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祖母とケータイで連絡を取って、伊月と一緒に合流した。
祖母も、同行していた細倉さんも舞台を褒めてくれた。
ひと通り見学し終わったのでこれから帰宅するという2人に、
僕たちが受け取った生花を託して別れた。
二人に水色のエプロンドレス姿を見られずに済んで本当によかった。
アリスの迷宮は大盛況だった。
問題点といえば、来客を待たせすぎてしまった事と、景品の飴が足りなくなってしまった事くらい。
一組目当ての列が隣のクラスの廊下前にまで伸びてしまって苦情を言われた事もあって、
急遽予約カードを作って他を周ってから再び時間を開けてきてもらう事にしたほど。
焦って、緊張して、呼び止められて、そしてたくさん笑って、二日間の学園祭は終わった。
土日を使って公開された文化祭は、次の月曜日一日で片付けられ、教室は元に戻される。
午後には学園の片隅や廊下の一部に、剥がし忘れたテープの跡などにたまに気付く以外、
学園祭の痕跡は消えてしまった。
祭の後の気だるさと充実感で、だらだらと、だけれど、
遅れる程に想い出に浸ってしまう気がして、無心に不用品を教室から運び出した。
お昼休み、僕と伊月と湊、それに早瀬君と一緒に昼食をとっている時、
週末の代休に打ち上げしよう、と、伊月が提案した。
僕たちの学校は、基本的に土曜日も半日授業がある。
文化祭で土日の丸二日間学校行事をした代休として、
珍しく今週末の金、土、日が3連休になることになっていた。
金曜日は予定があるから、土日なら、と、返す。
「用事があるのは午前中だけなんだけれど、できれば午後も一緒にいたから。」
「お、修、もしかして彼女とデート?」
と伊月が茶化す。彼女、か。
「ま、そんなとこ。最近忙しくてあんまり遊べなかったし。そろそろ機嫌とっておかないと。」
というと、みんながぽかんとした顔をする。
「いや、そういえばそういう話、した事なかったけど。」
と、湊が意外そうにいうので、思わず笑ってしまう。伊月の、
「ね、どんな子?名前、なんていうの?」
という言葉と、昼休み終了のチャイムが重なる。僕は立ち上がって席を直しながら、
「名前はゆい。唯一の唯、漢字一文字で、ゆいだよ。あ、土日は特に予定ないから。」
打ち上げ、みんなその日に予定なかったらどうかな、と答えて、午後の片付けに取り掛かった。
指に引っ掛けた小さな鍵が、歩くたびにチャリチャリと音をたてる。
教卓の上に置かれていたペンのセットに気付いて、これは?と聞くと、
美術室から借りていた、手が空いていたら返してきて欲しいといわれ、
担当教師から鍵を借りて美術室へ向かう途中。
美術室は2号館の2階。
2号館はレンガの壁の古い校舎で、一般教室として使われていた時もあったようだけれど、
今は美術室や書道、写真部などの文化部室として使われている。
本館、新館からは距離もあって、文化祭では生徒の控え室のように使われて公開されていなかったためか、ひと気がなく、しん、としていた。
美術室、と書かれたプレートの下、ペンキの色がまだらになった古い木製のドアの鍵を開け、
カラカラとスライドさせると、ふわりと絵の具の香りがした。
生成りのカーテン越しに柔らかい光が差し込んでいるものの、教室内は薄暗い。
ダークブラウンの木の床に、小学校の教室もこんな風だったな、と懐かしく思い出す。
奥の準備室に置いておいて。鍵を貸してくれた美術教師の言葉を思い出して準備室を捜す。
テーブルの上に投げ出されるように置かれた、緑色の表紙のスケッチブック、
壁際に並ぶ石膏の胸像。
それらを見回して、対角線上奥に「資料準備室」とかかれたドアをみつけた。
ドアを開けると、中は一段と暗く、3畳ほどのスペースに作り付けの棚があって、
丸めた模造紙や古そうな紙の書類袋などがおいてある。
さて、どこに置こうかとペンのセットと棚を見比べていると、
背後に空気の動く気配と足音を感じた。




