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P57

カラン、と、カットがたくさん入ったグラスの中で氷がきれいな音を立てる。

ぐっと落とした照明が、カットの淵をきらきら光らせる。

ありがとう、いただきます、といって、

きっとすごく薄く作ってくれたのであろうお酒をゆっくり飲む。

冷たい液体が通り過ぎた後の喉が、じんわりと熱くなってくる。どこから話そう。


「文化祭で、バイオリンを弾いた時、」


伊月も自分のグラスを傾ける。


「生まれて初めて、生きていてよかったって、

 この時間が終わる事、いつか死んじゃう事を、もったいないって思ったんだ。」


目を見開く伊月に、ふふっと笑って言葉を続ける。


「この前、一緒に土星をみた日。

 少なくとも僕が覚えている中で、初めて誰かに抱きしめられたんだ。

 んと。うまい表現がみつからないから、変だったらごめん。」


口ごもる僕に、飾った言葉も、格好いい言葉もいらない。思いつくまま言って。

と、言ってくれる。


「触れられるって、すごく幸せなんだって思った。

 キス、した後、自分はこのままでもいいのかなって、

 そんな風に思ったのも初めてで、髪を切ろうと思った。

 眼鏡を外して学校に行こうって思えたのも、伊月のおかげなんだよ。

 湊や早瀬君や、学校中のみんなのおかげでもあるけれど、やっぱり。」


自分の告白に、胸が苦しくなってため息をつく。これ以上は、話しちゃいけない。

だけれど、聞いて欲しい気持ちがわいてきて、とめられなかった。


「僕は、生まれてきちゃいけなかったんだ。今だって本当は、生きていちゃいけない。

 誰かに愛される権利も、価値もない。

 それでも、伊月と出会って、友達になって、

 死んじゃうのがもったいないって思えたんだ。」


「何でそんな事いうんだよ。

 生まれてきちゃいけないのに、生まれてくるわけないだろ。

 修のおばあちゃん、すっごく修の事大事にしてるし、

 唯ちゃんだって修の事大好きだし。話聞いただけだけど、おじいちゃんだって。

 湊や早瀬君だけじゃないよ、学校のやつらだって、

 修に助けられているところいっぱいあるし。

 こんなに、必要とされてて、みんなに愛されてるやつ、他にそういないよ。

 あのさ、飼っている犬が不安そうだからって理由で、一晩中慰めているようなやつが、

 生きていちゃいけないってなんなんだよ。そんなわけないだろ。」


「頭では、わかっていたんだ。

 本当は、おじいちゃんも、おばあちゃんも、ちゃんと愛してくれているって。

 だけど、それは僕が二人を騙しているからで。」


言葉が胸につかえて、涙になって溢れる。

伊月が、さっきまでの感情的な表情とは違う、すっと真剣な目に変わった。

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