第九百八十五話 内職をしよう
◎レイヴェル亡国領
『にしても、なんか陰気な土地だねえ』
風音がそう言って周囲を見渡した。
ヨハンたちと合流して移動してからすでに一日が過ぎ、現在の彼らは敵の待ち伏せを避けるために街道沿いを避けて森の中を移動していた。
『幽霊とか出そうな空気……というか、実際に出るんだけどさ』
「何を当たり前のことを言ってんだよ、お前は?」
ギャオが首を傾げながらそう返す。
この世界ではゴーストも立派な魔物だ。争いごとと無縁な街の人間ならともかく、冒険者にとってゴーストは倒すべき魔物でしかない。もっとも苦手とする者も少なくはない魔物でもあるのだが、ギャオはそうしたタイプでは当然無かった。
『私は繊細なんだよ。ヨハンさん、このまま真っ直ぐでいいんだよね?』
『うん。そうだね』
併走しているヨハンが頷く。
暗い森の中の移動ではあるのだが、ヨハンは事前に亡国領全体の地図をウィンドウのマップに入れている。なので今いる場所がどこか分からない……ということはなかった。
『じゃあ、このまま進み続けるにしても……なんか、怖いなぁ。直感とかなくなってるから、尚更ビビりやすくなってるせいかなぁ』
森の奥など大抵は薄暗く恐ろしいものではあるのだが、この場はさらに澱んだ空気が漂っているように風音には感じられていた。その様子にジンライが「ふむ」と唸る。
「この地は、国を滅ぼされた民たちの怨念が今も染み付き、生者を阻んでおるという話ではあったな。となれば、そうした土地柄なのも仕方のないことなのかもしれん」
『かつて何度か、この地を治めようとした国もあったようですけどね。そのことごとくが不審な死や不幸な事故、それに疫病などにやられて断念しているって聞いているし、危険なところであるのは間違いないね』
ヨハンの言葉を聞いてジローがブルッと震えた。
「何しろ、この大陸でも有数の呪われた土地だからなぁ。気付いたら俺ら呪われてたりしないか?」
「ま、今のところは大丈夫だと思うわよ。そっちの方面のエキスパートであるヨハンもいるし、呪われたらすぐに浄化はしてもらえるしね。それにあのシュミ山の頂上が悪魔たちの根城ってのが事実なら、そもそも妨害したのは悪魔たちなのかもしれないけど」
マーゴの言葉に『確かにその可能性は高いだろうね』とヨハンが頷く。
相手は七百年前からここを根城としている相手なのだ。ここまでの長きに渡って彼らがこの土地への進入を拒み続けていた……という予測は十分にありそうではあった。
『けれど、この地が澱んでいるのも事実。正直、どれだけの時間をかけて浄化すればよいものやらという感じだよ。悪魔との戦いが終わったら、しっかりと対処していかないと』
ヨハンがため息をつきながらそう答えた。
どうやら、悪魔との戦いの後もヨハンはここで浄化作業を続けるつもりのようだった。
「あ、あの。カザネ……様?」
そして、そんな話をしながら一行がさらに先に進んでいくと、不意に背後から声がかけられた。
風音が『何?』と言って後ろへ振り向くと、声をかけてきたのはハイヴァーンの騎士団長であった。
「あの、実は……」
団長がさっとチャイルドストーンを取り出して風音に見せた。
『む、団長さんってチャイルドストーンの召喚者だったんだ。けど、こっから竜気が出てるってことは団長さん、ドラゴンを召喚できる人なわけ?』
「はっ。ハイヴァーン王国ラザーレ騎士団、モア・ラザーレであります。こちらは私の騎竜のラッツァであります。私は召喚竜を駆る竜騎士なのです」
ビシッとモアが馬上で敬礼する。
『モアさんは代々、召喚騎竜と共に竜騎士をしている家系なんだって。ハイヴァーンでも珍しいけど、こういう役回りではすごく活躍してるらしいね』
「お褒めに与り光栄です」
ヨハンの説明にモアがまた敬礼をした。
ドラゴンという種はそもそもが巨大な体躯をしており、こうした目立つことを好まない任務では使い辛いものなのだ。だがモアのようにドラゴンを召喚するタイプの竜騎士ならば、適切な状況で呼び出し戦うことができる。そうした柔軟な対応が可能なモアはハイヴァーン王国内でも重宝されている存在であった。
そのモアが、風音に尋ねる。
「不躾で申し訳ありませんが、このラッツァがナーガ様の気配を感じると言っており……少々気になったものでして」
『ん? ああ。そりゃあ、これだね』
風音がそう言って両手にそれぞれはめた指輪を見せる。
「それは?」
モアがそれを見ると、風音が指輪に力を込めて、元の小さな剣と盾へと戻した。
「ぉぉおおおおッ」
その様子に騎士団たちがざわめく。
彼らは竜騎士ではないが、その武具から強烈な竜気を感じたのだ。それはハイヴァーンの騎竜とは比べものにならないほどの濃密な竜気であった。
その力を発している剣と盾を持ち上げながら風音が言う。
