの? 人んちに聞き耳立ててっからこうなるんだよ』
『……まさか。私が人間に?』
ライルの言葉で彼らの前に現れたフィアロという名の悪魔は理解する。
自分が信奉者から流された偽の情報によってハメられたのだと。そのことにフィアロは全身から黒い怒りのオーラを放出するが、ライルは気にせずフィアロに対して突き進んでいく。
『ティアラ、周囲を頼んだ。アレは俺がやる!』
『見た限り、上位クラスの悪魔ですわよ』
ティアラの言葉にライルが『大丈夫だ』と返す。
『上位クラスならこれまでにも何体か倒してるさ。さあ来い、竜王槍バーンズ。主人の言葉が嘘でないことを証明してみせろ!』
そうライルが叫びながら飛び上がり、右腕から炎を発するとそれはやがて巨大な槍へと変わっていった。
『ドラゴン専用の槍だと?』
『ああ、王様になった祝いにナーガ様から貰ったんだよ。俺専用の槍をな』
それは東の竜の里ゼーガンより賜った竜王の証。己の家名を名付けたその槍を
ライルが一気に影につき刺すと、槍の刃から八方へと炎が撒き散らされ、影を燃やしていく。
『貴様ぁッ』
叫んだフィアロが己の影から黒い棘の山をライルに向けて飛ばしていく。それが突き刺されば、そこからフィアロはライルへと侵食し操ることも可能であるはずだった。だが、それはライルの左手に炎と共に出現した盾によって防がれる。
『!?』
『で、こっちはクロフェ様からの貰い物だ。お前程度の攻撃なんぞ通さねえよ?』
ライルの言葉にフィアロが目を見開かせる。
彼の目の前にいるのは、東西の竜の里が王として認めた存在なのだ。ドラゴンたちは、人でなき姿になったライルが人の技を使うための武具を用意してくれていたのである。
『そんじゃあ、喰らいな。これが俺の必殺の『竜閃』だ!』
そう言ってライルが槍に竜気を込めて突撃する。それは巨大な竜頭のオーラとなって、フィアロ本体である影を破壊し尽くしていく。
『チィ、この場は一旦退いて』
また、攻撃からわずかに逃れたフィアロの一部がその場を逃げ出そうとしたのだが……
『ギャアアアアアアア』
『逃がしませんわよ!』
すぐさま察知したティアラの放った炎で、残りも燃やし尽くされていった。
こうして魔物を大量に呼び出し、ゆっこ姉の地雷によって力を削られ、ライルによって己の大部分を破壊されたフィアロは、最後にティアラの炎によって消滅したのであった。
そして、悪魔の消滅により周囲の魔物の動きが散漫になってきたのを見たライルが槍を掲げて咆哮した。
『敵の大将は討ち取った。続けて雑魚の掃討戦に入るぞ。もう魔物の統制はもう取れてない。ここから先は早い者勝ちだぁあああ!』
新たなる竜王の言葉に戦士たちは勢いが増して、動きが鈍った魔物を次々と仕留めていく。もはや戦いの趨勢は決していた。魔物たちは散りぢりとなりながら狩られていき、それはその場を離れつつある竜船からも確認ができていた。
◎竜船周辺空域
『ふむ。あちらは大丈夫なようであるな』
炎の鷲獅子騎士団と共に黒い魔物を倒していたメフィルスがそう口にしながら最後のワイバーンを仕留めた。
悪魔の支配が消えたことで魔物たちの動きは鈍っており、もう周囲の飛行型の魔物も多くが戦意を喪失しているようだった。
そこにシップーに乗って、空を駆けて戦っているジンライが近付いてきて尋ねる。
「こちらもカタはつきそうですが、メフィルス様はこのままこちらでよろしいので?」
『うむ。あの子は自分の代わりを余に託した』
そう言ってメフィルスが己の胸に手を当てると、ジンライも察知できるほどに強力な魔力が放出された。
今のメフィルスの中には八十階層クラスのチャイルドストーンが宿っているのだ。
それにより召喚体としての不死性の優位は消えたが、代わりに自立性は得た。すべては悪魔との最終決戦のためにである。
『あの子らの未来を失うわけにはいかん。そのためにも余らで世界を救うぞジンライ』
「はっ。必ずや」
そう言い合ったふたりは、周囲にもう魔物がいないのを確認して竜船へと戻っていく。そして、四つの翼を広げた竜船『新大和』はウォンバードの街に背を向けて、北の方角へと向かい始めたのであった。
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