夢落之章 そして忘却の彼方へ
「「「聞こえますか主。私は今、あなたの頭の中に直接話しかけています。聞こえていますか主。私は今……」」」
「うん。うるさいぐらいに聞こえている……んだけど……誰、あんたら?」
それはもう唐突な呼びかけであった。
目が覚めた風音が目を開いてムクリと布団をはいで起きあがると、そこはよく分からない空間だったのである。
「場所もおかしいし……」
先ほどまで風音はナーガたちと話していた。
ひとまず今晩は大竜御殿に泊まることにして、翌朝には里を出ようという段取りになっていた。本来であれば、風音がいるのは神竜皇后の間の中に用意された人サイズの寝室のベッドの中のはずだったのだ。
しかし今、風音はよく分からない……どこかの星と星の間のような場所にいるようで、周囲には濃密な魔力でできた光り輝く雲と雲がせめぎ合い、それがゆっくりと繋がりあおうとしているような光景があった。
そして、風音の目の前には三人の男たちが立っていた。その三人は風音が起きたのを確認するとそれぞれ口を開いた。
「私はドラグホーントンファーの精です」
「私は鬼皇の竜鎧の脚甲部分の精です」
「私は風音の虹杖の精です」
「そして私は風音だよ」
「「「知っています」」」
互いの挨拶が錯綜した。
今の紹介によれば、三人はそれぞれが風音の所持している武器の精とのことのようである。もちろん意味が分からない。そんなまったく状況の分からない風音に、杖の精が一歩前に出て口を開く。
「驚くのも無理はありません。何しろ、今は世界間が繋がりにくい状態になっています。だから、あちらの世界にあるはずの私たちがどうして夢の中とはいえ、主にコンタクトを取れるのか……という疑問をあなたは感じているのでしょう」
そもそも「武器の精って何だよ?」という風音の中で生まれている根本的な疑問を無視して、杖の精がそう口にする。
「あーいや、そういう問題じゃなくて……」
「ええ、分かります。何故に自分の武器に声をかけられたのかを気にしていますね。今までになかったことですからね。ですが、今回私たちが大神を経由してここまで来たのは、あなたに苦情を告げるためなのです」
人の話を聞かない精は、風音の言葉を無視してそう告げた。もちろん、何を言っているのか風音には分からない。
「うん。さっぱり、意味が分からないよ」
「意味などどうでも良いのです。あの『精神攻撃完全防御』スキルのおかげで我々を所持している方の主は我々の苦言が攻撃判定になって届かない。ですから、こうしてスキルを所持していない三人目の主に苦情を伝えにきたわけです。近くにいる二人目は寝ずにゲームをしてますので、こうして夢で話しかけることもできませんから」
さすが夢。私が三人目で二人目の私とかもいるのかー……と風音はひとり感心していた。また二人目はゲームをしてる設定になっている辺り、芸が細かいとも思っていた。
それから二人目三人目の説明もなく杖の精は話を続けていく。
「本来であれば、こうして連絡することもままならぬ状況ではあるのですが、ここまで来るのに経由した大神も主に近い存在ではありますので、なんとかなりました」
「えーと、ご苦労さん?」
わけが分からないが努力したそうである。一応、ねぎらいの言葉を風音がかけると三人が「ありがとうございます」と頭を下げた。
「主に褒めていただけるとは、それだけでもここまで来た甲斐がありました」
「そう? 良かったね。じゃあ私は寝るね。明日も早いし」
そういって風音が布団に潜り直そうとする。よく分からないし、夢の中まで考え事もしたくなかったのである。しかし、そんな風音の風音の周囲を三人が取り囲んで、声を上げた。
「寝ないでくださいよ。というか、またですか。そうやって主は私たちをスルーするつもりですか?」
「こう言っては何ですが、あなたは最近我々をないがしろにしすぎです」
