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カラン、と、カットがたくさん入ったグラスの中で氷がきれいな音を立てる。
ぐっと落とした照明が、カットの淵をきらきら光らせる。
ありがとう、いただきます、といって、
きっとすごく薄く作ってくれたのであろうお酒をゆっくり飲む。
冷たい液体が通り過ぎた後の喉が、じんわりと熱くなってくる。どこから話そう。
「文化祭で、バイオリンを弾いた時、」
伊月も自分のグラスを傾ける。
「生まれて初めて、生きていてよかったって、
この時間が終わる事、いつか死んじゃう事を、もったいないって思ったんだ。」
目を見開く伊月に、ふふっと笑って言葉を続ける。
「この前、一緒に土星をみた日。
少なくとも僕が覚えている中で、初めて誰かに抱きしめられたんだ。
んと。うまい表現がみつからないから、変だったらごめん。」
口ごもる僕に、飾った言葉も、格好いい言葉もいらない。思いつくまま言って。
と、言ってくれる。
「触れられるって、すごく幸せなんだって思った。
キス、した後、自分はこのままでもいいのかなって、
そんな風に思ったのも初めてで、髪を切ろうと思った。
眼鏡を外して学校に行こうって思えたのも、伊月のおかげなんだよ。
湊や早瀬君や、学校中のみんなのおかげでもあるけれど、やっぱり。」
自分の告白に、胸が苦しくなってため息をつく。これ以上は、話しちゃいけない。
だけれど、聞いて欲しい気持ちがわいてきて、とめられなかった。
「僕は、生まれてきちゃいけなかったんだ。今だって本当は、生きていちゃいけない。
誰かに愛される権利も、価値もない。
それでも、伊月と出会って、友達になって、
死んじゃうのがもったいないって思えたんだ。」
「何でそんな事いうんだよ。
生まれてきちゃいけないのに、生まれてくるわけないだろ。
修のおばあちゃん、すっごく修の事大事にしてるし、
唯ちゃんだって修の事大好きだし。話聞いただけだけど、おじいちゃんだって。
湊や早瀬君だけじゃないよ、学校のやつらだって、
修に助けられているところいっぱいあるし。
こんなに、必要とされてて、みんなに愛されてるやつ、他にそういないよ。
あのさ、飼っている犬が不安そうだからって理由で、一晩中慰めているようなやつが、
生きていちゃいけないってなんなんだよ。そんなわけないだろ。」
「頭では、わかっていたんだ。
本当は、おじいちゃんも、おばあちゃんも、ちゃんと愛してくれているって。
だけど、それは僕が二人を騙しているからで。」
言葉が胸につかえて、涙になって溢れる。
伊月が、さっきまでの感情的な表情とは違う、すっと真剣な目に変わった。




