第九百九十八話 神様に睨まれよう
◎コンラッドの街
「それじゃあ俺らは診療所に行くからここらでお別れだぁな」
「ユミカもカザネもね。あ、宿屋にいけばまた会えるのかな?」
そう言って親方とモンドリーの乗った馬車が弓花たちの前を通り過ぎて行く。そして、弓花の横にいる風音が「いやー、弓花がいてくれて本当に助かったよ」と口にした。
それに弓花は「あはは」と笑って返すが、頭の中はまだ混乱状態だ。
(いや、どういうことなのかしら。これ?)
弓花が空を見上げながら考える。
自分は先ほどまで東京のアキハバラスカイツリーの地下にいたはずだった。そこで意識不明になった風音を助けに夢を通して心の内側に入ったら、アナザーワールドに来た最初の頃に戻ったのである。
また、以前のようにシグナ遺跡に入ってきた風音は以前のままの風音であり、自分たちと旅をしてきた記憶もなかった。
(一応、前の通りに進んではみたけど……)
弓花はここに至るまでをおおよそ過去の記憶通りになぞってこのコンラッドの街まで辿り着いていた。ズレることで何かがおかしくなるのを嫌ったのだ。
もっとも、弓花の装備もステータスもその当時のものに戻っているわけではなく、いわゆる強くてニューゲームに近い状態だ。
(そんで、以前のように爆炎球でゴブリンを倒して、レイダードッグから親方たちを助けて、コンラッドの街まで辿り着いたわけでしょ。後は、ひとまず冒険者ギルドかな? にしても風音も全然疑ってないわね)
弓花は己の言動が相当変だった自覚があるのだが、対して風音は特に気にした様子もない。むしろ、以前のときよりも陽気で、どこか楽しんでいる感じがあった。
(後は……時間の感覚がおかしい?)
そう考えるしかない奇妙な感覚も弓花は感じていた。シグナ遺跡から徒歩で進み、途中で親方の馬車に乗っていたという認識はある。だが、実際に歩いた記憶がスッポリと抜け落ちているのだ。いや、かつての記憶がピースとして収まったような感覚があった。一方で魔物との戦いは……というと、鮮明に記憶に残っていた。
(まるで夢の中みたいな……いや、夢か。そうだ。夢だったわ)
達良が言っていたはずだ。自分の力は夢を渡る能力なのだと。
(となれば、ここは夢の中か。風音は過去の夢を見てるってことなの?)
そう考えれば、この奇妙な世界にも納得がいくような気がした。
「どったの弓花?」
「え、ううん。何でもないわ。ちょっと、状況を整理してただけよ」
「ふーん。それにしても、いいよね。弓花のその装備。結構、こっちで頑張ってたんでしょ。ゲームでだって相当やりこんでないと無理めな感じのものばかりっぽいし」
その言葉に弓花が笑う。確かにこちらの世界で弓花は頑張ってきた。いつだってチンチクリンと共にだ。それから弓花が風音の肩を叩いて言う。
「ま、あんただって、そのうち手に入るわよ。ちゃんと進めていけば、きっとね」
「うん、そうだね。頑張ろう」
風音が鼻息荒くして拳を握ったとこで「で、弓花」と口にした。
「そういう装備を持って依頼を受けたってことはさ。冒険者ギルドは存在していて、ゲームとそれほどの違いはないのかな?」
懐かしい問いかけに、弓花は以前のように言葉を返す。
「うん、あまりないわね。そんじゃあ、ひとまずは冒険者ギルドに行ってみる? ギルドの登録はすぐできるわよ」
「そうだね。あ、けど。この服じゃあちょっと」
風音が自分の格好を見ながら言う。今の風音はタンクトップにハーフパンツ姿であった。
この世界的にしてみれば、見た目子供だし、露出度的にもそれほどおかしいわけでもないのだが、確かに以前も風音は気にしてたなと弓花は思い、それから市場に行って以前と同じような服を買い与えるとそのまま冒険者ギルドへと向かっていった。
そして、風音に冒険者ギルドカードを登録させて外に出ようとしたところで、弓花は入り口の横でこちらを見ている妙な雰囲気の少女を発見したのだ。
◎コンラッドの街 冒険者ギルド事務所
「え……と、神様ですよね? 神人の方の」
「へえ。分かるんだ?」
弓花がそこにいた少女に少しだけ訝しげな目をしながら言葉をかけると、少女は微笑んだ。
一方で風音は「外で待ってるよ」と口にして事務所を出ていく。その様子に弓花が少し眉をひそめてから、何かに気付いた顔で少女に話しかける。