「そうです。一体、我々がどれだけ辛酸をなめ続けたかをあなたは分かってない。ほら私を見てください」
そう言ってトンファーの精が、己の本体であるドラグホーントンファーをその場で出した。
「最近練習以外で私を使用したことがありますか? 見てくださいよ。この神聖物質の爪が出る仕組みなんて、今までほとんど出番がなかったじゃないですか」
「え……一応、ロクテンくんの足の爪用に使ってるよ?」
「そうじゃなくてトンファーとして使ってくださいよ。それに最近じゃあ、ロクテンくんも蹴りを使用しなくなってきましたし、本当に使われてない気がします」
「滑り止めのスパイク代わりには使えてるよ?」
「武器として使ってください。しかも私のお仲間の戦艦トンファーに至っては自爆しかしていないでしょ」
「いや。むしろ、あっちは優秀な攻撃手段で使い勝手も良いよね」
戦艦トンファー内の自爆攻撃は非常に優秀な攻撃手段のひとつであった。戦艦トンファーは誰かさんとは違っていらない子ではないのだ。その指摘にトンファーの精がぐぬぬと唸って一歩下がる。
それから続いて前に出たのは脚甲の精であった。
「蹴り技。最近あまり使いませんね」
「まあ、その……」
脚甲の精の指摘の通り、特にサポートをメインに考えるようになってからは風音もキリングレッグを多用していない。
「奪い取ったものではない、あなたの純正スキルであるキックの悪魔さんも泣いていますよ。そもそも最初の方はキックがメインだったのに今じゃあなんです? 大剣とかジュエルカザネとかばかりじゃないですか」
「んー。でも、コンボはよくお世話になってるし、通常攻撃には普通に蹴りも交えてるよ?」
その風音の反論に「むむ」と言ってから脚甲の精がひとり検討をし、納得したのか頷いて下がると、続けて杖の精が前に出た。
「杖の精です。ジュエルカザネの台座みたいになっています」
「一応、ゴーレムメーカーなんかの魔力コストを落とすのには使ってると思うんだけど。多分、魔術師の杖の有り様としては真っ当なもんなんじゃない?」
「まあ……それもそうですね」
納得した杖の精が一歩下がった。それから風音と脚甲の精と杖の精がトンファーの精を見る。三人とも気付いたのだ。この中で本来の役割とは違う、不遇な立場に立っているのはコイツだけなのだと。
「あ、ごめん主。私、そいつに唆されただけだわ」
「私もそうです。そんなに使われてないわけじゃなかった」
「なんだと。お前ら、私を裏切るのか!? 誓ったじゃないか。あいつに吠え面かかせてやるって。自分たちの立場を復権してやるって。畜生。私をそんな目で見るな。大体、主も主なんですよ。あっちは大剣メインでいき始めたかと思えば、こっちはこっちで片手剣、盾持ちですか。はは、浮気性ですね。このビッチめ。ロリビッチめ。ビーーーッチ!」
荒ぶるトンファーの精の暴言に風音が口を尖らせる。
「いや、だってあんたらオリジナルのところじゃん。私、今使えないし。そもそもオリジナルの私、もう死んじゃってるって言われてんだけど」
「何言ってるんですか。生きてますよ、普通に。というかもうやってるゲームが1500時間超えてましたよ」
「あ、でも今日はキノコクラブとかいうのとガチで罵りあって、GMから一時停止措置が出たからやってないはずですね」
「いや、情報古いな。今は100時間超えしてる別アカで入って、タケノコクラブは被害者ってステマしてるよ」
赤裸々にあちらの状況が伝えられてきた。しかもかなり嫌な情報だった。
「なんか……夢の話にしてもひどいな。こっちの私は頑張ってるのに、あっちの私は何をしてるんだろうか?」
「あっちの一人目の主も頑張ってるけど、今はあいつにお熱ですからね。尻の軽い女になってしまいましたよ。染められたんです。あいつ色に」
「あいつ?」
首を傾げる風音に、トンファーの精が「龍神の大剣ですよ」と憎々しげに口にした。
