第千八話 始まりの地へ行こう
A級ダンジョン金翅鳥神殿。
その最後である内部の階層を結合した倶利伽羅竜王の塔を一度攻略した彼らにとって、最深層の手前で起きた出来事は決して忘れられるものではなかった。味方であったトールが裏切り、ミナカが奪われ、大量の魔物に襲われた。だが、それも事前に判明していれば対処できぬものではない。
「ふん。仕掛けてくるのが分かっておれば、こんなもの屁でもないわい」
トールにトドメを刺したジンライがそう口にしながら、階段を下りていく。
その場にいるのは白き一団のみ。その他の仲間たちは、魔物の群れとの戦闘である。もはやなき魔物の群れは統制が取れなくなっているようで、同士討ちも始めていたが、その数は多く次々と部屋へと入ってきていた。そして、それらを他のパーティに任せて白き一団は心臓球の間に向かっていた。
「まあ、事前に全部筒抜けなんですから。当然の結果ではありますよね。ハァ、最後の最後で役には立ったかなあ」
弓花がそう言って指にはめたふたつの指輪を見る。どちらも英霊召喚の指輪であった。今、上では魔物の集まったポイントへとダブル召喚された英霊アーチが爆弾特攻で魔物たちを吹き飛ばしているはずだった。グリリンは召喚直後に死んだと思われる。
そのときの様子を思い出して苦笑するジンライが、弓花に尋ねる。
「コーラル神殿でそれらを手に入れた理由は、結局分からなかったな」
「ええ。あそこは神様同様別のルールが働いてる場所だから、まあそういうイレギュラーもあるのかな……とは思いますけど」
2つの英霊召喚の指輪だけではなく、弓花のアイテムボックスの中には帰還の楔もあった。直樹も持っているために、今現在白き一団は帰還の楔をふたつ所持しているのである。もっとも、過去の通りのルートでなければすぐさま戻されるので活用する機会はなかったが。
「うむ。こちらがアクションを起こした場合を除けば、後はほとんど以前の旅のままであったしな」
「そうですね。ええと最初のミュール様に、あとはノーマン様と、ロクテンくんを起動したときは暴走しませんでしたけど、それぐらいですかね」
弓花が思い出しながらそう返す。
東の竜の里ゼーガンで生み出したロクテンくんは以前の通りであれば、大暴走を起こして弓花たちと戦いになるはずだった。けれども一時的に風音が変にはなっていたが、大きな暴走もせず、最初の予定通りの形で終わっていた。
その後に、大暴走した事実に置き換わってはいたのだが、それは確かにおかしな状況だった。
「あのときがもしかすると、そうだったのかもしれないけど」
弓花が悔しそうにそう言う。そのときこそがノーマンのいう起点に準じたものだったのかもしれないと弓花は考えていた。ミュールは通り過ぎないようにと忠告してくれていたのに、それらを生かせなかった己に弓花は腹立たしい気持ちになっていた。
「けど、恐らくですけど……起点は別。チャンスはまだあるはず」
弓花はひとつ予想していることがあった。そしてひとり頷く弓花にジンライが「ユミカよ」と声をかける。
「なんです、師匠?」
「恐らくは、この先でワシらは別れることになるだろう。戦う前に戻されるかもしれんし、そうでなくともワシらはあちらには辿り着けん。その先でお前が死ぬかもしれんのに……ワシは到達できんだろう。だから、まあ夢が覚める最後のときかもしれんので、尋ねておこうと思ってな」
ジンライの言葉に弓花が頷く。目の前のジンライは夢の中の産物なのだと弓花は理解している。こうして、この場で何かを言おうとしているのも、恐らくは己か風音の心のうちから出たものだろうと考えていた。
「ワシはな。この先でお前が死んだことを、ひどく後悔したのだ」
そう口にするジンライの弓花を見る目は、まるでキラキラしている宝物を見ているようでもあった。
最初ジンライはこの場の弓花は夢の存在で、己の願望が形となったものだろうと考えているようだった。ただ、今のジンライの心境は変わっていた。ここまでの夢の旅を経て、死んだ弟子が夢にやってきたのではないかと思うようになっているようだった。
「お前はワシの宝だ」
ハッキリと断言するジンライだが、その表情は苦悩に満ちていた。
「その宝を奪われたワシはこの五ヶ月、復讐の虜になっておったと思う。ワシよりも危うそうに感じたナオキを支えなければと考えなければ、ひとり悪魔と戦い、討ち死んでおったのだろうと思う」
「師匠……」
その真剣なジンライの表情に、弓花の顔も真面目なものに変わる。共にいる他のメンバーも何も口にしない。ジンライの苦悩を彼らも理解していた。
「今もな。ワシは悪魔に怒りを、憎しみを抱いておる。トールなど所詮は小物だ。実際、アレに槍を突き立てたところでなんの感慨も湧かんかった。結局のところ、アレは主義主張もない、ただの愚かな男なのだ。あの程度の男が、お前の死の原因になどなるわけもないと理解しただけだった」
それはジンライの素直な感想だ。ジンライはトールという男を理解していた。
なんの価値もない薄っぺらい雑魚だと。だからこそジンライはトールを敢えて積極的に敵視はしていない。煩わしい虫と同じようだと考えていた。