「神気を放っていれば、すぐ分かりますよ。それにこれは認識阻害の術ですね?」
「そうだね。ここ六百年はこの姿で生きてるから、その間に習得したんだよ。我が本体は何も力を与えてはくれないからね」
そう言って少女は肩をすくめる。神人、或いはコミュニケーターなどと呼ばれる存在は原則的に特別な力は持たない。ただし、普通の人間のように己自身で習得したものに関してはその限りではないのだ。それは菊那にしても同じで、対してノーマンが大した力を持たぬのは性格差によるところが大きかった。
「それにしても、これは恐ろしい存在になったものだ。うん、大体理解した。ひとまず自己紹介を。僕の名はミュールだ。名前ぐらいは聞いたことがあるだろう?」
「は、はい。ミュールはミンシアナ王国一帯を守護する神ですね。私は弓花です」
「うん。知ってる。僕は君たちを見にここにいたんだからね」
にこやかな顔でミュールが言葉を返す。
「それで、ミュール様がなぜ私たちに?」
分からないのは今この場にミュールがいるということだ。少なくとも、弓花はこの場でミュールに会った記憶はない。けれども、この場が現実を再現した夢であるならば、別の答えも頭に浮かぶ。
「いや……まさか、あのときにもいたんですか? こうして?」
「察しがいいようだね。ふぅん。まあ僕も予測することしかできないのだけれど、おそらく君は過去にこの場面を体験した……ということだね。今の状態からそこまでの成長した時間を破棄して過去に戻るエネルギーを得るには星を代価にしても足りないだろうし。だから、恐らくこの場は過去を再現したものだ。僕も本体との接続がぼやかされてるし、つまりは今の僕自身も作られた存在ということじゃないかな?」
スラリと言うミュールに弓花が驚きの顔で「本人ではない?」と尋ねる。
「うん。僕が神本体ではないのは君も知っての通りだけど、それとは別に、この僕自身が恐らく夢の産物のようだ。過去の事例を考えれば、予想は付くよ。君は違うようだけどね」
その言葉に呆気に取られている弓花に、ミュールは言葉を重ねていく。
「これが君の夢なのかは分からないけど、ただ僕は認識阻害の術を使ってるからね。目には映っても気付かなかったはず……でもそれは、認識しなかっただけで見えてなかったわけじゃあない。記憶の片隅には残っているのさ。だから、多分現れたんだ」
「風音のスキルを考えると分かります。確かに認識阻害なら、当時の私じゃあ察することもできなかったはず」
駆け出し冒険者の自分がインビジブルの系統の術を突破できるとは弓花も思わない。風音が『直感』を手に入れても微妙なところだろう。それほどにミュールの術の綻びは少なかった。弓花も神気を感じていなければ、そのままスルーしていたかもしれないほどに。
「けれど、ミュール様がこの場にいた理由が分かりません。私たちを見ていたっていうのもどういうわけで」
「それの理由は簡単だよ。ほら、これだ」
「クエストの……依頼書って、ああ!?」
その依頼書に書かれている内容がシグナ遺跡の探索であることに弓花は気付いた。それは、ギルド受付嬢のプランも依頼人については覚えていないクエストだったはずだ。
「そうか。あのとき、プランさんが依頼人のことを覚えていなかったのって……認識阻害の術で、自分の姿を意識させずに依頼だけを」
「うん。そうだよ。クエストだもの。別に突然湧いて出たわけじゃあないし、どこかしらから人の手が介在しているのは当然だよね。あ、僕は人というか神様の一種だけどさ」
あははと笑うとミュールに困惑しながら弓花が尋ねる。
「けど。なんで、そんなことを?」
「そりゃあ、ちょっと頼まれてたからだよ。ああ、誰からなんて間抜けなことは聞かないでくれよ? 答えを口にするつもりはない。ただね。本来であれば、最後のはずだったプレイヤーである君にだけは、おおよそゲーム通りのシナリオが用意されてるはずだったんだよ」
「最後のプレイヤーって……でも風音は?」
風音は弓花の一週間後に、こちらの世界にきたのだ。であれば、仮に最後だとしてもそれは弓花ではなく風音のはずだと考えたのだが、それにミュールが少しだけ面白くなさそうな顔をしながら「最後だったはずなんだよ」と口にした。
「最後の異邦人たる弓花の英雄譚。それは、よくできた物語になるはずだった。けれど、不甲斐ない君は死にそうになったから、これはいけないってことになってね」