「あいつが来てから主は変わりました。あいつに主は夢中なんです。そして、あの高慢チキは、すっかり主を俺の女気取りだ」
「あいつは自分の硬いのを握られて興奮してやがるゲスです。許せません」
「そうです。あの傲慢さはドラゴン特有のもの。まったく我らの共有財産になんてことを」
「共有財産とか……なんかキモい。みんな捨てていい?」
心底嫌そうな顔をしている風音に三人が「冗談です。やめてください」と声をそろえた。
「と、ともかく、我々は伝説級の武器なので、上手く使うようにお願いをしたく……む?」
そう言っている途中のトンファーの精が視線を上空に向けた。空から光と共に何かが下りてくるのが見えたのだ。
『まあまあ、待ちなさい。お前たち』
続けて全員が空を見上げると、神々しい輝きに包まれながら赤い服を纏った紳士が下りてくるのが見えた。その人物に風音は心当たりがなかったが、三人の精たちは知っている相手のようで「アッ」と声を上げた。
「あ、あなたはご意見番の紅の聖柩さん」
「古参メンバーなのに一番影が薄いとか、他のアーティファクトに比べて見劣りするとか」
「蓄魔器に存在意義を奪われて息してないと言われている紅の聖柩さんじゃないか」
『…………』
そして紳士が悲しい顔をしてその場で消えていった。心が折れたのである。
「ああ、紅の聖柩さんが帰っていく」
「誰だ。息してないとか言ったの。あの人は繊細なんだぞ」
「うわ、戻った後に顔合わせ辛ぇー」
「いや。別にあの軽さで魔力を300も底上げしてくれんだから普通に便利なんだけどね」
頭を抱える三人の後ろで風音がそう口にする。
重要なのは汎用性であり携帯性なのだ。癖がある他のアーティファクトは便利ではあるが用途が限定されている。オールマイティにキャラを動かしたい風音にとってはやはり紅の聖柩一択だろうと今でも思っていた。それから三人が気を取り直して、顔を上げると風音に口を開いた。
「ふむ。まあ、我々の伝えたいことは伝えられたでしょう」
「そうですね」
「では、そろそろ時間ですか。主よ。トンファーをもっと使うように。あの龍神の大剣はいけません。アイツはクズです」
トンファーの精に続き「杖もー」「脚甲もー」とそれぞれの精が口にして、そのまま三人は紅の聖柩の人のように薄くなって消えていく。
「あーはいはい。さいならー」
その三人に風音が(もう夢だから何でもありなんだなー)などと思いながら手を振っていると、次第に周囲の世界も薄れていくのが感じられた。
それが目覚めのときなのだと風音は感じながら、ゆっくりと『自分のまぶた』を開けていく。目覚めのときが来たのだ。
◎大竜御殿 神竜皇后の間
『む、朝か』
そして、風音が目を開けた。それからガバッと布団をはいで起き上がって周囲を見回すと、そこは神竜皇后の間の一角にある風音の寝室であった。また、自分の姿もゴーレムのままである。あまり布団の暖かさは分からないが、それでも一応眠気はあったし、眠るし、夢も見る身体だ。
(睡眠に関しては必要なのか、それとも元の身体の習慣でそうしようとしているだけなのか。どうなんだろ?)
感覚的には眠らなくても何とかなりそうな気はしていたが、元の習慣を崩すのも怖いと風音は感じていた。
『んー、そこら辺は追々検証するとして、なんか変な夢見てた気がするなあ』
風音がそう呟く。それはまったく以ておかしな夢だった。
あちらにいる自分がゲーム三昧な日々を送っている……そんなことを自分の武器たちに告げられた夢だった。馬鹿馬鹿しいにもほどがあるが、どこかリアリティのある夢のように風音には感じられた。
『ま、いいか。出発の準備でもしとこう』
ともあれ、夢の話である。
風音は、これから東の竜の里を出て、悪魔との戦いに備えて自身の強化をしていかねばならないのだ。時間はそうあるわけではない……と考え、風音は今日も慌ただしく動き出したのであった。




