第千四話 神様と会おう
三者がその場で一斉に弓花に爆弾を投げ込もうとした瞬間、石仮面を除くふたりの英霊アーチとグリリンの動きが止まった。
その状況に弓花が訝しげな顔をしつつ、正面の石仮面アーチの爆弾を弾いてすぐさま距離を取った。
(何が起きてるわけ?)
それから弓花が状況を観察すると、血の涙を流しそうな顔をしてアーチたちが弓花を睨んでいた。
「逃げるな卑怯者。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
「ナゼダァア。仇が、グリリンを殺した仇がそこにいるというのに」
「ぐぉおお。グリリン、甘噛みは止めて。その、死んじゃうから」
「グルァアアアアアアア」
「グガァアアアアア」
どうやら本来味方であるはずのふたりと一体は召喚した主を攻撃できない制限に引っかかってしまったようである。残り一体のグリリンは、テイムの支配から逃れて主人の英霊アーチに噛み付いていた。なお、石仮面アーチは普通にヒスっていた。石仮面ジークとはえらい違いであった。
そして、アーチたちがその場で爆発する。石仮面アーチの爆弾は弓花が弾いたが、ふたりの英霊アーチの爆弾は手放されることがなかったために、その場で爆発したのだ。
その状況に弓花が「うわぁ」と口にしていると、腰に差した片手斧から声が聞こえてきた。
『主よ、その……手伝いましょうか?』
「えっと、うん。お願いするわ。キングはあっちの味方の方のアーチたちをテキトーに相手してて。石仮面を倒せば終わるはずだから止めておくだけでいいわ」
『承知』
そう言って出現したキングが龍神の片手斧を掴んで、英霊アーチたちへと向かっていく。それから弓花はチャイルドストーンを取り出すと、続けてクロマルを召喚した。
「そんで、クロマルは聖槍形態。一緒に戦うわよ」
『アウォンッ』
クロマルが嬉しそうに鳴きながら槍へと変わっていく。
槍で戦うときにクロマルは主人である弓花との一体感を感じていた。それは融合したシルキーの刃の記憶によるものでもあり、弓花の闘気を直に受けているためでもあった。
また今回の弓花は普通に二槍で戦うつもりであった。別に神槍にして神気を解放せずとも、ただ槍を振るうだけで十分な相手だ。故に神槍ムータンも今は蛇蝎銀の鎖が巻きつかれたままで、封印も解かれていなかった。
「これはぁああああ、グリリィィイィィィイイインのぶぅぅうううううん!」
「これもぉぉおお、グリリィィイィィィイイインのぶぅぅうううううん!」
対して、石仮面アーチが怨念の篭もった声を発しながらひまわりポコポンとルナティックストライクシールドを弓花には振り回すが、それはカスリもしなかった。当たればさすがにダメージを受けるだろうが、石仮面アーチの動きはまるでなっていなかったのだ。
「ま、レベルは100近くあってもそんなものよね」
石仮面アーチは体力だけはやたらとあるようだが、弓花のゲーム中のプレイヤースキルに合わせたのか、動きが散漫で、まるで素人であった。
全く隠せていない殺気により、攻撃の軌道も弓花は完全に把握している。負ける要素は皆無であった。
その状態に焦りを感じたのか、石仮面アーチは一歩下がって爆弾も取り出したが、次の瞬間には踏み込んだ弓花がその爆弾を弾き、続けて的確に英霊アーチの急所を貫いていく。
「しかし、倒れない。ああもう。厄介ね」
攻撃をしている方である弓花が泣き言を言う。
さすがに人間の姿をしている石仮面アーチへの攻撃に抵抗がないわけではないのだが、それで手を緩めるほど今の弓花は甘い存在ではなかった。
攻撃を避け、無難にダメージを与え、そのまままったく危なげなく体力を削って石仮面アーチに弓花は勝利すると石仮面が口上を口にして壊れ、またキングが押さえていた仲間であるはずの英霊アーチたちは恨めしげな声を上げながら消えていった。
『資格者よ。よくぞ試練を打ち破った』
『これより君は神をも殺すその力を持って、何者にでもなるだろう。あるいは何者にもならぬのであろう』
『我はそれを止めはせぬ。苛烈なる道も怠惰なる道も生も死も、すべては汝等の望むがままに進むが良い』
『我が望むことは汝等が望むがままに生きること』
『この世界は『君達』の世界だ』
なお、告げられた口上は以前と同様のものであった。
それを頭の中で反芻しながら、弓花は「この世界は『君達』の世界……ね」と呟いた。それから座り込んで、天井を見上げる。
「達良が言っていたのは、この世界は私たちの世界ではないってことだったっけ」
弓花は、以前に達良に聞いた説明を思い出していた。
「達良が元の世界に生まれ変わったってのは嘘……神様になって、元の世界と同じ世界を自分で作った。それで私の両親がもう死んでることを黙っているために……風音は嘘をついた」
その事実を弓花はすでに知っている。さすがの弓花も風音と達良の説明がおかしいことには気付いていた。だから弓花は、風音は置いておいて、事情を知っていそうな達良を尋問して聞いていたのである。
そして、英雄王の記憶を受け継いでいるとはいえ、現代っ子である達良に暴力を極めつつある相手の尋問に耐えきれるはずもなかった。達良が辛うじて死守できたのは、世界を生み出した大神が風音を元に生み出された存在であるということぐらいであったのだ。結果として達良はMへの覚醒を果たしつつあったが、それは弓花にとっては些細なことであった。
