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人外領域

◎ウォンバードの街近隣 草原


『潰しなさいフレイムゴーレム!』


 まるで壁のように連なる魔物の中を、炎に包まれた岩でできた巨人が暴れていた。それは次から次へと迫る魔物をその拳で殴り、踏み潰していく。

 その内より発生させた凄まじい量の魔力で生み出した炎を巻き上げながら、その炎の巨人は徒手空拳で魔物を倒していく。そして、対峙する魔物たちは攻撃どころか近付けもしなかった。弱い魔物はソレと接触するだけでも焼かれて死ぬのだ。

 その巨人は存在そのものが彼らにとって死に等しかったが、魔物たちは止まれない。巨大なうねりとなって突き進む彼らは背後から迫る群れに押し出されて足を止められず、炎と岩の壁へと突撃していくしかなかった。

 またその死の行軍デスマーチの左右へと騎士団や冒険者たちが勢いよく攻め入っており、あまりの一方的な戦いにそれはもはや屠殺場のようですらあった。


 そうして、ウォンバードの街に迫る獣海は瞬く間に崩れていき、夜にさしかかる前には掃討は完了したのであった。



◎ウォンバードの街 ロイロホテル前


『ふぅ。今日も一日、頑張ったわね』


 巨大なゴーレムの中からそんな呟きが漏れた。

 この場は商業区の一歩手前。こんな街の中心に5メートルもある巨大なゴーレムがいれば警護兵がやってきそうなものではあるが、それを見咎める者はなく、むしろ周囲からは歓声が上がっていた。何しろそのゴーレムは街を救った英雄だ。そして、それはフレイムゴーレムと呼ばれており、中にいる人物は仮面の女王ユーコーを名乗る謎の冒険者であった。

 彼女はつい先ほど獣海を食い止めて街へと凱旋し、ようやく宿泊しているホテルの前まで戻ってきたのである。


「お疲れさまです」

『ありがとう。そのまま行くわね』


 ホテルの入り口で出迎えた受付嬢にユーコーがそう返すと、そのままフレイムゴーレムを浮かせて最上階へと向かっていく。

 それがフライの魔術であることは目ざとい者ならば分かるだろうし、ミンシアナ王家が厳重に管理しているグリモアフィールドでのみ習得できる魔術であることも一部では知られていた。

 そして、フレイムゴーレムが最上階のバルコニーに辿り着くとゴーレムの身体が開き、その中から女性が一人出てきたのである。


「ああ、外の空気が美味しいわね。移住環境は念入りに整えたとは云え、中狭いし」


 そう口にした女性は仮面の女王ユーコーを名乗ってはいるが、その正体は今も王都で各地の魔物の動きに対処しているはずのミンシアナ女王、すなわちゆっこ姉であった。

 またゆっこ姉が出てきたゴーレムの内部には整えられた小部屋と共に大量の大型蓄魔器が並んでもいて、それらは魔導線を通じてゆっこ姉の腕輪や首輪と結びついていた。

 それは魔力総量50000という膨大な魔力量を溜めるための装置であった。そして、ゆっこ姉が魔力を溜めながら活動するために用意されたのが、心臓球動力のフレイムゴーレムであったのだ。


「まったく。こうしてホテルでノンビリできるのもルイーズさんのおかげね。後でお礼言っとかないと」


 現状の己の所在を知られるのは対外的によろしくない立場にあるゆっこ姉である。その言葉は、まさしく心から出たものだった。何しろ、この数ヶ月のほとんどを彼女はフレイムゴーレムの中で過ごしてきたのだ。

 フレイムゴーレムは炎王岩石と呼ばれる魔力を吸収し炎を発する鉱物でできていて、その内部にはマッスルクレイが仕込まれ、心臓球という膨大な出力の動力を備えている。

 彼女はその中にいずれ使うための魔力を大量に温存するための蓄魔器を仕込んでおり、装備していないと魔力が放出されていく仕様によりゴーレムから離れることができなかったのだ。

 だから、このゴーレムも入ることを許可したホテルは非常にありがたかった。そして、それを可能とさせたのはこのホテルのオーナーであるシャラシャと友人だったルイーズの口添えである。

 また、そのシャラシャという老婆はゆっこ姉が女王であるとも気付いているようだが、特には何も口に出すこともなく、こうしてゆっこ姉が久方ぶりの外の生活をエンジョイできる環境を用意してくれていた。魔導線という紐付きではあるが。