死にそう……というのが、シグナ遺跡でゴブリンに殺されそうになったことなのは弓花にもすぐに分かった。あのまま風音が来なければ弓花が生き残れた可能性はゼロに近い。ただ、問題なのは誰にとって『いけない』ことだったのかということだ。
それからミュールが風音へと視線を向ける。
「あの子が来て、そのシナリオはキャンセルになった。予定が変更されて筋書きはなくなった。多分、君の今の状況はそこから続いた先の未来のどこかで起きた事象なんじゃないかな」
「ええ、私は……風音と一緒に旅をしてここにいます。今も私たちは」
「だから、 僕は君が気に入らない」
「え?」
会話を遮る、唐突な敵意ある言葉に弓花が戸惑いの顔を見せる。
「そのせいであの方の最も大事なものは失われたんだ。もう二度と戻ることはない。それはこの夢でなくともそうなっているはずだ。多分、それが誰にとっても最善なことは分かっているけれども……それでも、今の君を見ていると僕は八つ当たりしたくなる」
「どういうことです、それ?」
弓花は目の前のミュールが何を言いたいのかが、まったく分からない。
その様子にミュールは目を細めて少しだけ歪んだ笑みを浮かべる。
「本体はともかく、神人である僕らには人間的な思考がある。いわば、あの方の信奉者なんだよ、僕達は」
そう言ってから、ミュールはスッと入り口の外へと出て行こうとする。その背に弓花が「あの……」と声をかける。
「まだ何も聞けていないんですが、ミュール様? あの、どちらに?」
「さてね。夢の中だ。多分観測されなくなった時点で消えると思うよ。けど、僕は君とは一緒にいたくないみたいだ。君が悪いわけじゃあないけど、八つ当たりをしたくなるから僕が君の前から消えるしかない。多分だけれど、僕が実際に君の前に出てこなかったのもそういう理由なんだと思う」
その言葉にさらに戸惑いの顔を見せる弓花に、ミュールが少しばかりバツの悪そうな顔をしながら頭をかいた。
「ま、一応神様らしく忠告だけはしておくよ。何かを探しているのなら通り過ぎていないかを注意した方がいい。夢の中だ。なんでもありに思えて、ここは夢の主のロジックによって構築されている。恐らくは鍵があるとすれば、何かしらの意味があるもののはずだ」
「鍵……」
言葉を反芻する弓花に、ミュールが手を挙げて去っていく。
「うん。それじゃあ、せいぜい人生を楽しく生きておくれよ。人並みの幸せでいいんだ。孫にでも囲まれて笑ってくたばってくれればそれでいい。誰にでもできる普通の死に様だろう?」
「孫って……随分と未来の話ですよね?」
今の弓花が天寿を全うするのは、百年以上も先の話だ。だがミュールは「僕たちにしてみれば、一瞬先の未来だよ」と返した。
「あの方は、ただその刹那の一瞬のためだけに永遠にも等しい時間を生きてきた。だから君にはその義務がある。あの方のそのささやかな願いですら潰すようなら、僕は君を許さないから。それは覚えておくように……ね」
そう言って、そのままミュールはその場から去っていった。
それから弓花は今の言葉を頭の中で何度となく考えたが、答えは出なかった。何を怒っていたのかも分からない。ただ外で待つ風音のお腹がグーッと鳴いたのを聞こえると、弓花は少しだけ苦笑してから一旦考えることを止めて、それから市場の屋台へと向かい始めたのであった。
名前:立木 弓花
職業:化生の巫女
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー・・解放者・守護者・バーンズ流槍術皆伝
装備:神槍ムータン・神狼の甲冑・シルフィンブーツ・強奪の魔手・雷飛竜の手袋・英霊召喚の指輪・神狼の腕輪・紅蝶のアミュレット・不滅のマント・穢れなき聖女のケープ・龍神の片手斧キング・龍神刀雷火
レベル:56
体力:299+120
魔力:156
筋力:371+120
俊敏力:314+165
持久力:162
知力:55
器用さ:87
スペル:『調息』
スキル:『天賦の才:槍:Lv7』『贄の擬魂』『化生の加護:Lv4』『深化:Lv5』『槍術まとめ[>CLICK]』『その他スキルまとめ[>CLICK]』
弓花「うーん。私って神様に嫌われてたの? なんで?」




