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P44

振り向こうとする間もなく、いきなり左肘を強い力で引かれ、

手にしていたペンがバラバラと床に散らばる。

誰だ?肘の痛みと、突然の不躾な行為にむっとして背後に立った人物を思わず睨む。


「伊月?」


毒気を抜かれて肩の力を抜く。何するんだよ、といおうとして、その表情に言葉をのんだ。

いつものふわふわした、どこか笑っているような表情ではなく、

怒っているような強い視線で僕を見ている。

ぐ、と、肘を掴む力が強くなって、思わず、いた、と声がもれる。

とっさに、殴られる、と思って目を閉じて首をすくめた。

肘を掴んでいた手で肩を押され、よろけて棚に背中を預ける形になる。

おそるおそる目を開けると、伊月の右手は僕の肩を押さえ、逆の手は僕の顔のすぐ隣にあって、

棚を掴む形で自分の体重を支えている。

押されている肩と、棚に当たっている背中の痛み、

すぐ目の前にある、伊月のいつもとは違う怖い目。

すっかり混乱して言葉が出ない。内緒話をするように、伊月の顔が耳の方に近付く。

髪が頬に触れ、息遣いの音が近い。

準備室の外、美術室の方から、コチ、コチという壁掛け時計の秒針の進む音が聞こえる。

しばらくそのまま、何か言葉がでてくるのを待ったけれど、ずっと黙ったまま動かない。


「伊月、痛い。」


小さく声をかけると、ふと、押さえられていた力が弛む。

泣きそうな表情を浮かべて、そのまま僕に背を向けてドアから出て行く。

教室を横切り、廊下を遠ざかっていく足音を聞きながら、床に散らばったペンをみる。

なんだったんだ、一体。


「ペン、拾っていってよ。」


誰にも届かないのはわかっていたけれど、そうつぶやいた。


散らばったペンを集め、適当に棚において、職員室に鍵を返しに行き、教室に戻った。

何か怒らせるようなことでもしてしまったのか聞きたかったけれど伊月はいなくて、

帰りのホームルームにやっと戻ってきたけれど、話しかけるなって雰囲気のまま、

さっさと一人で帰ってしまった。


その週はずっと、伊月の様子が変だった。

いつも通り普通に話せる時がほとんどだったけれど、

急に不機嫌っぽくなったり、ぼうっとしていたり。

結局、打ち上げの予定を決める事もできずに週末を過ぎた。


3連休明けの月曜日。前日ほとんど眠れなかったせいで、朝から体調がイマイチだった。

秋晴れの気持ちのいい日で、開けた窓から爽やかな風が入ってふわりとカーテンを脹らませた。

目がじりじりと痛んで、そんな風や日の光の刺激が辛い。

避けるようにまぶたを閉じると、暗闇が心地よくて痛みが楽になる。このまま目を閉じていたい。

少し目を休ませるつもりで数秒そのままでいると、ふっと意識が途切れた。

とん、と、机を叩く音に、はっと目を開けて見上げる。

伊月と僕の席の間の通路に立った先生の見下ろす視線が痛い。


「居眠りとは余裕だな。文化祭はとっくに終わったんだし、ちゃんと切り替えろ。」


という言葉に、すいません、と俯く。顔が火照る。

やば、いつの間にねむっちゃったんだろう。

首の後ろを揉んで、なんとか眠気を飛ばして午前中の授業を乗り切った。


ふわ。いつものメンバー、僕と湊と伊月、早瀬君で昼食をとり終わった後、

思わず漏れるあくびを両手で隠す。


「寝不足か?修が授業中に居眠りなんてめずらしいな。」


湊の言葉に、うなずいて、ほとんど寝てなくて、と返す。

伊月が少し心配そうに、何かあった?と聞くので、ぼうっとしたまま、つい、

「夕べ、ゆいが、」と言いかけた。ここで、話すような事でもないか。


「いや、なんでもない。」


「えー、言いかけてやめるなよ。」


だめだ、眠い。あくびがこらえられない。


「ごめん、やっぱりちょっと寝ておく。これじゃ午後が辛いや。」


のろのろ立ち上がって、伊月と湊の席と合わせていた自分の机を元の位置に戻す。

眼鏡を外して畳んで机の端に置き、落さないように意識しながら突っ伏すと、

すう、と気持ちよく意識が離れていく。


「寝かせてもらえなかった?」


くすくす笑うような早瀬君の声に、少しだけ意識が引き戻される。

頭の中は、ほぼ完全に眠気に支配されている。


「うん、朝までなかれて。昼休み終わったら起こして。」


誰かの短い口笛を聞いた気がした。

それっきり、自分でも意外なくらい、すとんと眠りに落ちた。

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