『これは、だん……ナーガ様自身の角などから生み出してくれた武具だよ。今の私は以前よりも力がないから、ナーガ様が造ってくれたんだよね』
「へぇ。売ったらメッチャ高そうだな」
「止めろよギャオ。金額になんてできないよ、多分」
騎士団たちがキッと睨んだのを見て、恐る恐るジローがギャオに注意をする。それに風音も剣と盾を再び指輪に戻すと『絶対に売る気はないからね』と返した。
『盾は強力なバリアを張れるし、剣も斬撃を飛ばしたり、赤い雷を放てるから、戦力としては大したものだと思うよ』
なお、赤い雷は雷に見えるだけで、ナーガの神気の塊であり無属性の攻撃であった。盾にしても闇を除いた七属性の力であれば、ほとんどシャットアウトできる防御力を秘めている。
「お前の魔力量と会わせれば鬼に金棒というわけだな」
そのギュネスの言葉に風音が少しばかり「うーん」と考えてから頷いた。確かに戦闘力は向上した。だが、決め手に欠けるために、風音は十分とは思っていないようだった。
『戦闘力としては、後はこっちのハンマーくんの轟神砲があるけど、弾が今はなくてねえ』
風音がハンマーくんの口を開かせて、中から轟神砲の砲身を出すと、ジンライが「ほぉ」と興味深そうに視線を向けた。
「なかなかに良い無骨さだな。その砲身すべてから弾が出るわけか?」
『いや、それが違うんだなあ。これが』
風音が首を横に振り、ジンライが首を傾げる。
『まあ、後で見せるよ。威力は雷神砲よりは低いし、死霊系だとあまり役には立たなさそうなんだけどね』
「なるほど。よく分からんが、後で見せてもらおう」
ジンライが頷くと、それから周囲を見渡す。森の中なので分かり辛いが、すでに日が見えなくなり始めていた。
「ふむ。そろそろ危険な時間帯だな。一度、このあたりで休息をとり、シュミ山へと辿り着くのは明日にするか」
このレイヴェル亡国領では特に夜は魔物の活性化が激しく、動き回るのは危険だ。そして、ジンライの提案に全員が頷くと、本日はその場で野営となったのである。
◎レイヴェル亡国領 シュミ山近隣の森
『やはり眠らなくても平気か』
ボソリと風音が呟いた。
すでに時間は真夜中。ハンマーくんを降りて夜の見張りをしている風音はその場で作業をしながら、周辺の警戒に当たっていた。
「カザネ、お前は休憩しなくていいのか?」
一緒の見張りをしているジローの言葉に、風音は「平気みたい」と返す。
『人間の習性として眠ろうとする感じはあるんだけど、特に必要というわけでもなさそうなんだよね。まあ、今検証中なんだけど』
「そういうもんかな。まあ、無理してないなら良いんけどさ。そんでそれは何をしてるんだよ?」
そのジローの問いに風音が「ほいっ」と造ったモノを摘まんで見せた。それは金属の弾丸だった。
『さっきの轟神砲用の弾丸を造ってるんだよ。工房から鋼鉄のインゴットを纏めて不思議な袋に入れて持ってきてるからね。このままだと死霊相手にゃ効果はないけど、ヨハンさんに浄めてもらえばそれもなんとかなりそうだし』
「へぇ」
ジローが、風音のゴーレムの力でインゴットが次々と弾丸に変わっていくのを興味深そうに見ている。
轟神砲は基本的な構造は雷神砲と同じで火薬を必要とせず、規格にあった形状をしている弾丸ならばなんでも飛ばすことが可能なガバガバ兵器だ。そのため、今の風音のように形だけを整えていれば、使用することができるのであった。
「ジンライさんも雷神砲用の砲弾をバトロイ工房に大量に頼んでたなぁ。今も結構な量を持ってるみたいだけど」
『備えあれば憂いなしだね。今の私には力が足りないから、準備だけはしっかりしておかないと』
「ああ、今はゴーレムメーカーしか使えないんだっけ?」
『うん』
「けど、元々はあんだけ色んなことができてたんだから、他のこともできて良さそうなもんだけどな」
そう口にするジローに風音が肩をすくめる。
『ゴーレムメーカーは以前から随分と使ってたし、ゴーレム魔術のグリモアを造ってたから原理も把握してるんだよね。その上に、このゴーレムの身体もあって使えてるわけだけど……うーん。他のスキルかぁ』
話している途中で風音が(おや?)という顔をし始めた。何か見落としがあるように感じられたのだ。
(ええと、ゴーレムメーカーはスキルレベル6。あるいはそのレベルが習熟度だとすれば……続いてスキルレベルが高いのは竜体化の5だったよね。だったら……けど、今の私は竜気を持っていないからどのみち)
そう考えた後、風音はゆっくりと己の指を見た。
(いや、ないならあるところから持ってくれば……?)
はめられている指輪。そこに風音が新たに力を手に入れるためのヒントがあった。
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