第九百七十八話 再会をしよう
◎カザネ魔法温泉街 領主の館 転移装置前
『到着ー!』
「よっと。ふぅ、慌ただしいな」
転移装置から発する転移の光の中から風音と直樹、それにセリオンハンマー二号ことハンマーくんが出てくると、その場にいた兵たちがザッと一斉に敬礼をした。
彼らは風音の事情も知ってはいるのだが、現時点において公的なこの街の領主は直樹ということになっていた。つまり彼らの主は直樹なのである。
その兵たちに直樹が「楽にしてくれ」と口にすると一斉にその手を下ろしたが、直立不動であるのは変わらない。
それから慌てて屋敷の中から出てくるふたり組がいた。マッカとキンバリーである。
『くくく、追いかけ回してくれたふたりが慌てて出迎えてきたよ』
「姉貴って結構根に持つタイプだよな。けどなんか様子が……ん?」
直樹が近付いてくるふたりを見ながら、訝しげな顔をする。どうもふたりの顔が必死なのだ。そして、ふたりとも「上、上」と言って上空を指差していた。その様子に気付いた風音と直樹が顔を上げると、そこには黒い影があった。
「グルルゥウウウウッ!」
『うわっ、グリグリ!?』
ドスーンという音がして鷲獅子竜のグリグリが落下し、風音と直樹の身体が衝撃でわずかばかり宙に浮いた。それからその場で尻餅をついた風音にグリグリが近付き、鳴きながら顔をすり寄せてきた。
『ちょっと……くすぐったいよグリグリ』
「グルルゥ」
グリグリからの抱擁に笑っている風音の横で、直樹が眉間にしわを寄せながらグリグリを見ている。
「……ペットプレイか。勇者さん」
「グルゥ?」
ボソリと呟いた直樹の言葉を聞いたグリグリの表情に警戒が生まれた。
「ナーガ様から聞いてんだよ。あんたが実際は」
「グルゥゥウウッ」
その言葉が終わらぬうちに、グリグリが翼を広げて直樹を咥え、その場から一気に飛び上がった。その様子に風音が慌てて両手を上げる。
『ちょっとグリグリ。それは餌じゃないよ。食べたらおなか壊すよ』
「大丈夫だ姉貴。おなかは壊さない……いや、違う。俺はちょっとこれと話があるから、姉貴はマッカさんたちと話しておいてくれ」
「グルルゥゥウ!」
そして直樹とグリグリが山の方にあるカザネーキャッスルへと飛んでいった。その様子を呆気にとられた顔で見ながら風音が呟く。
『もしかして私いない間にふたりって仲良くなってたの?』
「さあ……ともかく、中にお入りください。それでカザネ様は本当にカザネ様なのですよろしいのですよね?」
近寄りながら尋ねるマッカに風音は『一応、私はそうだと思うんだけどね』と返す。
それから昨日の追いかけ回された件はしっかり覚えているよということをマイルドに告げると、マッカとキンバリーが苦笑いしながら館へと風音を案内したのである。
◎カザネ魔法温泉街 領主の館 領主の間
「経緯としては分かりましたわ。まさか、暴走したように見えた人形にご本人の意志が宿っていたとは……」
「その、失礼ですがカザネ様ご本人と断定はできているのでしょうか?」
マッカとキンバリーがそう口にする。
かつては冒険者の先輩であったキンバリーも今の立場からすれば風音は雲の上の存在だ。以前と違い敬語で返される言葉に風音は少しばかりの寂しさを覚えつつ、質問に対しての言葉を返す。
『だん……ナーガ様はそうだって言ってくれてるんだけどね。まあ、残留思念が成長して同質の魂になったようなものらしいよ。私にもよく分からないけど』
「わたくしにもよく分かりません。が、話せば話すほど本人にしか思えませんわね。あのときにもこうしてお話ししていただければ、誤解もありませんでしたのに」
『あのときはまあ、仕方なかったんだよ』
風音が苦い顔をしてそう口にする。今も風音は、スザからもらった竜心のアミュレットによって心話で会話をしている状態なのだ。自力での会話が今の風音にはできない。
「そうですか。それは、領主としてお戻りしていただくのは」
『さすがにこの身体じゃあねえ。マッカさんもいるし、今は直樹が領主になってるんならそれでいいんじゃないかな?』
「そりゃあ以前よりは助かっていますが……その、ナオキ様もお忙しいようですので。それにグリグリ様のお力で食い止められはしていますが魔物の侵攻も激しく、今もかなり苦しい状態ではあるのです」
『うん。それは承知してる。街の方が以前よりも騒がしい気がするのも人が流れてきてるからってことだよね?』
「はい。近隣から逃れてきた者たちが集まってきています。前年のミンシアナは豊作ではあったので食料なども今はなんとかなっていますが。あ、天使教の皆様方が来て、施しをしていただいているのは助かっていますわね」
『ああ、こっちに来てたんだね。まあ、みんなのために活動してくれてるのはありがたいことだけど』
風音が少しだけ遠い目をしてそう口にした。どうやらゴルディオスの街の天使教は、こちらに流れてきたようである。
「とはいえ、豊作も魔力の川の活性化の恩恵ではありますから。この地方の魔物が暴れている頻度が高いのもそれに連動しているのだから、善し悪しではありますね」
『なるほどねえ』
そして、そんなことを話している途中でドタバタと足音が聞こえて、扉が勢いよく開いた。
「き、キンバリー隊長。また来ました」
「おい、カッシュ。お前、ノックもせずにこの場に入るのは……」
キンバリーが眉をひそめてそう口にする。
前領主と領主代行の会合だ。機密性が高い話であれば、場合によっては処分されることもある。そのことを懸念してキンバリーも注意をしたのだが、やってきた兵士は「失礼しました」とだけ告げるとすぐさま用件を口にしていく。
「現在、魔物の集団がこの街に向かってきています。場合によっては獣海の可能性もあります。隊長、今すぐ出撃の用意を」
その言葉にはキンバリーも目を見開かせる。
今月に入ってからこのカザネ魔法温泉街への魔物の襲撃はすでに五度あった。だが今来ている魔物の群れが獣海かもしれないとなれば、それはここ数ヶ月の中でももっとも危険な状況と言えた。
「仕方ない。マッカ様、カザネ様。私はこれから魔物の襲撃に備えます。む、グリグリ様が飛んでいっているな」
キンバリーの言葉に風音とマッカが窓の外へと視線を向けると、カザネーキャッスルから勢いよく飛び出したグリグリの姿が見えた。また、よく見れば直樹も咥えられたままのようである。
「グリグリ様はノリ気のようだな。こちらも急ぐか」
『あ、私もいくよ』
「え? ですが今のカザネ様の身体は」
マッカが不安げな顔をする。
今の風音のボディは、元はただ踊るためだけに造られたものなのだ。だが風音は『問題なし』と口にしてその場で両手を挙げる。
『こいつの試運転もしたかったことだしね。旦那様の力、しっかりと確かめさせてもらうよ』
そう言って風音が右手の赤い水晶の指輪と左手の虹色の水晶の指輪に力を込めると、その指輪が変化して凄まじい力を帯びた小さな剣と盾が現れた。
それを呆気にとられた顔で見ているマッカたちの前で風音は握り、その場で立ち上がる。そして、それが神竜帝の護剣と護盾のデビュー戦となったのである。
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