「お疲れのようだね、ゆっこ姉」


 それからゆっこ姉は少しふらつく足取りでベランダから部屋の中へと入ると、それを出迎えたのは達良だった。


「うん。疲れたわよ達良ちゃん。もうクタクタ」


 ゆっこ姉がそう言って笑いながらソファーにもたれ掛かる。その達良はもちろん本物ではなく、譲渡クエストのナビゲーションである達良コピーであった。


「とは言っても私はあまり魔力も使ってないんだけどね」

「ゴーレムの操作だけでも集中力はいるよ」

「ありがとう達良ちゃん。あなただけね。私に優しい言葉をかけてくれるのは」

「そうかな。けれど、達良というパーソナルからくる反射の言葉だから、真に受けるのは危険だよ」


 達良コピーからの忠告の言葉が返ってくる。

 目の前にいるのはあくまでクエスト用のナビゲーションなのだ。実際に達良の人格がそこにあるわけではなかった。

 とはいえ、今のゆっこ姉の精神状態を支えるにはそうした者も必要ではあったのだ。

 彼女はすべての状況をクリアするため、風音の代わりとなるべく高位のゴーレム魔術と転移魔術を習得して、己自身を戦力として使って国内の獣海に対処し、悪魔との戦いがあれば参戦し、プレイヤーであるカンナのメールを通して影武者のイリアを女王として指示し、さらには自らを最強の兵器とするための準備も行っていた。


「言わなくても分かっているわよ。それよりも達良ちゃん。今朝の直樹からのメール、獣海の連絡のせいで聞けなかったけど……あれってもしかして頭がおかしくなったのかしら」


 ゆっこ姉の言う直樹からのメールとは「姉貴がやってきた」というものだった。

 なんでもカザネ魔法温泉街の風音ちゃん人形の中で風音が目覚めて動き出し、今も一緒に行動しているとのことだった。


「さすがに直樹も疲れてるんだろうね。まあ、心の病というのは怖いから、さりげなく周囲からフォローしておいた方がよいとは思うよ」

「そうね。それはヨハンにお願いするわ」


 ゆっこ姉がそう返す。

 現在、直樹たちはレイヴェル亡国領にあるシュミ山に向かっているはずなのだ。また合流した先にはプレイヤーであり、死霊王であり、浄化魔術のエキスパートでもあるヨハンと、その護衛のランクS冒険者マーゴがいるはずだった。

 ヨハンは今や王国となったハイヴァーンを通じて冒険者ギルドよりレイヴェル亡国領の浄化を依頼されていたのだが、今ではその依頼を妨害する悪魔との戦いが激化し戦場の最前線にいたのである。


「直樹にはまだ頑張ってもらわないといけないもの。風音の仇を討つことは大事。でも必要なのはこの世界の未来なんだから」


 そう言ってゆっこ姉が窓の外を見る。その視線の先にあるのは竜船のドックだ。そこに停泊している竜船が一隻あった。本来は一定時間後にリザレクトの街へと移動するはずのソレは動くことなく、ここ数ヶ月その場で改修され続けていた。


「竜船か。僕らの船を思い出さないかい?」

「私たちのパーティで所有していた竜船『神大和』は、あんなゴテゴテではなかったけれどね」


 達良の言葉にゆっこ姉が苦笑する。

 これまで中に立ち入ることができなかった定期便の竜船だが、ゆっこ姉は小型竜船を操作するために直樹が所持していた最上位権限カードキーをもらい、天帝の塔へ突入するための突撃戦艦にすべく準備を行っていた。


「とはいえ、随分と攻撃的になったものね」


 以前とは変わり果てた竜船の姿を見てゆっこ姉がそう呟く。かつては優美と言われた空飛ぶ船は今や針鼠のようになっている。


「けれど、これで後は天帝の塔への突入する方法を見つけるだけ。いや、もうひとつ……」


 それからゆっこ姉が宙に浮かぶウィンドウを見た。

 それはスペリオル化の選択画面であった。

 この数ヶ月の戦闘により以前は97であったゆっこ姉のレベルは99に達し、そしてつい先ほど100になったのだ。そのゆっこ姉に達良コピーが口を開く。


「レベル100を超えたスペリオル化は人外の領域へ入ることを示す。それはドワーフやエルフ、獣人になるということではないよ。人という社会から隔絶するほどの存在になるということ。その意味は分かっているよね、ゆっこ姉?」

「ええ、分かっているわよ。まあ、引退後にはどうせなろうと思っていたことだし、今の私には……必要だから」


 そう口にしながらゆっこ姉は、己の息子のことを想う。


(ごめんねジーク。多分、ミンシアナはあなたに託すことになる。今のあなたにはまだ早すぎるけど……その道は険しいけれど)

「それでもあなたの未来だけは護ってみせるから」


 そして、ゆっこ姉はウィンドウには出ているボタンをためらいなく押した。

 その次の瞬間、ゆっこ姉の全身が炎に包まれた。

 それは人を超えし偉大なる存在への目覚めだ。それこそが、精霊種としての最上位のひとつ『炎の女王』がこの世に誕生した瞬間であった。

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