「だからワシの敵はユキト、悪魔王だろうと考えた。アレを仕留めることだけを考え、己の怒りを内に留めて戦っておった。悪魔の企みを台無しにして、初めてお前を奪われた代価に釣り合うのではないか……とな。ふふ、お前を奪われた憎しみを晴らすためだけにだ。孫やカザネも殺されたというのに薄情な男だよ、ワシは」
「師匠。それでも、私は嬉しいですよ。私のことをそう考えてくれるなら……本当に」
仲間たちには悪いが、それもまた弓花の素直な気持ちであった。
「ありがとうなユミカ。ただ、あちらで人形のカザネが現れ、ワシの心は揺らいだ。これで良いのかとな。この旅もワシの怒りが錆び付いていくのではないかと不安であった。実際にその懸念も間違いではない。お前と接し続けることで、怒りは徐々に溶けてもいるようだ。より大きな実りもあったがな」
「それは私もですよ師匠」
この旅の間、魔物を倒しても経験値こそ入らなかったが、二槍流はジンライの指導のもとで腕を上げていった。
「ああ、そうだな。お前に二槍を教えなかったこと、ワシは心の内では後悔しておったのかもしれん。それがこうした形になったのかもしれぬな。それに、お前のおかげでワシもあのもうひとりのワシに勝つ目処がついた。恐らくは、弟子の有無がアレとワシとの勝敗を分けることになるであろう。全部お前のおかげだ」
その言葉に弓花が「そんなことは」と返そうとする前に、ジンライは話を続けていく。
「そして、こうして夢でお前が現れたのも、最後のチャンスなのだろう。不甲斐ないワシにお前は最後まで尽くしてくれた。であれば、聞きたい。ワシはどうしたら良いと思う?」
率直であった。また、それは弓花が初めて聴いたジンライの弱音であった。
それに対して弓花はジンライの視線をまっすぐに受け止めると、まったく揺らぐことなく言葉を返した。
「私は私のために師匠が死んで欲しいなんて思えません」
「であろうな。お前はそういう子だ」
返ってきた答えはジンライの予想したものだったのだろう。だが続けて弓花は「けど、別に止めませんよ」と重ねて言った。
「ユミカ?」
「ユキトを倒す? 問題ないでしょう。倒しちゃえばいいじゃないですか?」
そう言って弓花が笑う。それは確信している顔であった。己の師がそれを成し遂げると信じている眼であった。それからグッと拳を握って弓花が言う。
「師匠は無敵です。だって私の師匠だもの。ユキトなんてサクッと倒して、悪魔の陰謀なんてサクッと止めてくださいよ。戦いはいつだって命がけですし、今更改めて覚悟することなんてないはずです」
弓花がそこまで口にしてジンライを見ると、ジンライは一瞬惚けた顔になった後「ククッ」と笑った。
「サクッと……な。簡単に言ってくれるが、それがお前の師匠なのだな?」
「ええ、それが私の大好きな師匠の……いや、その、好きってそういうんじゃなくてですね」
ユミカがそう言って照れる前で、ジンライの体が薄くなっていく。その様子にジンライが「おや」と口にするが、どうやら修正が始まったようである。
「師匠?」
「ふむ。駄目らしいな。だが、分かった。そうだったな。ワシはお前の師匠だ。それで良かったのだ。ただ、そうあるべきであった。ああ、夢の中とはいえお前に会えて嬉しかったぞ。最愛の弟子よ」
そう言ってジンライは消えていく。
またそばにいた直樹とライルも消えつつあった。
「ちょっと、兄さん。ただでさえ影薄いのに、実際に消えかけているわよ」
「うるせえよ、お前も似たようなもんだろ」
エミリィの言葉にライルがそう言って口を尖らす。
「たくよ。こっちはこっちで大変なんだぜ。国に戻って優雅なお城生活かと思えば、王様って呼ばれているものの、ひたすらに魔物退治の日々さ。ブッチャケ、ここ数ヶ月は白き一団にいた頃よりも戦ってるんだぜ」
「大変よね。私もすぐ行きたいけど、って……ああ、もうじき行けるんだったっけ。まあ、私は風音の護衛だしね。戻るわけにもいかないんだけど」
エミリィの言葉にライルが肩をすくめる。例え、エミリィがアナザーワールドに戻ろうとこの兄妹の別れは変わらない。ライルはハイヴァーンの王となり、エミリィは神竜皇后の護衛としての未来が待っている。しかし、ふたりは笑って再会の約束を交わし、そしてその場からライルは消えていった。
「俺らもここでか。あっちの姉貴に話してやろうっと」
ついでに直樹もその場で消滅した。直樹は人形の風音がいる分、他の者よりも精神的に余裕があるようだった。それにこっちの夢の風音との生活も楽しんでいるようだった。一番エンジョイしていたのはあの男であったのだ。また、その場にいたタツヨシくんたちももう、この場からは消えていた。いつの間にかオーリも一緒に歩いているし、その場にいるのはもう以前通りのメンバーだった。
「あれ、今みんないたような」
先頭にいた風音が首を傾げながら後ろを見回したが、弓花が近付いてポンッと肩を叩いた。
「風音。みんなは上で戦ってる。私たちも行きましょう」
「うん。そうだね。頑張ろうッ」
風音が再び歩き始め、仲間たちもそれに続く。そして封印門の扉が開き、心臓球の間に辿り着く。その先にいるのは七つの大罪のジルベールとカルラ王だ。それがアナザーワールドでの最後の戦いだった。
◎???