(この世界のお父さんとお母さんは、もうひとりの私の魂、融合した新世界の方の弓花の両親だ。だから、今は私の両親でもあるけど……元の世界の方は……いや、今はそれを考えても仕方ない)
弓花の中でその結論はすでに出ている。
娘を亡くした己の両親を思えば気持ちも重くなるが、だからこそ新しい世界の両親を大切にしようと弓花は考えていた。その割にはさっさとアナザーワールドに戻ろうともしているのだから親不孝ではあるのだろうと弓花は苦笑するが、それでも己の歩みを止めるつもりもなかった。
「風音が黙ってるつもりなら、まあ……騙されたままでいるのはいいけど。問題なのは、ミュール様の言葉よね」
ここまでの夢の旅の中で弓花は考えていた。ミュールの言葉の意味が何を示すのかをずっと考えてきた。
風音が来てシナリオはキャンセルとなり、あの方の大切なものは失われたとミュールは言っていた。
神の端末であるミュールが信奉する己の本体以外の存在である『あの方』。大神も元は人間だと達良は言っていた。己の魂を凍結しコアとして、やがて巨大な存在となっていったのだという。
では、元の人間は誰だと考えれば……該当する人物など弓花の知る限りひとりしかいない。
そうして弓花は今、山の麓の温泉に浸かっているであろう風音のことを思う。
今、弓花がなんとなく予想していることは、恐らく間違いではないだろうと確信があった。
ひどく毎日が楽しそうだった。やっと待ち望んでいたことに出会えたようなそんな顔をしていた。時折笑いながら泣いているほどに本当に幸せそうな風音の姿をした『あの子』は、どれほどそうした日々を望んでいただろうかと。
ミュールの言葉通りに永遠にも等しい時間を待ち望み、そして今それを手にしたあの子の笑顔を想い……弓花の目からはボロボロと涙が溢れ出て、止まらなくなっていた。
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弓花の想いはどうあれ、旅は続いていく。それは過去をなぞる旅だ。
ジーク王子を連れての黒岩竜ジーヴェとの戦闘は、以前よりも遥かに楽に討伐を終えることができた。
その後にアオたちより依頼を受け、ハガスの心臓を東の竜の里ゼーガンへと配達する任務に就いたのも以前通りだった。
途中のシジルの街で予定通りに直樹が仲間になったが「あっちの姉貴とこっちの姉貴。俺どうすればいいんだよ」とか嘆いていたのが気持ち悪かったので、弓花がぶっ飛ばしていた。
そんな風に旅は続いていく。
そして、弓花にとって重要な局面へと近付いてもいた。
あるいはこの旅の答えを持っているかもしれない相手がリザレクトの街にいるはずなのだ。その相手の名はノーマン。ミュールと同じく神の端末である彼は今、リザレクトの街に滞在している。
だから弓花も風音同様に面会を希望し、それは叶ったのであった。
◎ハイヴァーン公国 リザレクトの街 中央闘技場 最上観客室
「失礼します」
弓花がこの闘技場でもっとも見渡しの良い観客室の中へと入っていく。
そこはVIP中のVIPのみが入ることを赦される、主に王侯貴族が利用しているような部屋だった。決勝戦の前日、ようやく弓花はこの部屋の中にいる人物との面会が許されたのだ。
「ようこそいらっしゃいました弓花さん」
そして、目的の人物はそこにいた。部屋の中にひとり座っていた子供ノーマンが、弓花を手招きして自分と向い側のソファーに座るように促すと、弓花も素直に頷いて真向かいに座った。
「お招きいただき感謝しますノーマン様」
「何。風音さんとは先ほど話しましたし、それであなたとは話さないというのはフェアではないですからね」
その言葉通り、風音とノーマンはすでに出会い話を終えていた。以前の通りであるならば、その際に風音は帰還の楔で世界の間を移動できることを教えられたはずであった。
「それと準々決勝の勝利、おめでとうございます」
「いえ……まあ」
弓花が口ごもる。何しろ、準々決勝の相手はミナカだ。今の己が当時のミナカと戦うのはさすがに差があり過ぎたと感じたようだが、ノーマンは「気にすることはありませんよ」と返す。
「全力を出さぬことこそ、失礼にあたるというもの。そういう意味では、『前回とは違い』、ちゃんとやれたんじゃないですか?」
その言葉に弓花が眉をひそめる。
「ノーマン様、あなたは……もしかして知っている?」
「神という存在は夢に耐性があるものなのですが、まあ種を明かせば、今回はミュールから聞いたんですよ。ここは夢のようだとね」
そう言ってノーマンが腕を組んで弓花を見た。
「それで、何か聞きたいことがあるのでしょう? 夢を渡る異邦人さん。私が答えられることならば、答えましょう」
名前:立木 弓花
職業:化生の巫女
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・・解放者・守護者・バーンズ流槍術皆伝
装備:神槍ムータン・神狼の甲冑・シルフィンブーツ・強奪の魔手・雷飛竜の手袋・英霊召喚の指輪×2・神狼の腕輪・紅蝶のアミュレット・不滅のマント・穢れなき聖女のケープ・龍神の片手斧キング・龍神刀雷火・帰還の楔
レベル:56
体力:299+120
魔力:156
筋力:371+120
俊敏力:314+165
持久力:162
知力:55
器用さ:87
スペル:『調息』
スキル:『天賦の才:槍:Lv7』『贄の擬魂』『化生の加護:Lv4』『深化:Lv5』『槍術まとめ[>CLICK]』『その他スキルまとめ[>CLICK]』
弓花「うーん。やっぱり……そういうことかなぁ」