第九百八十一話 指揮者を倒そう
「グルゥゥウウウウッ!」
グリグリが地上へと降下した直後、先ほどの木の根が再び地中から出てきた。確実にグリグリを狙った攻撃のようだが、今この場には風音がいる。
『無駄だよッ』
そう言って風音がハンマーくんの足を通して地面にゴーレムメーカーの力を働きかけると、飛び出した木の根はその場で土に固められて動けなくなった。
『毎度毎度喰らわせるわけないじゃん。このまま、土の中に閉じこめてやる。グリグリ、ドラゴンイーターの方は私が防ぐから周囲から迫る魔物をよろしくね』
「グルルゥウッ!」
グリグリの歓喜の雄叫びがその場で響き渡る。
新たなる命として生み出された後、主となった少女を奪われ、それでも命じられた言葉を拠に生きてきた彼にとって、今の状況はまさしくもう二度と手に入らないはずの求め続けてきたものであったのだ。グリグリは今、新たに命を与えられてからもっとも充足を感じていた。
そしてグリグリと風音の共闘に、キンバリーとサキューレたちも援護に入っていく。グリグリたちに迫る魔物の背後を狙って倒すだけの簡単なお仕事だ。すでに状況は風音たちへと大きく傾いていた。
その一方で、そんな彼女らとは全く別のところで戦っていた男もひとりいた。それは今や黒衣の勇者として名の知られた直樹である。
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『私も運が悪いですねえ』
呟いたのは魔物たちの集団の後方の一角にいた魔物であった。
『久々だなトール。モンスターテイマーを探してたんだけどな。まさか、お前が直接指揮を取っているとは思わなかったよ』
そう言葉を返した直樹だ。その視線の先には両腕がハンマーのようになっている5メートルほどの魔物がいた。それはキメラ種として全力を出した状態のトールであった。
そして、キメラモードのトールと髑髏の魔人と化した直樹の周りには飛び回る羽根でできた竜巻のような壁ができていた。直樹の持つ双羽の剣が、周囲の魔物の侵攻を阻んでいたのである。
『あなたが……ここにいるとは驚きですよ。いや、あの小さな風音さんがいることの方がビックリしましたけど。やはり生きていたのですね』
『やはりってなんだ? 死んだと言ったのはお前だろうが』
トールの言葉に直樹の眉間にしわが寄る。だがトールは肩をすくめながら笑った。
『あなたと戦っていた私があの場で風音さんの死なんて把握できていたわけがないでしょう。まったく、あのときはこっちも必死でしたし。あれはあの場から逃れるためのハッタリですよ?』
『だが……』
例えトールの言葉がハッタリでも、直樹は神の言葉を聞いている。それから、いや……と口にして直樹は首を横に振る。
『確かに……俺は姉貴の死を見ていない。生きているのかもしれない』
小さな姉の魂の入った姉の人形が言うのだ。その可能性を信じてみようと今の直樹は思えていた。
『ふぅむ。そう口にするということはアレは本物ではないようですね。であれば、状況に支障を来すほどではないかもしれませんが……しかし、なかなかに強い……戦力としてはそれなりのものか。ここで狩っておいた方が良いでしょうかね?』
その言葉には直樹の顔が怒りで歪む。
『また姉貴を狙うか。させると思うか。この俺がッ』
そう叫んで直樹が走り出すと、トールが笑う。
『いや、単純で結構。あの小さな風音さんは分かりませんが……あなた相手ならば、すぐにでもケリが付きますよ。これでね』
『それはッ!?』
直樹の驚きの声にトールがほくそ笑んだ。トールの右腕から黄色い宝玉のような目玉が出現し、そこから黄色い光が溢れ出ていたのだ。
『収束した太陽の光。これは闇の精霊には堪えるでしょうね』
『オォォオオオオオッ!』
トールが笑みで頬を吊り上げ、咆哮する直樹へと一気に右腕の目玉から光の一撃を放つ。
それはトールが闇属性対策に仕込んでいた属性武装だ。トールは各属性に対応する特化攻撃をその身に仕込んでいたのだ。そして闇の精霊と化した今の直樹にとって、それは即死級の攻撃であるはずだった。