「はっ!?」
弓花の眼が開いた。気が付けば、弓花はどこか暗い場所にいた。
「ここは?」
記憶を辿る。何故己がここにいるのかと。
ジンライたちと別れた弓花は風音たちと共にカルラ王と戦い、元の世界とそっくりな世界に落ちて、以前の通りの道筋を歩んできた。そして、風音が目を覚まさない事態に遭遇し、夢の中に入って……
「そうか。やっぱり繰り返したか」
そう弓花が呟く。それは予想できたことだった。ここはループしているのだ。
どのような道筋を進もうとも修正され、繰り返される。そういう風にこの世界は作られていた。
「もしかしたら、私たちが来る前からかな。だから風音は目覚めなかったんだろうな。そんでここが多分始まりと終わりか」
そう結論付けると、すぐさま弓花は駆けた。意識は覚醒している。以前はこの場で思案している間に風音が入ってきた。だが、今の弓花はここがどこなのかを知っている。
弓花は実のところ、ずっと考えていた。
以前も疑問には思っていたのだが、結果オーライであったために深くは考えなかった。だが、夢の中に入って改めて違和感を感じたのだ。
そう、何故『石の扉が開いていたにも関わらず』ゴブリンは弓花を襲いに来なかったのかという疑問があった。
ゴブリンたちは弓花が中にいることを知っていたはずなのだ。あのとき、弓花は覚悟を決めて戦おうとしていた。そして風音と出会った。ゴブリンではなく、風音とだ。
(外で何かあったんだ。多分、それは)
弓花は開きつつあった石扉をくぐり抜け一気に外に出る。
そこではゴブリンたちが膝をついてうずくまり、怯えていた。そしてその先の草原には、天より伸びた光があった。
「えっと、何してるの?」
一息ついた弓花がゆっくりと歩きながら声をかける。
その光の中にはふたりの風音がいた。
ひとりは目覚めたばかりの頃のタンクトップとハーフパンツ姿の風音で、もうひとりは風音2号の服装を着ていた。また、2号は薄着の風音の足に靴を履かせていた。
「部屋着で靴下だけで歩くと痛そうだと思って。ほい、一丁上がり」
そんな他愛もないことを2号の姿をした風音が言いながら、倒れている風音の足にスニーカーを履かし終えていた。
「そういえば、風音も不思議には思ってたのよね」
部屋の中でゲームをしていたのに、起きたときにはスニーカーを履いていたのだ。その答えは恐らくは目の前で起きている状況そのものなのだろうと「なるほど」と言って納得した弓花が、風音2号の姿をした『誰か』へと視線を向ける。それから「大神ね」と口にした。
「うん、そうだよ弓花」
風音の姿をした『誰か』はそう言って、笑みを浮かべる。
「この状態で会うのは初めてだね。はじめまして弓花。私は大神、この世界そのものだよ」
こうして、このふたりがついに出会ったのであった。
名前:立木 弓花
職業:化生の巫女
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・・解放者・守護者・バーンズ流槍術皆伝・大神の加護受けし者
装備:神槍ムータン・神狼の甲冑・シルフィンブーツ・強奪の魔手・雷飛竜の手袋・英霊召喚の指輪×2・神狼の腕輪・紅蝶のアミュレット・不滅のマント・穢れなき聖女のケープ・龍神の片手斧キング・龍神刀雷火・帰還の楔
レベル:56
体力:299+120
魔力:156
筋力:371+120
俊敏力:314+165
持久力:162
知力:55
器用さ:87
スペル:『胎息』
スキル:『天賦の才:槍:Lv7』『贄の擬魂』『化生の加護:Lv4』『深化:Lv5』『槍術まとめ[>CLICK]』『その他スキルまとめ[>CLICK]』
弓花「……」




