第九百六十八話 近況を話そう
◎ツヴァーラ王国 アウディーンの塔 頂上
「強襲して一気に奪い取ったのは良かったのですがねぇ」
地上より1600メートル上空にある塔の頂上。そこには七つの大罪に組みするプレイヤー、トールが悪魔たちと共に陣取っていた。
元よりこの塔を護る兵士たちは少なく、そのほとんどが入り口付近で野盗や魔物の進入を防ぐために警護していたのでそれらを排除し、呆気なく占拠はできた。
だが今度はトールがツヴァーラの兵たちと同じ状況に陥っていた。この塔はともかく大きく高いのだ。
彼が引き連れた悪魔とドラゴンだけでは当然カバーしきれず、トールにできるのは入り口をドラゴンたちに護らせるので精々だった。
そして、トールが呆れた顔で屋上から眼下を見回している。
「しかし、大きい塔ですね。プレイヤーの力……というにはあまりにも強力だ。まったく以てあの人には退場してもらって良かったですよ」
トールの呟きは心の奥底から思ったモノだった。
四ヶ月前の、計画の中核となる記憶を封印されたプレイヤーミナカの奪取と共に行われた風音追放計画。それは本当に限界まで入念に手を込んで計画したものであったが、そうする必要は確かにあったのだとトールは心の底から感じていた。
実際に己も同じプレイヤーのはずで、現時点において自身が人間を大きく超えた存在ではあるとトールは自負している。だが、それでもここまでの規格外な行動を取れるわけがない。
風音というあまりにも異常なプレイヤーをこの世界から排除できたことにトールは安堵していた。
「ま、おかげで創造神の役回りを担っていたジルベールさんもほぼ死に体ですし、計画は大幅にズレ込みましたけどね。あんなふざけた名前の英霊に殺されかかるなんて……私は死んでもごめんですよ。だいたい魔力の川と接続して神様の力を扱えるってのは、人間ができる行為を超えてるんです。ねえ、そう思いませんか?」
後ろを振り向きながらそう口にしたトールだが、その場に並んでいる悪魔たちは反応しない。その様子にトールはつまらなさそうな顔をしながら肩をすくめた。
「ハッ。悪魔といえどこうなっては悲惨ですね。元はそれなりに上位の方々と聞いていますが。まあ、動かす分には人形の方が気が楽ですから良いのですけどね。大きいのも小さいのも」
そう言って塔を見下ろしたトールの視界には、黒く変色した無数のドラゴンが飛び回っている姿が見えた。
それはブラックポーションとドラゴンイーターの匂いで操っているドラゴンたちだ。その中には東の竜の里ゼーガンから奪った成竜たちもいた。それらを塔の護衛に付かせながら、トールはこの塔の準備をし続けていた。
「ま、空しい愚痴も置いておいてお仕事をしますか。人の身の上では魔力の川の流れをわずかに変えさせるだけで精々ですが、やれることはやらないといけませんからね。しかし、独り言が多くなるな」
ハァ……とため息をつきながら、トールがアイテムボックスから黒い球体を取り出す。その名は黒珠という魔法具だ。
七つの大罪がひとりゼクウ・キャンサーの生み出したチャイルドストーンを加工したものであり、魔力の川に干渉して操作するもの。それこそ、彼らの計画の要のひとつであった。
◎ツヴァーラ王国 アウディーンの塔 近隣
「もうじき到着か。今度は『アタリ』だといいが」
アウディーンの塔に向かう途中の馬車の中で、ギュネスがそう口にする。それに直樹が「どうだろうな」と返す。
「ゆっこね……いや、仮面の女王ユーコーさんが今はトゥーレ王国の方に向かってるけど、どちらも『ハズレ』の可能性は高いだろうな」
「あの人。女王様なんだろ。ミンシアナ、大丈夫なのかよ」
眉をひそめながらジローがそう尋ねる。
仮面の女王ユーコーとは、この数ヶ月の間に各地で名の上がる冒険者であった。
その実体はゆっこ姉その人であり、日々の多くを王城から離れて魔物を倒し、悪魔を探り、風音の代わりとしてゴーレム魔術や転移魔術の研究をしている状態だった。
現時点においてゆっこ姉のゴーレム魔術はスキルレベル3相当にまで強化され、転移魔術においても転移こそまだ習得のできてはいないがビーコンを生み出すことには成功し、風音製の長距離転移装置の転移先に設定することまで可能となっていた。
つまりは昨日の直樹たちのように、行きオンリーではあるが、長距離転移装置を使用して様々な場所にすぐさま移動することができるようになっていたのである。
「今は影武者のイリアさんと、カンナさん経由でリアルタイムにメールでやり取りしてるらしいからな。姉貴からかなりの量の知恵の実をもらっていたにせよ、数年から数十年はかかるって話の転移魔術の習得の糸口を見つけてしまったわけだし、姉貴の代わりまではいかないにしても本当にあの人は凄いよ」
直樹が素直にゆっこ姉を賞賛する。
もっとも、それからすぐに直樹は眉間にしわを寄せながら窓の外を見た。そこにはアウディーンの塔の姿が見えていた。
「しっかし、トゥーレ王国の姉貴の作品同様にこっちも狙ってくるとはな。本当に姉貴を汚すのが好きな連中だよ」
吐き捨てるようなその言葉には、明確な怒りが混じっていた。現在、トゥーレ王国の王都では悪魔の仕業と見られる王族の騒動が起きているのだ。ゆっこ姉はそれを対処すべく、今はひとりで動いていた。
「まあ、ティアラ様から話を聞かされたのは予想外ではあったが、今回のことはトールが動いていたというこちらの情報が正しかったことの証左ではあったな」