『これでお終い。さて、ダメオシの戦力にグリグリの回収をと思ったのですが、今のあちらの戦力を考えると……む?』
正面の光が消えかけたとき、トールの目には正面より迫る影が見えた。
『そんな、馬鹿なッ』
『ォォオオオオ!』
トールがとっさに右に飛ぼうとするが、すでに遅い。接近する髑髏の魔人から逃れることはできず、すれ違いざまに胴を真横に切り裂かれ、その場でトールの上半身が宙を舞った。
『南のサンアイランドのレア魔物、太陽獣の目玉だったか。それはすでに見てるんだよトール』
その直樹の言葉に、地面に落ちた上半身のトールがうめきながら『塔のときに……ですかね』と呟く。
『しかし、まさか……効いていない? どういうことですか?』
『知っているか。ブラックホールは光を吸収するんだ。そして俺の剣も大枚はたいて新たに手に入れたダークマターを追加し、その含有率も増えている。つまり、今のこの状態は光を吸収できるようにもなってるんだ』
『ぐ、ブラックホールとの関連性がまったく分かりませんが、そういう……ことですか』
トールが忌々しげな顔をする。
もっとも直樹にとって、それは前回のアウディーンの塔の戦いの焼き増しであった。光撃を吸収し、カウンターで神速の鞘とイダテンの脚甲で加速させた『居合い切り』で討つ……まったく同じ決着だった。
それに今のトールは魔物たちの統制も同時に行っているため、本人の戦闘力も低下している。だからこそ決め手を早々に出してきたのだろうが、結果はこの通りである。直樹が勝って当然の状況であったのだ。
『アウディーンの塔はあの後、厳戒態勢になりましたしねえ……調べることもできませんでしたが、そういう手があったんですね』
トールがひとり納得した顔で頷いた。
トールの分体は本体や他の分体と実際に接触して記憶を統合するため、前回の倒されたトールの記憶を目の前のトールは保持していなかった。故に直樹への対策もできていなかったのである。
そして、直樹がトールを見下ろしながら口を開く。
『で。どうせ、お前も分体なんだろう? 最近顔を見ないってみんなが寂しがってたぜ』
その言葉にトールが笑みを浮かべる。
『ふふふ。まあ、こちらも忙しいのでね……さて、もうこれ以上は顔を合わさずにお別れできると良いのですが。さすがに私も殺され過ぎですよ。こ……れでも結構痛い……んで…………すか…………ら』
そう言いながらトールの身体がゆっくりと灰となって消えていく。分体としての力が尽き、その構成を維持できなくなったのである。その様子を見ながら直樹が眉をひそめた。
『これ以上は顔を合わさずにお別れ……ね。さっきの言葉通りなら今回の狙いがグリグリなのは間違いないにしてもだ。こいつら……悪魔たちは、もう暗躍する必要もなくなってるぐらい準備が進んでいるってことなのか?』
それはあまり嬉しくはない状況だった。もっとも、そのことを考えている余裕が今はない。
『まあ、今はこの場の戦いを終わらせないとな。姉貴も随分と暴れてるようだし。ああ、ナーガ様の剣欲しかったな』
その場より少し離れた戦場を見ながら直樹はそう呟くと、そのまま翼を広げて空を舞い、すぐさま最前線に向かって飛んでいく。
モンスターテイマーでもあったトールを倒したことで、すでにドラゴンイーターを始めとする他の魔物たちも統制が取れなくなっているようで、場所によっては同士討ちすら始まっていた。
『ここをさっさと片づけて、急がないといけないな』
直樹は一言呟くと、仲間たちと共に残りの魔物たちの掃討を始めていく。
そうしてグリグリと風音を中心としたカザネ魔法温泉街の戦力を前に、指揮していた存在が消え、すでに数も減って烏合の衆と化した魔物たちは為すすべもなく倒されていき、残りはその場を散っていったのである。
風音たちの完全なる勝利であった。
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