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いつまでも新入生気分に浸っている余裕はない。
当たり前のように授業が始まり、しょっちゅうテストがある。
4月も半ばを過ぎると部活動の勧誘や体験入部も本格化するけれど、
一組で入部する者はまずいない。
無理をして一年間は部活との両立を続けられたとしても、
二年に進学する際の希望クラスの面談で、退部して特進クラスを維持するか、
部活を継続して普通クラスへ進学するかを迫られる。
さらさらと静かに雨の降り続く窓の外を見れば、すっかり葉桜になっていた。
5月の連休が過ぎると、7月に行われるクラスマッチの準備が始まった。
数種類の競技をクラスごとのチームで対戦して順位が決められる、実質、当校の体育祭だ。
対戦するのは学年別、基本的に全員がなんらかの種目に出場する事になっている。
担任によれば、クラスごとに揃いのTシャツや派手な団扇、クラス旗を作り、
特に女子は髪を大きなリボンで飾ったりするらしい。
優勝に向けて白熱するのも事実だけれど、どちらかというと親睦を図るのが目的のお祭り騒ぎ。
正直、運動は極力避けたい。
どうにかなんの種目にも出場せずに済む方法はないかと逃げ腰になるけれど、
そんな事も言っていられない。
男子の競技の中では比較的走り回らなくてもよさそうな、バレーボールを選んだ。
本格的な試合ならかなりハードだろうが、コートの指示された場所に立ち、
運悪く自分の場所にボールが来たら拾えばいいだろう。
なんて、考えが甘かった事はすぐに思い知らされた。
すっかり忘れていたけれど、担任の椎野先生はバレー部の副顧問。
大学でもサークルに所属していたとかで、他のクラス競技に比べてバレーの練習に熱心だ。
加えて湊が中学のバレー部でキャプテンを務め、そこそこいい所まで行ったらしい。
意気投合してタッグを組んだ2人に逆らえるはずもない。
バレーだけは絶対他のクラスに負けられない、といいだした。
6人制のルールで、登録選手は8人。
選手の中で経験者は湊と、もう一人、須貝君だけ。
伊月はバレーの経験は遊び程度っていうけれど、元々運動神経がいいんだろう、未経験者の中では飛びぬけてうまい。
あとは勉強ばかりしてきましたって感じの運動音痴が似たり寄ったり。
当然、パスさえまともに続かない。
体育の授業中、経験者の二人が練習をみてくれるが、いつまで経ってもボールは思うようにならず、
あさっての方向に飛んでいってしまう。
焦りと不甲斐なさが空回りして、練習の雰囲気は悪くなるばかり。
恐怖と不安は、無知と準備不足から来る。
逃げる場所も、逃げる必要もない。ただ、向き合って受け入れればいい。
わからない事はできる限り調べて、準備しておけば怖いことなんてない。
祖父の言葉と笑顔と、背中を包むように支えてくれる大きな手が思い出される。
「あの、お願いがあるんだけど。」
いつもの昼食中、思い切って湊に話しかけた。
「空いている時間、っていっても、湊も忙しいと思うんだけど、
バレー、練習付き合ってもらえないかな。
スケジュールはそっちに合わせるから。」
すごく、迷惑な事を言っていると思う。
でも、自分ひとりじゃ上達は見込めそうもない。
断られて当然だけど、何もせずに諦めるわけにはいかない。
湊は自販機で買ってきたパックジュースのストローを口から離して、すごく明るく、にやっと笑った。
「よく言った、自分で言い出したんだから、厳しくても文句いうなよ。」
ちょっとどきどきしながら、力強くうなずくと、伊月もうれしそうに、自分も参加する、と身を乗り出してきた。
クラスの数名が、こっちに視線を向けているのを感じる。
「よし、早速今から練習だ。さっさとメシ食っちゃおうぜ。」
え、今から。まだ心の準備が。急かされて、さすがにちょっと慌てた。
いや、自分で決めた事じゃないか。一歩でも、先へ。