ギュネスの言葉に直樹が頷く。悪魔とて一枚岩ではないのだ。決してすべてが悪魔に有利に動いているわけではなかった。
「つかよう。あのメフィルスの爺さんってティアラの召喚体だったよな。離れてて大丈夫なのか?」
続けて口にしたのはギャオだ。
現在、馬車の周囲にはツヴァーラ王国の精鋭足るグリフォン部隊が取り囲んだ形で併走している。
それを率いているのがメフィルスだ。だがメフィルスは、かつて人間ではあったものの、現在はルビーグリフォンの眷属として召喚体となっているはずだった。
もっともそれは直樹も気にはなっていたことであり、すでに本人から話も聞いていた。
「なんでも、ティアラの力は歴代の中でも初代のミンティア王妃に並ぶほどのものになっているらしいからな。その召喚体であるメフィルス様も一、二戦程度なら単独でも挑めるって言ってたよ」
その言葉に仲間たちが「へぇ」と口にして、今は馬車と併走しているメフィルスを見た。
現時点ではただの元気そうな老人の姿ではあるが、今のままでも炎の魔人という人を越えた存在であり、戦いとなれば炎の王騎士や炎の巨人などにも変ずる強力な戦力でもある。直樹も白き一団時代に何度となく助けられていた。
一方でそのメフィルスはといえば、御者席にいるジンライと久方ぶりに友人同士の会話に花を咲かせていた。
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『さて、ジンライよ。昨今の情勢はどうなっておる?』
「報告はすべて聞いておるのではないですかな?」
直樹たちが己のことを話しているなどつゆ知らぬメフィルスからの唐突な問いに、ジンライは首を傾げていた。
現在の周辺地域の情報は、長距離転移装置を使用して国同士で密にやり取りが行われているのだ。その内容をメフィルスが知らないとは思えなかったのだが、メフィルスはジンライに対して首を横に振った。
『国を介してでは伝わらぬこともあろう。余が知りたいのは、飛び回っているそなたらの認識であるよ』
「なるほど。まあ、であれば」
ジンライが頷き「どこから話しましょうか」と言いながら、口を開いた。
「聞いてはいると思いますが天帝の塔が見つかりましたぞ」
『うむ。それは知っておる。北のドーマ地方、シュミ山であったな。カザネの言っていた場所にまさかそのまま留まっていたとは思わなんだな』
メフィルスとジンライが苦笑しながら頷きあう。
シュミ山は、鳥人族の浮遊島『アルクス』があった場所だ。
どうやら七百年前に浮遊島が離されてハイヴァーンに逃れている間も、天帝の塔はその場から動いていなかったようである。
「雲に覆われているだけではなく、幻術が張られておったのです。山頂という到達困難な場所のさらに上空ですから、ユウコじょ……いやユーコー殿の力なくしては発見できなかったでしょうな」
そのジンライの言葉通り、天帝の塔を発見したのはユーコーであった。現地に訪れたユーコーがアーティファクト真実の目の額飾りによってその姿を発見したのである。
『あの者め。フレイムゴーレムの名、伝わっておるぞ。じゃじゃ馬が本気を出しよったわけだな』
本人は仮面の女王を名乗っているが、現在の外見から彼女はフレイムゴーレムという二つ名で呼ばれていた。
灼岩石と呼ばれる炎を発する岩でできた炎のゴーレムに乗って戦う謎の冒険者が今の彼女であった。
「変更された魔力の川の流れの中心がそこだったのですから、いずれは分かっていたことでしょうが……ともあれ、今はそこを攻略するための前準備に我らが動いているわけです」
『狙いはアバドンの復活。それを止めねば世界が滅ぶ……か。すまぬなジンライ。お前たちだけに苦労をかけて」
「いえ。今のこの状況ではやむを得んでしょう」
そう言って、ジンライが首を横に振る。
現在の各国は日々活発になる魔物への対応に追われて、アバドン復活への対策もろくに協力できない状態だった。
アバドンについての情報は少なく神託も不明瞭で真偽も不明であり、一方で獣海という国の危機は目に見えていて動かぬわけにはいかなかった。
『獣海という驚異の後ろでブラックポーションに汚染された村や町の人々の足取りも掴めぬ。それが大魔王アバドンの召喚のための生け贄だとしても、余らには何もできぬのが現状だ。口惜しいな』
そう言ってメフィルスが唸る。
アバドンを呼ぶのには国ひとつ犠牲にする必要がある。だが、どうやらかつて滅びた国の救われぬ魂だけでは不足らしく、ブラックポーションに汚染された人々が日々消えていく理由も生け贄として連れて行かれたのだろうと推測されていた。
『魔力の川からの魔力の摂取と一国分の魂。悪魔はどこまでも我らに犠牲を強いる。あと必要なのは勇者と魔王か』
それがアバドンを呼び出すための条件だ。攻略サイトを運営していたプレイヤーのひとりであるオロチによって、出現条件の情報は正確に明かされていた。
「はい。それが誰だかまでは不明ですが、用意されておるのが妥当だろうと思われております」
ジンライの言葉にメフィルスが「急がねばな」と口にする。そして、先に進むグリフォン部隊から「着いたぞ。兵たちも無事だ」との声が上がった。
すでにアウディーンの塔一歩手前。そこにはツヴァーラ王国軍が待機して、彼らの到着を待っていた。
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